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三四郎外伝「ふるさとの話しをしよう」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年11月16日(木)23時58分44秒
返信・引用 編集済
  同窓会に行かなかったがずっと気になっていた、
高校時代の悪の代表だったBからメールが来た。

「同窓会に何で来なかった、あいつもこいつも〇の事を話していたぞ」

読み進むと、
「あいつは今癌の末期で入院中じゃ、こいつはこの夏に死んだ、
 あいつは・・みんな病気の話が続く、〇、お前は無事か、帰って来い、
 ふるさとは、ふるさとはなあ、何も変わっておらんぞ、山も川も昔のまんまじゃ」

思わず目頭がうるんできた、「ふるさと」の話しをしようか。

私達の高校は田舎なれども普通科が4組あって180人くらい、それに農業科が二組あって
80人くらいいた、合計で1学年合計で260人は最低でもいた。

学校の校庭から見える小さな富士山のような山、海抜600mくらいだったが、
堂々とした山だった、古木が生い茂り、子供の頃、「天狗松」と呼んでいた
近くで見上げると恐ろしいような不気味な巨木だった。

夏休みには一日中川で泳いだ、泳ぎながらいつの間にか一人になって
ふと見上げると黒々とした巨大な蛇のような天狗松が覆いかぶさり、恐かった。

子供の頃には、その巨大な松の木が大蛇になってうねっているような錯覚で
川から上がって全速力で田圃のあぜ道から農道を走り遠くに民家の灯が見えたら
ホッとして、後ろを振り返った。

その山も夕方になると黒く聳えて密林のような木々がゴオーっという風の音、
その連山の一つにある天狗松がいよいよこの田舎は妖怪の棲む里のような雰囲気があった。

だが昼間の陽光を浴びると美しい田圃と麦畑を縫って走る小さな道、山はどこまでも青く、
水は澄み切っていた。

海も近かった、山あり、川あり、海もあった、

私のふるさとはこんな風景のふるさとだった。
棚田も連なり、都会から写真家が時々この田舎の風景を撮っていた、

その中を自転車に乗り、中学、高校へと通った、みんな健康そうな目の澄んだ
仲間たちだった、Bとは高校時代に良く連れ立って他高と喧嘩をした、

Bは度胸が坐っていた、高校生としては一端の悪だった、
私達は学校をサボって土手に寝転がってタバコを吹かして馬鹿話をした、
Bは「わしは、都会に出て男になる」と言った、「どういう意味じゃ」
「どうってよ、こがな田舎で燻っても所詮たかが知れとろうが、じゃけんわしは
 都会に出てよ、腕一本で人生を変えちゃるんじゃ」

だがBは結局、大きな話とは別に、田舎に残って親父のあとを次いで農業と酪農を
続けた、都会に出たのは私の方だった。

「♪砂山に さわぐ潮風

  かつお舟 はいる浜辺の

  夕焼けが 海をいろどる

  きみの知らない ぼくのふるさと

  ふるさとの はなしをしよう」

「♪鳴る花火 ならぶ夜店に

  縁日の まちのともしび

  下町の 夜が匂うよ

  きみが生まれた きみのふるさと

  ふるさとの はなしをしよう」

「♪今頃は 丘の畑に

  桃の実が 赤くなるころ

  遠い日の 夢の数々

  ぼくは知りたい きみのふるさと

  ふるさとの はなしをしよう」

Bのメールで私の心は学生服のあの時代と恋をしたあの子の思い出に
飛んでいった、それが「あいつが死んだ、あいつは癌じゃ、こいつは・・」

時の流れの残酷さ、

私は今の日本は繁栄していると思う、だが、父の生きた日本は
苦しかった、貧しかったが、国家が輝いていたように思う、

今の日本は
韓国クラスに良いように悪し様にいわれ、あり得ない低姿勢を強いられている、
若い人たちはこれが日本だと思っているだろうが、

昔を知る私達には大日本帝国時代か、或いは外国の事など何にも知らないですんだ
高校時代の方がずっと輝いて思える。

最近寝る前に海軍の巡洋艦の戦記ものを読む、「愛宕」「鳥海」「大淀」らの
戦記は私の心を躍らせる、

トラックの位置を見るとグアムやサイパンに近く、南にはラバウル、東にはクエゼりン、
死の戦場となったソロモンはもっともっと南の果てだ、

トラックは太平洋のど真ん中だ、目を閉じると聨合艦隊の勇姿がよみがえる、
父は死をくぐりぬけたが、辛いという言葉は一言も日記には出てこない、

軍属でありながら、軽爆で英軍の戦車隊に突っ込もうとした父の生きた時代は
必ずしも悲惨と片付けるほど単純では無い事を知った。

父が書いたトラックの春島、その他の島々、出入りする海軍の大戦艦、空母、重巡、
父は海軍の人に連れられて、春島にあった料亭に行った時のことも書いていた。

犬猿の仲と言われた陸軍と海軍にあって、父は当時の最先端の武器であった航空機の
メカ屋で半分軍人だった為に、海軍の航空隊からも応援を頼まれたようだ、

春島は平和だったと書いてあったが、父が離れて暫くしてトラックが壊滅したという
話をビルマに帰ってから聞いたと書いてあった、海軍が頼りの戦争だったと父は書いていた、

インパールに向う兵士達と一緒に握り飯を食っている写真もあった、

父は友軍が撃墜した英軍の新鋭機の捕虜の持っていた拳銃を見て驚いたとも書いてあった、
恐らくスピットファイアーだったのだろう、ハリケーンでは無いと思う父の書き方から
父の驚きが伝わってきた、

主翼の滑らかさとプロペラの良さ、機銃の品質、みんな父は驚きで書いていた、
だがこの戦争は負けだとは一行も書いてなかった、検閲を恐れたからでは無い父の
本心がそのまま日記にあった。

ふるさと、
父のふるさとが私の生家だ、父の歩いた麦畑の風景にはビルマで助けた中尉と
一緒に駅まで歩く父の姿が日記に活き活きと表現されていた。

父が愛した私のふるさと、私もふるさとを愛している、

ふるさとの話しをしよう、



 

三四郎外伝「父の足跡」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年11月 4日(土)00時55分46秒
返信・引用 編集済
  父の日記はノートに紙を惜しむようにびっしりと隙間無く
書き込んであった、中には日付がわからないものや軍機密の
為に自ら書いた後をインクでなぞって消しているものもあった。

昭和何年ごろだろうか、
父の日記に「初めて海軍さんの軍艦に乗る」という日記があった。

日記には「キの六一整備の為にトラックに向う」とあった、

陸軍には野戦航空修理廠と船舶修理廠、そして移動修理斑という航空機整備
の部隊があったそうだ。

通常は陸軍の航空整備は陸上で行なうが、海を隔てた占領地に向うには
船舶修理廠は停泊地を回って修理を行なう、いわば海軍の「明石」と似た機能を
もつ陸軍の航空修理の船舶であった。

「弥彦丸」という7千トン近い大型船で少佐をトップに200数十名の整備兵が
乗り組み各地を回って、エンジン、プロペラなどの整備と修理を行なっていた。

この船は開戦後ビルマのラングーン港に1年近く停泊し、この方面の航空活動を
助けラバウルにも移動した。

父は第六十一戦隊の「キー六一」部隊との接触が多かったが、主に「ハー四0」の整備
が最も大変な仕事だったそうだ、父は経験を買われて一時期この「弥彦丸」で「ハー四0」
というエンジン整備に没頭した時期があったと日記に記されている。

陸軍部隊のラバウル進出にあわせて「キー六一」=飛燕はトラック経由でラバウルに
飛行する計画を立て、「キー六一」部隊は最大の敵「P-38]との激戦で消耗をしながらも
青島経由、香港経由でラングーンからシンガポール、そしてトラック島へ、

そこから海軍機に誘導されながらラバウルへ向うのが通常だった。

ある時父と部下の整備兵は基地が攻撃を受けそれを撃退する時間を要した為に
「弥彦丸」の出港に間に合わず、方法を考えていたが、

ちょうどラングーン港に立ち寄り食糧や水を補給している海軍の軍艦があると聞き、
上層部を通して海軍に話を通して10名程度なら乗船を許可するとの電報を受け取り
沖合いに停泊していた大型の一等巡洋艦に乗る事ができたそうだ。

この巡洋艦の名前は記されていないが、この時期この地域を動いていたのは「鳥海」か
「熊野」だろうと私が勝手に類推したが、証拠は無い。

父は日記の中で初めての海軍の軍艦に大きな驚きを隠せず、馬鹿のように口をあけて
巨大な鉄の城を眺めたとあった。

途中で敵潜水艦の出没という連絡で巡洋艦は見る見る最大速度に上げてローリング、
ピッチングを繰り返して、父と陸軍兵および整備兵たちは船酔いで死にそうになったと
書いてあった、

その中に海軍兵との会話が少し書いてあった、「ずいぶん早いですね、どのくらい出ているの
ですか」と聞くと戦闘態製らしくピリピリしており誰も答えてくれなかったそうだ。

暫くして、大尉らしき将校が来て「陸軍さん、ここは揺れますので中で休んでください」
と士官室に通された、「ありがとうございます、早いですね軍艦は」と父が言うと、
「そうですか、あれで35くらい出していました」と答えて父たちにカレーライスを
ごちそうしてくれたと書いてあった、

「海軍はこんなに美味い食事を毎日しているのか」と連れの陸軍少佐と他の整備兵は
びっくりしていた、父も陸軍とは食い物が違うと実感したと書いたあった。

トラックに到着し、遠くに巨大な戦艦を見てまたびっくりしたそうだ。

「海軍というのは確かに無敵な軍だ」とみな驚いたそうだ、ここで「ハー四0」を整備
し「キー六一」=飛燕を整備し、かなりの数の飛燕部隊が轟々とエンジンを回す音は
爽快なりと書いていた。

父の姿が活き活きと日記の中に浮かび上がる、

大破した同形機の脚や胴体を切り取り、整備する飛行機を直す、アメリカでは考えられない
だろう、日本はものが何もかも不足していた。

ぼんやりと父の事を考えていた、

会社で沢山の問題が出ていた、驚いた事に大きな問題に立ち向かい、
最後の一人まで夜遅くまで会社の為に戦ってくれた人たちは日本人では無かった。

私の会社だけの問題だったのかも知れ無いが、会社に損害をかけ会社の金をくすねた
人間は残念だが、全部日本からの出向者だった、彼らは問題が大きくなると逃げ出すように
辞表を出したり、嘘の限りを尽くして言い訳に終始した、

私はF専務が手がけた海外の支店のたてなおしの為に香港とシンガポールに飛んだ、
私は一営業マンのような気持ちで残務処理を残って助けてくれている現地のスタッフたちと
夜遅くまで問題点の洗い出しと損害を整理し、残った金でどういう風にこれからの会社運営
を行なうか彼らと会議をし食事を共にした。

みんな目が綺麗だ、

その内の一つの支店は閉めなければならないほどの損害を抱えていた、
私は正直にこれだけの損害が出ている、いま会社に残っているお金はこれだけだ、
残務整理に今年一杯はかかる、政府の許可も必要だからと説明した、

彼らの一人、General Manager の男はまだ若い、ここで時間を無駄にする必要は無いと
私が彼に諭すようにいった、君はいい大学をでて前途がある、ここで残務整理をして
時間を無駄にするな、と私は彼に言った、

意外な答えが「ボス、私の給料をこれだけ下げてください、他の皆も一律にここまで
       給料を下げる事に同意してくれています、それで、会社の残務の最後まで
       私達は残ってここでやります」

私は暫く言葉が出なかった、

損害を与え、この原因を作ったのは日本から派遣した日本人と現地で採用した日本人だ、
彼らは日本人というだけで住居の補助と他の現地人よりは遥かに高い給料を取っていた、

その日本人は問題がこじれたらさっさと逃げて行った、その内の一人は告訴するつもりだが、

私は日本人として恥かしかった、現地人に任すな金を誤魔化される、悪い事をされるぞ、
そんな決まり文句が日常だった。

今度の結末は違った、

私はくっきりと見える南十字星を見ながら、涙がこぼれた、

「親父、見ているか、俺も父さんと同じ空の下にいるんだ、会社で起きた事は
 父さんが空から見ている通りだ、人間って肌の色や国籍で決まるものじゃないな、
 父さんが敵に対しても愛情のある目で観察したように俺もやっと解ってきたよ」

「父さんは、現地人に対しても英軍の捕虜に対しても親切にしたと日記に書いてあった、
 他の搭乗員の少佐クラスからは父さんは殴られたとも書いてあった、でも部隊長だけは
 その少佐を叱り飛ばして、戦争だ、勝てば官軍、負ければ賊軍、捕虜は名誉ある捕虜だ、
 俺は捕虜になる前に自決するが、敵の捕虜には何の罪も無い、彼らは彼らの国家の命令
 で我が軍に立ち向かって撃墜されただけだ、捕虜はもう敵では無い」

父が心から慕った部隊長、父さん俺は今は良く解ってきたよ、

翌日から残った数名が我武者羅に働いてくれた、すまない彼らの給料は削ってある、
すまない、そんな想いが強く心を打った。

F君と私の秘書をやっていた女性が側に来た「ボス、頑張りましょう、きっと上手くいきます」

「おお、君はこないだ子供ができたって聞いたが、無事出産できたのか、良かったな、
 そうか女の子か、君に似て優しい子だろうな、これ・・本当に少ないが」

私は包んだお金、日本円で二万円くらいを差し出した、彼女は「そんな、要りませんよ、
要りませんよ、私は産休で長いこと会社を休んでいましたし、お役にたっていませんので」

「馬鹿な事をいうな、産休は立派な勤務の上だ、君が残ってくれて本当に心強いよ、
 大丈夫か、旦那さんはそんな会社辞めろとは言わないか」

「大丈夫です、むしろ励ましてくれています、社長さんを助けろって」

あんまり俺を泣かすなよ、すまない、きっと償いはする、心に決めて、
早紀子に電話をした、一部始終を話した、「良かったわねあなた、あなたがみんなに
優しかったからよ、だからみんながんばってくれるのよ、あなたがみんなの心を掴んだのよ」

早紀子はそう言ってくれた、よーし、しばらくここの後始末をみんなが帰るまで事務所に
残って頑張るぞ、そう決めた、みんな夜の8時9時まで書類を整理し、メールをうち、
脇目もふらずに頑張ってくれている。

私は夜帰るときに会社のシャッターを卸し、アラームの暗唱を入れてセットするまで
みんなと一緒に帰らずに事務所に残っていた、みんな私に笑いかける、

ふと現地のFMラジオが小さく日本の歌謡曲を流している、これは許可しているので
みんな聞きながら仕事をしている。

何の歌だろう、聴いたことがあるなあ、

「♪さよならと さよならと

  街の灯が ひとつずつ

  消えてゆく 消えてゆく

  消えて行く

  わがまま言わず 帰っておくれ

  今夜はこれで さようなら

  明日の晩も 逢えるじゃないか」

つづいて、テレサテンの「空港」が流れてくる、

私が立ち上がって、「さあ、みんなそろそろ切上げようか」

みんな黙っている、「なあ、あまり遅くまでやると体に触るぞ」

「あの、ボス、どうぞお先に、私達はもう少しだけやって上がりますから、
 See you tomorrow]

「Happy Halloween]私は声をかけて先に会社をでてホテルに戻った、

「父さん、父さんの戦争はいまだんだん解ってきたよ、戦闘機隊の人たちも
 人間を憎んで戦争をしたんじゃないいだ、国家の為に立場が違っただけなんだ、
 父さんが乗せてもらった海軍の一等巡洋艦はきっと「鳥海」だと思うよ、違うかい」

空には絵で描いたような南十字星が、

「サラバ ラバウルよ また来る日まで・・」

「父さん、俺は父さんに逢いたいよ」

私は計らずして父の足跡を踏んだような気がした。
 

三四郎外伝「夜霧に消えた・・」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年11月 1日(水)20時32分7秒
返信・引用 編集済
  嫌な事件が起きる嫌な時代に私達は生きている。

昔は喧嘩はそこら中であったが、稼業人以外の素人の喧嘩では
転げあって取っ組みあっても、殺すという事は滅多に起きなかった。

昔の人は私も含めて限度を知っていたのだろうと思う、
今の時代の人は一旦切れたら殺すところまでブレーキがかからない。

時代じゃない、政治だと思う。

日本と言う国に誇りがもてなくした政治に国民の心の問題もあると
感じている、

衆院選挙でも異常な現象である、立憲民主党等と言う国家否定の党が元気がいい、
まっとうな政治という標語に反してまっとうな下半身は持たない集団のようだ。
日本国を共産化しようとする、ちょうど韓国の文と同じような思想に被れているのか
或いは彼らが半島人だから自然にそう思うのか、真偽は解らない。

昔のように自民党が少々の醜聞は抱えていても国家そのものであった時代と
今のように左翼が外国勢力と結託して日本を売ろうという政治政党はごく小粒で
例外的な害毒の無い時代だった、あの60年安保の全学連全盛時代ですら国民は
日本国を売ろうと考えるような異常な政治には背を向けた。

これが節度、喧嘩の限度というものだろうと思う、

暫くぶりに会社に出た、会社を辞めたら、社長を辞したら、
会社時代の人脈は捨てるべきだろう、元の会社の名前や階級を口にすべきでも無い。

会社を退任した後で何かの起業を志し、昔の人脈が必ず役にたつと信じて疑わない
知人がいる、昔の人脈は役にたっただろうか、

現実はその逆だ、昔の彼がバリバリ仕事が出来て人脈もあったと勘違いしたのは、
何とか会社の何々さんだったからに過ぎない、元の所属会社を去れば一切が消えるという
現実に気がつかない人はまだいる。

私は社長時代の人脈をどうこうしようとはしていない、人脈は別の人脈で会社とは
関係の無い人たちとただ馬鹿を言って酒を飲む程度で彼等に金銭的な期待など全く無い。

ただ私はまだ会社の株式の8割を所有している為に決算時や銀行関係やまだ
いろんなところで私は会社に関係を持っている、私は相談役とか顧問とかそのような
タイトルは持っていない、そこまで関る必要は無いと考えている、

間もなく私の所有株も早紀子と今度の新しい社長に譲ろうと思っている、本音は売却したいし
買い取って欲しいのだが、彼等にその金を出す余裕が無いのは知っている。、

私は現在は株主で株式の配当を求める権利がある、しかし経営や人事に関るべきでは無いと決めている
から前の取引先をのこのこ訪ねるような愚は犯していないし新社長が決める人事には口は出さない。

今日は昨年の決算と海外支店の決算書の役員以外の株主としての役員の継続任命書と
決算と費用を承認するという書類がある、海外支店はこれがことの他多い、

従って私は実務は離れている、社員に上役風をふかす事は無い、ただ金は
貰います、配当は貰います、投資に反対は致します、その為に個室はまだ
残っている、早紀子は現役役員だから彼女は経営権があるが、私は役員の任命権だけ
しか持っていない。

だが実は大きな会社ではこの株主というのが一番の権力者だ、これが資本主義というものだが
我々中小企業では株主の権利と役員の権限が混同されているケースが多い、実際には株主が
即ち社長であるという解り易い家内工業式会社が多い。

で・・前置きが長くなったが、Hさんから電話が入っていた、メモを見ると
私の携帯に伝言が残っていた、携帯は親子携帯にして親機は会社に置いたままだ、

「ああ、Hさん、先日はどうも、何かお電話をいただいていたようですが」

「あ、〇社長ですか、いやあ、この間は本当に失礼を致しました、Tさんも
 何回も無礼だったかなあって心配していました」

「何を仰います、私のような退役老人に日の出の勢いのあなた方お二人が何で
 気をつかう必要がありますか、無礼も失礼もありませんよ、こちらこそ恐縮
 します」

「実はうちの親父が一緒に飯をと言っていますので」

「親父って、鉄さん、それともWさん?」

「Wの親父です」

「何でそんな上の人が、突然私と飯って、何なの話は」

「良くは解りませんが、三代目から何か怒られたような、いえ、詳しくは知りませんが」

「Hさん、私は街の片隅の老人です、あなた方のトップの叔父さんの前にしゃしゃりでて
 御託を並べるほど図々しくはありませんよ、どうかWの叔父さんには私のような力の
 無い馬鹿を相手に為さらないでください、三代目が何を言ったか知りませんが、私には
 関係の無い、あなた方の内輪のお話しでしょう、Hさんとなら寿司でもつまみましょうか」

その話はそれで終わった、Wの叔父さんか、そうそうあの元の八重洲のママが奥さんだ、
あの女性はいい女だったなあ、Wの叔父さんの息がかかってなかったら・・・」

私はふらりと立ち寄ったという風に八重洲のクラブ、今は場所を銀座よりに移しているが
そこに立ち寄ってみた。

カウンターで昔話をしながら音楽を聞く、この店はママの趣味で昔の歌謡曲を
歌なしの演奏でバックに流してくれる嬉しい店だ。、

「♪俺のこころを 知りながら

  なんでだまって 消えたんだ

  チャコ チャコ

  酒場に咲いた 花だけど

  あの娘は可憐な

  可憐な 娘だったよ」

「♪夢のないのが 淋しいと

  霧に濡らした 白い頬

  チャコ チャコ

  忘れはしない いつまでも

  あの日の悲しい

  悲しい まなざしを」

私は嬉しい、こんな懐かしい曲が生演奏で聴ける、老人には何よりの癒しだ。

ママはまだ店にいなかった、どんな風に年取ったかなあ、
私は逢いたい気持ちを抑え切れなかった、まるでクラブのママをやる為に
生まれてきたような女性だった、着物が一輪さしの花のように良く似合う。

「♪青いネオンが 泣いている

  紅いネオンも 涙ぐむ

  チャコ チャコ

  帰っておくれ もう一度

  俺のせつない

  せつない この胸に」

一時間ほど一人で飲んでいた、ここのつまみは絶品だ、実に美味い。
顔見知りの女性と世間話をしながら、

「〇社長、おいくつになられました、いつまでもお若いので」

「いくつに見える」

「さあ、紳士方のお年は解りにくいですから」

「嘘だろう、女性の年は解りにくいが、男の年って見たまんまだよ、
 俺はもう60代の半ばだよ」

「ええっ、うそー」

今風な驚き方をする、

「嘘ーってまさか戦前生れとは思ってないでしょう、街に溢れている団塊の世代ですよ、
 卑下して言うのじゃないけど、会社人間を終わったら何一つできない路傍の石です、
 君なんか若いから解らないかもしれないが、男は権力を奪われたらもうそれで終りだよ」

「・・・でも、仰るほど老けてはみえませんよ、本当に」

「男は強がっているが弱い生き物なんだよ、権力と組織に頼る、ライオンの雄と
 同じだよ」」

「もうママもお見えになると思います、きっとママは大喜びだわ、
 だって一年くらいお見えになっていないのじゃ」

「7ヶ月ぶりかな」

とうとうママは私の時間帯には店に来なかった、

老人は一人肩を落としてふわふわの絨毯に躓くように歩いてのめりながら帰途につく、

「青いネオンが泣いている

 紅いネオンも涙ぐむ

 帰っておくれ もう一度・・」

帰って欲しいのはわたしの青春だけど。
 

三四郎外伝「有楽町で逢いましょう」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年10月28日(土)16時23分13秒
返信・引用 編集済
  死ぬってどういう事だろうか、
要するに血流が止まることで意識が無くなり
人間から一つの物になる事だろうか。

父の日記を見ていると
インパールからの敗残兵たちの自決がそこら中であった、
瀕死の兵を揺り起こしたら「これで楽になれる日本に帰れる」
殆んどの兵は意識がある時はそのように呟いて死んでいったと父は書いている。

死んだら楽になる、
この感覚は日本人だけでは無く西洋でも普遍的だったようだ、

楽になるのに人間は死を恐がる、
だがインパールやガダルカナルのような生きる事がこの上ない
苦痛に感じられる状況では死はリリースだったに違いない、

見知らぬ兵に「手榴弾」をお持ちなら分けて下さいと懇願されたと父は日記に
書いている、

その後、優勢な英軍の戦車隊が轟々と日本軍を押し戻してきた、
日本軍にはもはや戦う武器も体力も無く、ウジの涌いた痛む足や体から
逃れる為には自決という逃避しか残っていなかったようだ。

英軍はその後、中国軍と合流してビルマの日本軍の掃討を始めた、
父の戦闘機隊の基地上空は英軍の戦闘機が低空で飛び交った、

基地で飛べる飛行機は争って爆弾の無い自爆特攻に飛び立った、
最後に残ったのが部隊長と父だったそうだ。

部隊長は自室に入り鍵をかけた、自決だろうと父は思った、
部屋に入る前の部隊長に父は「部隊長、自分もここに残った軽爆機で英軍に
突っ込みます、何とか飛べるように整備しましたが、爆弾がありません、
爆弾特攻を許可して下さい」と父は部隊長の後姿に怒鳴るように叫んだそうだ。

部隊長は立ち止まり「君は逃げて生き延びろ、もう爆弾も機銃弾もガソリンも
残っていない」と言った

「部隊長、ガソリンは機内にまだ10分くらいは飛べる量が残っております、
爆弾があれば使わせてください」と言ったが「爆弾は無い、飛べる機は君が直した
その軽爆一機だけだ、ここでお別れだ、靖国で逢おう」それが部隊長との別れだったそうだ。

父が中国に入った時の日記には「軽爆の機首を立てて離陸しようとした時に
機銃掃射を受け機の後ろ半分が吹き飛ばされた、機はクルクル回転して片側の翼が
滑走路に触れてほぼ仰向けで止まった」父は特攻ができなくなって戦闘機隊で一人
残った。

部隊長の部屋を壊して中を見ると軍刀で腹を貫き、拳銃で頭を撃ち抜いて
自決されていた、父は木造の戦闘機隊の兵舎に火をつけ全てを焼いた。

河岸で歩兵部隊の中尉に出会った、自決寸前だった中尉を止めて川を渡ったのは
前回紹介した父の日記だった。

この時代の人々は実に真面目に日記をつけていたようだ、粗末な藁半紙のノートに
書きにくい万年筆や鉛筆でどの兵もどの将校も日記はつけていたそうだ。

私の親しかった中国人、文革で逃れて英国領の香港に逃げてきた典型的な
現在の香港人のルーツだが、彼はご他聞に漏れず香港ドリームを実現して
巨万の富を持つ複合企業のトップになった、

私は彼とは薄からぬ縁があった、彼の家族も知っている。

その彼が病死したという訃報が届いた、ずっと逢っていなかったが、
あっけないものだ、風雲児がピッタリの彼の人生、海を四日間泳いで香港に
たどり着いた、この辺りは外の香港の新興財閥のトップの人々と全く同じルーツだ。

人は死ぬんだ、

東京有楽町に大阪ベースのそごう百貨店が東京に進出してきた、昭和31年ごろの
話しだ、有楽町の駅前、現在のビッグカメラがそのそごうの東京店のあとだ。

当時のこの地域の盛り場は銀座であり映画も歌も全てが銀座だった、
少し離れた有楽町は数寄屋橋とSKDのショーのあるビルがあった、現在は映画館が
複数入っている、隣が日活ビルだった有楽町は闇市が林立し銀座とは全く異なった
吹き溜まりのような感じで西銀座と呼ばれてひっそりと存在していた。

その「そごう」の開店ソングが「有楽町で逢いましょう」だった。

Tさんが「やあっ」と私に向って手を上げた、握手を求めるように右手を差し出してきた、

目が絡み合った、

「〇社長、暫くでした、新幹線の神戸の手前でしたねこの前は」

「そうでしたか、Tさんは二代目に?」

「いや、まだ重役たちが大勢いますので、あたしは代行です、まだまだですよ」

「今日はまたHさんとお知り合いとは思いませんでした、何時からですか」

「Yさんの取り成しでWの叔父貴とゴルフの時に紹介をされてそれ以来馬が合うって
 いうか、時々こうして」

「そうでしたか、まさかHさんと」

「いや、看做し盃ですよ」

「それ、勝手な縁組は禁止されてるんじゃないですか、YさんやWさんはご存知なのですか」

「いや、二人だけの事です」

「誰かに知られたら事ですよ、まあ私がどうこう言う問題じゃありませんが」

さっきからTさんの背後から私にじっと魚のような眼を向けている若者がいる、
妙な目だ、睨むでも無し、敵意がある訳でもなし、目全体が絵の具で描いたように
表情の無い動かない目でじっとこちらを見ている、見ているのか、ただこっちを
向いているのか、訳がわからない。

Tさんがあわてて、「あ、これ、これね、あたしの運転手です、気にしないで下さい」

ママが来た、「あーら、三人ともお知り合いだったの」とお酒を作って私達の前に。

「ま、よろしく」Hさん、カチッとグラスを合わせて呑んだ、

このクラブにはピアノとサックスとギター又はバイオリンの三人の奏者が入っている、

懐かしい「東京午前三時」という曲が流れて来た。

「♪真っ赤なドレスが よく似合う

  あの娘想うて むせぶのか

  ナイトクラブの 青い灯に

  甘くやさしい サキソフォン

  ああ 東京の 夜の名残の

  午前三時よ」

「♪可愛い顔して 街角の

  白い夜霧に 濡れながら

  待っていそうな 気もするが

  あの娘気ままな 流れ星

  ああ 東京の恋の名残の

  午前三時よ」

HさんもTさんもきょとんとして曲に興味を示さない、いくつ違うのだ私と、
倍か三倍か、そんな事はないな、年の差20歳か・・大きいなあ。

ママとは35歳、ヘルプの大学生とは三倍は軽く超える、年を取ったな、
ふとあの香港の財閥の知人の死を考えた、

彼は享年68歳と知らされた、早すぎる、あの元気でエネルギッシュな顔が
思い出される、死とは自決なのかも知れないなあ。

「♪面影まぶたに 裏路へ

  出れば冷たい アスファルト

  似た娘 乗せゆくキャデラック

  テイルランプがただ赤い

  ああ 東京の夜の名残の

  午前三時よ」

曲に合わせて踊る中年の男性の姿も見える、

私がこの目の前の二人40代には何をしていただろうか、夢中で駆けていたのは
間違いない、この二人のような余裕は無かったはずだ。

「Tさんのところは金融はやっていますか」

「うちは本筋じゃないですが、枝のxx興産がやっていますが、何か?」

「あそこの頭は懇意ですか」

「どうも場面が見えないですが、あそこは元々Yさんのところの系列ですから
 うちは金融部門だけ面倒見ているので詳しい事は知りません、何かお手伝いできる
 事がありますか」

「いや、別にちょっと引っかかりがあったものですから、ひょっとしてと思って」

「あたしはxxについてはそれほど手を突っ込んでませんので、もし何かお困り
 でしたらうちの別のものが詳しいですからご紹介しましょうか」

Tさんの態度はでかい、自信を持っている証拠だ。

Hさんはずっと沈黙をしている、Tが兄分なのかも知れないな、私は自分の年に
嫌気が差しており社長引退も私から覇気を奪っている、

敏感にTは私の弱さを見抜いたかも知れない、そうだとしたらTはたいしたものだ、
ゆくゆくは二代目を継ぐだろう。

「Hさん、素人の私が余計な事ですが、噂はすぐに広まります、
 Tさんとは看做し盃にしろ、鉄さんを通じてWさんの了解を取っておいた方が
 いいと思いますよ、同じ暖簾うちですから大きな問題じゃないでしょうが
 通しておいた方が、余計な事ですか」

Tが口を挟んできた「〇社長、お言葉はありがとうございます、アドバイスは
良く理解しましたので下手は打たないように気をつけて起きます、ありがとうございました」

この野郎、皮肉を言っているのか、私は黙っていた、

彼らの上部組織は7-8年前に込み合った事があった、余計な事だったか。

どうもTの運転手という男の絵に描いたような平たい目が気になる、
冷たいでもなく、敵意があるわけでもない、だが嫌な目だ。

「Hさん、Tさん、私はお邪魔でしょうから、この辺りで失礼をします、
 とうも年を取ると酒が早く回って足がもつれます、今日はお招きいただきありがとう
 ございました、じゃ、ママ私の向うの席の支払いをカウンターで」

ママが「いいじゃないですか〇社長、郵送いたしますから、ここでお支払いいただいたら
    ご縁が切れそうで嫌だわ」

みんな上手いなあ、みんな只者じゃ無い、私だけが只の者、消え行くのみだ。

Hさんが後ろを追いかけてきた「〇社長、気を悪く為さいましたか、Tさんとはやはり
何かあるようですね、私の考えが足りませんでした、失礼しました」

「Hさん、全然違いますよ、今日は感謝しています、Tさんとは別に何もありませんよ、
 前の事はうちの営業部長のSというのがいまして、そいつとTさんの女との関係を
 私にぶっつけてきただけです、筋違いですよ、彼も今はそれは知っています、何も
 ありませんよ、ご心配なく、鉄さんによろしくお伝え下さい」

Hさんは何と下まで送ってきた、彼は好青年だ、養子にしたいくらいだ、冗談だけど。

「♪あなたを待てば 雨が降る

  濡れてこぬかと 気にかかる

  ああ ビルのほとりのテイールーム

  雨もいとしや 唄っている

  甘いブルース

  あなたとわたしの合言葉

  有楽町で逢いましょう」

今度は真っ直ぐ家に帰ろう、

父の日記には死が一杯つまっている、当時の人は武人は命を絶つ事に
覚悟が出来ていた事が良く解る、

アメリカ海兵隊の標語では無いが「死を覚悟したら死を恐れるな、堂々と死に向って
進め」日米は共通する何かがあったのだ、

日記を読めば父は英軍に対しても国民党軍に対しても敵意は感じられない、
地上に伏せて、何度も青い目の英軍パイロットと目が合ったと書いてある。

父は死ななかったのではなくて、相手が撃たなかったのだ、そんな気もしてきた。
 

三四郎外伝「場末のペット吹き」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年10月24日(火)00時16分40秒
返信・引用 編集済
  戦争の匂いは、
私は父の背中に感じていた。

戦争は悲惨だったろう、だが日本人の郷愁をそそる何かジンと響く
帝國陸海軍への思慕がある。

私の父はビルマの戦乱の中を深い川を泳ぎ、敗残して自決寸前の中尉を
負ぶって父は竹三本のいかだにつかまって中国まで逃げたと聞かされた。

父の背中には軍属ではあったが戦闘機部隊と共に上海から南へビルマ攻略に参加した
戦争と陸軍戦闘機隊の匂いがあった。

父は当時の軍人の中では年配だった、戦闘機のエンジンと油圧系統の技術屋だった、
母に聞いた話だが、最後は国民党軍につかまりエンジン技術を買われて父は厚遇され助かった。

国民党軍はかなり日本陸軍の戦闘機を使用していたそうだ、父は特に九七式戦闘機と
飛燕のエンジンとオイル漏れの整備を頼まれたと母に話していた、これは私が長じて聞いた話だ。

父は風呂に入ると、軍歌ばかりをいつまでも歌っていた、
陸軍関係の歌が多かったとも聞いた。

私も耳に残っている歌がある「♪ああ 堂々の輸送船」「♪エンジンの音轟々と 隼は征く
雲の果て」「♪徐州徐州と 人馬は進む 徐州居よいか住みよいか」こんな歌を風呂で
大声で歌っていたのを聞いた覚えがある、当時その歌詞までは理解しなかったが後になって
ああ この曲だったのかと解り父を偲んで感慨も深い。

今思えば、父の背中には日本が輝いていた時代があった、まだ強がっていた父、
そんな父の背中は栄光と悲哀がかわるがわるに感じられた。

私はまだ幼児だった、戦争が何かは全く解らなかった、
ボツボツと写真を見ながら母が父と上海で見合いをし昇る太陽の国、大日本帝国への
ぼんやりした思慕が今でも私の気持ちの中に強く残っている。

飛行機に興味を持ち始めたのも父の影響だ、父の写真は沢山の場所で
様々な陸軍機の側で満面の笑みで兵隊たちと肩を組む写真が沢山あった
その中で私が今でも覚えているのは草原のような飛行場に塗装の無い新式機が二機
駐機されていた、何という飛行機だろうか、きっと軍機密だったに違いないが、
後に父の日記に「飛燕」来たる、これでB-29も一撃だろうという文章があった。

飛燕がいた飛行場なんだろうか、場所がわからないが中国のどこかのようだ、
飛行場の外の草原に父と陸軍の関係者だろうか四五人が、寝転がって笑って映っている写真があった。

それともこの飛行場は戦闘機隊とビルマの基地だったのか、日記にも場所は書いてない。

父が生きていれば、今なら聞いてみたい、

「日本軍の飛行機はどこが良くてどこがだめだったのか、
 敗戦はやはり航空支配の問題か、総合的な国力なのか、戦線を拡大しすぎたのか、
 多方面作戦を無理して行った為だったのか」

私は現場を駆け抜けた父が生きていたら今でも聞いてみたいと強く思っている。

戦争のこと無敵精強だった日本の軍隊、栄えある大日本帝国の兵隊たち、
私は今の日本よりも当時の強かった日本が好きだ、負けてはしょうがないが。

昭和31年、まだ戦争の記憶が日本中に残っていた頃にフランク永井というジャズ歌手が
歌謡曲にデビューした。

その曲が「場末のペット吹き」だ、
吉田正さんの作曲で元々は鶴田浩二に歌わせる予定だったそうだが、

「♪雨が降るから ただ何となく

  ちょっとしおれて 見ただけさ

  涙ふくよな 柄ではないよ

  どうせ場末の 三流劇場(こや)の

  俺はしがない ペット吹き」

「♪夢を見た日も ないではないが

  それを云ったら 笑われる

  何も聞くなよ ドラムの兄貴

  古い昔の 傷跡なんか

  撫ぜりゃなおさら つらいだけ」

私は今でもカラオケに行くとこの歌をうたう、

目蓋の裏には 軍属で下士官だった父の顔と一式戦闘機隼がある、

「ねえ、どうしていつもこんな古い歌をうたうの?」

酒場の女が私に聞いた。

「思い出があるからさ」

「だって、お客さんは戦争なんかは関係ないお年でしょう」

「関係あるんだ」

「えー、まさか90歳って事ないでしょう!」

「俺の親父の事だよ」

「そうだったの、お父様は戦争に?」

「整備屋だったけど、兵隊さんじゃなかった」

「そう、それでお父様はまだお元気なの」

「俺が四歳の時に死んだよ」

カラオケ屋を出て外は小雨だった。

一旦帰ろうと思ってタクシーの運転手に「すまない、Uターンして銀座に行ってくれ」

「えっ銀座ですか、わかりました」

タクシーの中で私はまだ歌っていた小さな声で、

「♪欲を出したら かぎりが無いと

  いつかあの娘も 云ったっけ

  好きでえらんだ ブンちゃん稼業

  なんで今更 やめられようか

  いっちょ吹くから きいてくれ」

「お客さん、懐かしい歌ですね、私も好きですよ」

「ほうー、こんな歌知っているの」

「ええ、古い映画をビデオで見ました、その時偶然にこの歌の映画を」

「そう、そうなんだ」

「お客さん、これから一杯ですか」

「いや、何となく家に真っ直ぐ帰りたくないから」

「銀座はどの辺ですか」

「昔の松坂屋のあったあたりまで」

「わかりました」

別に飲みたいわけじゃない、何か人恋しい気持ちで、

店に入るとタバコの煙がさあーっと流れて来た、

ママがでて来て、私の耳元で「あの、HさんとTさんが向うに」と小さく指さした。

「じゃその反対側の見えないところでいい」

おかしいな、何でHさんとあのTさんが一緒に、彼らは付き合いは無いはずだが、

おしゃべりなママが言ったのだろう、Hさんが私の席に来た。

「〇社長、お元気でしたか」

「もう社長じゃないけど、何とか二足歩行していますよ」

「どうですか、ご一緒に」

「Hさん、ところでTさんと一緒らしいが、どういう事ですか」

「うちの上のつきあいで、先日知り合いました、〇社長はTさんをご存知なんですか」

「まあ、知っています、一度彼に脅されたことがあったからね、昔の話ですよ」

「へえー、聞きたいな、どういう場面だったのですか」

「いいよ、Tさんも俺のことは知っていると思うよ、酒の肴に聞いて御覧なさい」

「じゃ、後で、もう一度参ります、帰らないでくださいね」

自分だけがどんどん年を取るような気がする、

「♪雨が降るから ただ何となく・・」

ママが来た、「この子、大学生、飲み物作らせましょうか」

「ママ、今日はビールでいいよ」

「どうしたのですか、調子でも悪いとか」

「懐の調子がね、淋しいね懐が、幽霊が出そうなほど淋しいよ」

「まあ、ご冗談ばっかり」

ぎこちない手つきで大学生のヘルプ女性が水割りを作っている、可愛い子だ、

この子に戦争の話をしても解らないだろうな、一式戦闘機隼って言っても
解らないだろうな、

話がないまま、二人は顔を見合わせてぎこち無く笑いあう。

「♪何も聞くなよ ドラムの姉ちゃん」

帰ろうか、俺の時代は終わったな、向うからママがチラチラ私の方を見ている、
何か機嫌が悪いようだと思ったのだろう。

何でもないんだ、「雨が降るから ただ何となく」それだけだ、

これだけ大勢の人の中で、私は孤独を感じた、
若い女性の声、元気のいいお客さんの声、私が絶好調の頃にはその輪の中に確かに私が
いた。横の大学生という女性がちょっと頭を下げて席を立った。

華やかな世界には熱帯魚のような女性と勢いのいい鯉のようなお客が似合う、

きっと私の背中には精気が無いとママは見抜いたかも知れない、いつかママが
云っていた、お客さまの正面を見ても何もわからないがお見送りする時にふと見る
お客様の背中に勢いがあるか無いか敏感に感じることができますと。

Hさんがまた私を呼びに来た、帰ろうと思っていた矢先だった、
私は彼について店の中を歩いた、ふと彼の背中を見た、

昇竜の勢いが確かに感じられた、これか・・ママが言っていたのは。

向うでTさんが立ち上がり私にやあというように手を上げて握手の手を差し伸べてきた。
 

三四郎外伝「霧笛が俺を呼んでいる」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年10月18日(水)17時45分36秒
返信・引用
  人が人生の寂しさを噛み締めるのは
近しい人との別れ、定年退職、自営業なら会社の廃業。

大きなストレスが病の種を植え付けるのがこんな時だ、
人は人との幸せな交わりが無ければ何一つ完成しないものだと悟る時。

呆然自失、この言葉がびったり当てはまるのがいろんな人生の岐路、
上に書いたほんの一例だが、人はみな呆然自失、しばし空ろな眼から涙流れて止まず。

それに加えて年齢の絶望感がこれでもかと襲ってくる、
免許証が5年から3年になった人が味あうカーテンがおりる瞬間だ。

強がりをいっても、あれも失い、これも失い、年齢とともに先の希望すらも
蓋をされる、これが茫然自失でなくてなんであろうか。

男にとって会社を離れること、自分の会社を廃業すること、耐え難く受け入れ難い、

男というものは弾力性の無い生き物だ、しなやかに立ち直る女性とは違って男は
道が一本しか見えない、他にあるはずだが、一本しか見えない、だから強烈なストレスで
病に倒れる人が多く出る。

70年代の後半にどこかで聞いた歌、

この歌が流れるころ私は若さ一本を資本に東京で這い上がろうと
走っていた、挫折、そんなものは屁でも無かった、若さが資本だった。

同じ歌を今聞くと
心によぎる思いが完全に正反対だと気がつく。

若き日の歌は応援歌だった、くじけてもくじけても
応援歌は私を引き上げてくれた、この歌を歌うと元気が出たが、

今は鎮魂歌に変わっている、
意気地ない懐古の情が私を打つ、フックだチンだボデイ、ええい面倒だノックアウトだ、
「嵐を呼ぶ男」と同じ勢いがあったあの頃と、今ではチーンと鈴がなる湿っぽい感傷。

うなだれた影が悲しい私、
正面からギラギラした太陽を浴びて、背中の皮を何枚も剥いて前へ前へと
進んだ私と二人の私は同じ映画の主人公とは思えない。

ケンさんがいて、昇さんがいた、Yさんがいて三四郎兄さんがいた、

「♪霧の波止場に 帰って来たが

  待っていたのは 悲しいうわさ

  波がさらった 港の夢を

  むせび泣くよに 岬のはずれ

  霧笛が俺を 呼んでいる」

「♪錆びた錨に からんで咲いた

  浜の夕顔 いとしい笑顔

  きっと生きてる 何処かの町で

  さがしあぐねて 渚に立てば

  霧笛が俺を 呼んでいる」

貧乏から抜け出したい、ただそれだけで前に進んだ日々、
のっぴきならぬ喧嘩にも巻き込まれた。

ケンさんが売り出しの頃、私は始めて彼の根性を見た、
相手は三人、チェーンや木刀、一人はドスを抜いてケンさんを囲んだ、

「ケンさん、これを」私はそばにあった工事用の金属パイプを投げた、
男たちの一人が「何だ、てめえは、連れか」と私の目の前をビュっと風を切って
木刀を振り下ろした。

ケンさんを見ると、チェーンを振り回す白のブルゾンのパンチパーマの男を
猛烈に殴って石垣に追い詰めていた、後ろから背広の男がドスを腰ダメに構えて
ケンさんの後ろから体ごとぶっつかった。

「やられたか」私はケンさんを見た、ケンさんのシャツが赤く染まった、
傷が深いか浅いか解らない、私は彼らのようなプロではない、喧嘩の場数も踏んでいない、

夢中で落ちていた工事用の小型ハンマーを振り回して背広の男の体中を殴った、
どこが急所でどこが殴るべき場所なのかまるでわからない、チェーンを持った男が
倒れたのが見えた。

傍から見たら奇妙な喧嘩だったろう、
トンカチをふるって私は男の口を直撃した、男はドスで横に払った、私は喧嘩慣れした
相手に追い詰められた。無我夢中でトンカチで男の顔を正面から打ち続けた。

下腹に熱いものを感じた、やられたと思った、
ケンさんが「○、大丈夫か」と自身も血だらけになりながら男のドスを鉄パイプで叩き落と
して、「○、どいてろ」と私を突き飛ばした。

背広の男が上着とシャツを脱いだ、彫り物が眼に飛び込んできた、
この男が一番手ごわいと感じた、男はボクシングのような動きで私はふっと気が遠くなった、
殴られたらしい、ケンさんが男と正面から向き合っている、ケンさんの下腹から血が
ぼたぼた落ちていた、

ケンさんの鉄パイプが正面から突き通して、背広男の顔面を破壊して終わった、

「ケンさん、医者に行こう、血を止めなきゃ」私はおろおろした、

診療所という看板を見つけて午後3時まで休憩という札をけり倒して中に入った、
診療所は眼科だった。

女性の医師がいた、「すみません、工事現場で怪我をしました、血を止めて欲しいのですが」

「ここでは出来ませんが、応急の包帯を巻いておきます、救急車を呼びますか」

「いいえ、この近くに外科はありませんか」「さあ、この裏に病院があったけど内科じゃない
かと思いますが」「この裏ですね」

ケンさんを運び込んで何とか血止めをしてもらった、ケンさんは一言も何も喋らなかった、

その頃になって、私のわき腹が痛んできた、傷はたいした事は無かった。

それから、どうして社長の会社まで帰ったのか覚えていない、

「貧乏から抜け出すんだ」それだけを考えて歩き続けて駅に向かった。

私は東京にこんな事をする為に来たんじゃない、
立派に大学を卒業して叔父を探し出して、母の笑顔を見たいだけだ、姉の幸せな
結婚を見たいだけだ、

あの喧嘩ははずみだった、三人と肩が触れたというきっかけで
相手が殴りかかってきた、ケンさんは別だが私はこんな修行をしに来たんじゃ無い。

それから暫くケンさんには逢わなかった。

二月ほど経った頃、ケンさんが背広に白いシャツで後ろに誰か若い男を連れて
会社にやってきた。

「○ちゃん、こないだはすまなかった、これ少ないが礼のつもりだ」

何か封筒に入ったものを私に握らそうとした、「ケンさん、私はお金は受け取れません、
そいで、こないだの件は社長なんかには内緒にしてください、会社のバイトも学校も
首になりますから」

ケンさんは笑って、「解ってるよ、これはこれ、話は別物だ、助かったぜ、ほれ」
また封筒を押し付けたが、私は逃げるように倉庫に駆け込んだ、

母もこんな私を喜びはしないはずだ、そう思った、

その後、昇さんというもっと凄い男と知り合った、知り合ったというよりも
彼らが社長のところに何かの用事で来るから知り合っただけだが。

私はもっともっと先の夢を持っていた、目先のことよりも俺は東京でのし上がるんだ、
立派な会社に入って、・・いろんな夢を見ながら煎餅布団で寒さに震えながら眠った、

「♪船の灯りに 背中を向けて

  沖を見つめる 淋しいかもめ

  海で育った 船乗りならば

  海へ帰れと せかせるように

  霧笛が俺を 呼んでいる」

そんな私が走り抜けた東京は何だったのだろうか、今は引退して亡き父、亡き母、
を考え、やがて私の生物としての寿命も終わるのだと思う。

若さがどんな役に立ったのか自分でも良くわからない、

65歳から66歳になろうとする私はなおさら自分が何をしてきたか
これからどこへ行こうとしているのか、田舎が恋しいがもう遠い異国と同じだ、

これから先の個人起業を語る人もいる、私はそんな事は不可能だと否定している、
チャンスも波も一度しか無い、

これから孤独というストレスと向き合いながら何にも無い未来の夢を見るだけだ、
若さこそ宝物だと信じて走った日々、気がつけば、人生なんて運否天賦。

やがて茫然自失、恍惚の人となるだろう、

千雪の顔の深い皺を見て涙が流れた、この子の人生を私は壊したのだろうか、
「ほら、○ちゃん、ここに白髪が、ここにも、もう染めなくちゃだめよ」

「二人は爺と婆になったな、後悔しているだろう俺のような男と」

「うちはね、○ちゃんに逢えてとっても幸せだったよ、
 うちにはね、これ以上の人生は無かったってわかっているのよ」

「どうして、可能性なんか無限だろう」

「違うのよ、もし○ちゃんに逢わなかったら喫茶店の女給でうちは終わってた、
 本当にそう思うのよ、後悔なんかちっともしていないよ、○ちゃん、ほらこのバック
 白のバック、丸井で○ちゃんが買ってくれたバック、うちは宝物のように拝んでいるのよ」

「よせよ、安物の月賦のバックだ」

「うちには違うのよ、このバックは幸せを運んでくれたバックなのよ」

「千雪、淋しくは無いか」

「今は○ちゃんがいるから淋しくはないよ」

「そういう意味じゃないけど・・」

「♪探しあぐねて 岬に立てば

  霧笛が俺を 呼んでいる」

「千雪、カラオケ行こうか、このまえ行ったあの店に」

うんうんと千雪はうなづいた、丸い顔はずっと前から丸いままだ、

思わず、抱き寄せた。




 

三四郎外伝「泣かせるぜ」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年10月 5日(木)22時04分4秒
返信・引用 編集済
  あの麻雀好きな人が突然、私はずっと信じられなかった、
彼は遊び人だが無闇に喧嘩をするような獰猛な人間では無い、少なくとも
私が接していた限りでは。

私はずっと彼には何かが起こった、どこかにいるのだろうと考えていた、
ジュンとネネに逢ったよ、という話はその頃知り合ったばかりの千雪にも話した、

千雪は眼を丸くして「ほんとね、うちも見たかった」と素直に信じた、
私が彼女を知ったのは社長の会社に千雪が何かの面接に来たことがあった。

田舎の娘だなと私は昼休みだったので事務所を覗き込んた、千雪は服と合わない
色の靴を履いて布製のバックを恥かしそうに抱えていた。

後で事務所の女性に聞いた「あのー、さっきの女の子は何の面接に来たのですか」

「ああ、昨日新聞に出したのよ、事務員が欲しかったので」

「それであの人はどうでした?」

「うーん、算盤ができないし、履歴書の字が下手だし、言葉に訛りがあるし
 ちょっとうちでは無理かもとさっき話していたのよ、貴方どうしてあの子に
 それほど興味があるの?」

「いや、僕も田舎者ですから彼女の身なりをみて東京の子では無いと感じたので
 興味がありましたから」

「そう、残念だったわね」「駄目なんですか」「多分ね」

それが千雪に逢った最初だった、帰って行く千雪は私の方を見ないで、とぼとぼと
いう歩き方で会社の門を出て行った。

それから何年か経って、当時流行りの美人喫茶「白夜」という喫茶店で千雪を見た、

気だるそうにコーヒーを運んで、レジに坐って何か女性雑誌をじっと見ていた、
私は何回かその喫茶店に足を運んだ、普通の喫茶店と違ってただ綺麗な女性を見る為に
他の喫茶店よりも数倍高いコーヒー代を払って千雪のいる店に通った。

五回目くらいに、千雪が私に気づいてくれた、

それが、私達の始まりだった、

彼女は東北の出身で素朴な女性だった、身なりも相変わらず安物しか持っていなかった、
化粧品もお金が無い為に殆んど持っていなかった、若かったから素顔でも綺麗だったけど。

孤独な私達が週に一度くらいの頻度で小さなデートをした、
彼女は「川は流れる」という仲宗根美樹の歌が好きで良く一人で歌っていた、

「想い出の橋のたもとに 錆び付いた 夢の数々・・」

「千雪、お前の夢って何だったんだ」

「〇ちゃん、うちは夢なんかないんよ、東京に来た事が良かったのか
 今更帰れないし、そんな事しか考えないのよ」

「夢か、俺も夢が何なのかまだ解らないんだ、お金は欲しいよな」

「うちは、田舎に帰ろうかと思っているのよ」

「千雪、お前がいなくなったら俺はこんな東京でどうすればいいんだ、帰るなんて
 言うなよ」

「うちも〇ちゃんがいるから東京で生活できるんよ、うちは今は夢が変わったかも」

「何だよ」

「言わんよ、〇ちゃんが言うまで」

二人で笑いあった。

「♪離さない もう離さない

  すがりつく あの娘の

  長いまつげが 濡れている

  それ程までに 愛してくれる

  初心なあの娘の 純情が

  ああ 俺を泣かせるぜ」

「♪貴方だけ ただ貴方だけ

  何もかも 貴方に

  云って恥らう 白い顔

  夜更けの風が 見つめていても

  抱いてやりたい いじらしさ

  ああ 俺を泣かせるぜ」

私と千雪の境遇は良く似ていた、田舎もので貧乏で、東京で一人ぼっちで、

「千雪、お前、ずっと前に橋の向うの俺が働いている会社に面接に来ただろう、
 あん時、おれはお前を見てたんだ、お前算盤ができんのか?」

「・・うちは家庭科だったんよ」「何、家庭科って」
「うちの行った高校は、普通科と家庭科と農業科があったんよ、普通科は一番勉強ができる
 人が行くし、

 うちらは家庭科よ、ボタンツケとか、雑巾縫いとか、料理とか、
 勉強嫌いだし、うちは家庭科しか入学試験の点数で入れんかったんよ」

「そうか」

「〇ちゃんは普通科なの」「うん」

「勉強できたのね」「そうじゃないよ、俺等の街では普通科と農業科しかなかったし
 別に勉強できたわけじゃないよ」

私達は寄り添って生きた、馬鹿と馬鹿、貧乏人と貧乏人、私達は似合いの友達だった。

別の日に、私は山手線のある駅であの麻雀ばかりやっていた男にばったり会った、
彼は背広にネクタイをしめていた、

「xさん、〇ですよ、どうしておられたですか」

「おう、お前か、俺はいま実家から小さな会社に就職して仕事しているよ
 遊んで暮らして半端な生き方してたんじゃ親の面倒も見られんしな」

「そうですか、良かったです、xさんが大変な事になったって聞いたので」

「まあな、それはもういいよ、聞くな」

「どちらですかご実家は」「自由が丘」「自由が丘?」「知らんのか」「はあ」

「そうか、落ち着いたら一回遊びに来い、これ、俺の名刺、まだ平だけどな」

「xさん、偉いですよ、ちゃんと仕事して」「よせよ・・」

「♪帰さない もう帰さない

  いつまでも このまま

  胸に抱かれて いたいのに

  無情の風が 別れの時を

  告げるせつない 夜の道

  ああ 俺を泣かせるぜ」

何だか、いい事がありそうな、そんな気がして気持ちが弾んだ、

「千雪、明日、一緒に食事に行こうか」「嬉しい、〇ちゃん、うちね、給料貰ったから」

「馬鹿、俺が誘ったんだ」「いいの、うちもお金持ってるから」

ああ・・俺を泣かせるぜ・・
 

三四郎外伝「愛するってこわい」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年10月 3日(火)22時30分16秒
返信・引用
  私は19歳の頃だったか、20歳になってからだったか、
ジュンとネネの二人を見た事がある。

青山の246のから入った場所にあった8畳一間くらいの洋間の貸しマンション
だったと思う、その場所に何の用事があったのか良く思い出せない。

たしか、私が訪ねて行く部屋には独身で私よりも一回りくらい年上の男性が住んでいた、
彼の職業は良く知らない、何かの用事でそこに出入りした記憶がある。

部屋には当時としては豪華な日立製のカラーテレビが置いてあった、
彼はいつも数人の男を集めて朝から晩まで麻雀をしていた、テレビは競馬中継
しかチャンネルを回していなかったと思う。

「ありがとうございました」私は用事がすんで
その人に頭を下げてかなり頑丈な造りのマンションの大きな階段を降りた。

彼の部屋は何階だったのか覚えていない、若かったから10階くらいでも軽く駆け上がったが、
マンションの彼の部屋はもうちょっと低層階だった。

私がジュンとネネを見たのは階段の途中だった、振り返った二人と眼があったのを
覚えている、彼女たちはそれきり何かの話に夢中で笑いながら階下で待っていた車に
乗り込んだ、今でもはっきり覚えている。

私は渋谷は殆んど知らない、殆んどが新宿だったが、青山にはその男の部屋に
行く以外は全く縁は無かった。

当時の盛り場には麻雀屋が軒を連ねてずらっと並んでいた、
「天和」「大三元」「ジェントルメン」などと書かれた四角な看板と灯り、
どんな街にでも、神田、新橋、にも同じ風景と大通りをちょっと入れば「トルコ風呂」
が必ず目に付いた、その奥にはラブホテル。

大きな通りにはパチンコ屋、駅の周辺はサラリーマン相手の一杯飲み屋とキャバレー、
私の記憶の中には麻雀屋、トルコ風呂、温泉マークの連れ込みホテル、東京中どこに
行ってもこれだけはちゃんと揃っていた。

現在はソープランドと名前を変えているが、当時はトルコが一般的で
中で働いていた女の子も現在のように完全プロという感じはしなかった、

事実、私は神戸から東京に帰って来た頃に女性という存在を快楽として意識し、
トルコ風呂に通ったことある。

驚くことに当時はごく安い金額で割引してくれる良心的(?)なお風呂もあった、
そんなトルコの女性と親しくなって外でお茶を飲んだり、食事に行ったりして
少しの期間付き合ったこともあった、当時はそんなごく普通の女の子も居た。

それから少し時代が進んで、美人喫茶と名付けられた喫茶店が林立した、
今考えれば何もかも男っていう生き物は馬鹿だなあとつくづく思う、

ジュンとネネにはその後、もう一度だけ別の場所で鉢合わせのように出会った事がある、
彼女たちは私の存在などまるで気にかけていなかったが、私は始めてスターを近くで
見た初体験だった、人に話しをすると嘘だと思われるので誰にも言わなかったが、
あの部屋の麻雀ばかりしていた男と大きな日立のカラーテレビ、何をしている人か
今でも解らないが、人なつこい男だった、私が用事で行くと、

「ビールでも飲んでくか」とコップについで必ず私に話しかけた、笑うととても親しみの
ある顔をしていた、悪い事をしている人では無いと直感した、

彼に「さっきジュンネネを見ましたよ、このマンションで」と興奮気味に言うと、
「あ、そう」と何の反応も示さなかった。

「ここに住んでいるのでしょうか」と問いかけても「ポン」「ロン」と
麻雀に熱中して私の話は聞いていなかった。

「麻雀わかるか?」と彼がタバコをくわえながら私に始めて向うから口をきいた、

「いいえ、でも見るのは好きです」「あ、そう」それだけだった、

この人はいつ食事をするのだろう、何で食っているのだろう、いくら考えても
解らなかった、

「♪ほほに小さな 泣きぼくろ

  かわいい人よ なぜ泣くの

  あの人なにも 知らないの

  私の愛は 届かない

  あの人を あの人を

  愛した その日から

  ひとりぼっちの 夜がこわいの

  逢いたくなって 逢いたくなって

  なぜか こわいの」

この男の人とはかなりの回数逢っている、
いつも麻雀をしている後姿と「あ、そう」という言葉だけ。

いつだったか、この男が「おい、ちょいと待て」と私を呼びとめて
壁一面に掛けてあった彼の背広の内ポケットのいくつかを探して、
「ほらよ、これ持っとけ」男は私に数枚の札をくれた。

「持っとけ」という言葉は預けるという意味か、私に与えるという意味か、
良く解らなかった、じっと立っていると、

「何か上手いものでも食え」彼は後ろ向きで「ポン」麻雀を続けながら私に言った、

「あ、ありがとうございます、でもこんなに沢山」

「いくらある?」と妙な事を私に聞いた。

「千円札と五千円で三万円くらいあります」

「おっ、それ間違いだ、一万こっちへ返せ」

「はい」

私は数えてから彼の麻雀卓の隅に置いた、

「あ、いい、いい、これもやるから持ってけ」

「あの、こんなに沢山要りませんので」

「あ、そう」彼は振り向いて「五千円だけよこせ」と言って
その札を向かい側の男に「ほらよ、さっきの」と言って札を投げた。

「帰ってもいいですか」

「あ、そう、またな」彼はタバコをくわえて「それアタリ、ロン、満貫」と
言って振り向いて、ニヤっと笑った。

「♪もどかしいのよ もうだめね

  抱きしめられて 甘えたい

  もうすぐ空に 陽がのぼる

  信じて待って いるんだよ

  あの人を あの人を

  愛したその日から

  ひとりぼっちの 夜がこわいの

  愛することが 愛することが

  なぜか こわいの」

私は階段を降りて下の路地に出た、ドタドタと足音がして
彼が階段を駆け下りて来た。

どうしたのかと思って振り返ると、

彼は目を細めて空を見上げている、

「どうしたのですか」

「いや、府中の11レース、アカテンにぶちこんでるんだ
 降るかなあ、どうかなあ、降ったらアカテンは無いしなあ」

彼は空を見上げたまま腕を組んだ。

また彼が階段を駆け上がっていく、不思議に思って私も後をついてもう一度彼の
部屋について行った。

彼が黒電話で「3-7 五千円、4番の単一万、複勝3万円」

そう言って彼は自慢の日立の大型テレビの画面をじっと見つめていた、

やがて、「くっそー」という怒鳴り声と何かを投げてガラスが割れる音が聞こえた、

のぞきこむと彼がまた黒電話で「最終レース、8-8連一万、1-8三千、3-8五千」
と言ってまたテレビと今度はラジオもつけて「行けー△*>、コラー」と怒鳴っていた。

私はそっと階段を降りて一階の踊り場に出た、
空は曇ってぽつぽつ雨が落ちていた。

それからその男のところに行く用事がなくなって、半年くらい過ぎた、

「おう、〇君か、あいつは死んだよ」

「えっ、どうしてですか」私は彼の麻雀仲間に出会ったので聞いてみた、

「xさん、お元気でしょうか」と私が聞いた、その返事が「あいつは死んだよ」だった。

「タクシーの運転手五六人と揉めて喧嘩になったらしい、スコップで顔を割られて
 血だらけで死んだそうだよ、おっかさんが可哀想だったよ」

「お母さんがいらっしゃるのですか」「ああ、親一人子一人らしい」

「何で喧嘩なんか、あの人は喧嘩なんかしないでしょう」

「さあ、わからんな、俺等は個人的な事は聞かない約束で付き合ってるし」

「じゃあな」男達は道を向こう側に渡った。

ジュンとネネはまだあそこにいるのかなあ、見間違いだったのかなあ。

便利になった今の時代よりもずっとずっとあの頃は輝いていた、

「ひとりぼっちの 夜がこわいの

 愛することが 愛することが

 なぜか・・こわいの」
 

三四郎外伝「ストレス人生」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 9月29日(金)22時01分30秒
返信・引用
  卑怯な男というものはどこの会社にも集団にも必ずいる、
自分の困ったことだけを頼んでくる、だが自分が人にかけた迷惑や損害は
けろりと横に置いて泣き落としでくる、卑怯者とはこういう輩を指す。

我慢して面倒を見て裏切られて許して、
最後はその男が切った啖呵を逆手にとって切り捨てる、だが苦々しい想いだけが
心に淀みストレスに変り、私の心と体を蝕んだ。

その男は泣き言を言う、「お金が無いので助けて欲しい」と、

私は彼に泥をかけられ続けた、その我慢と実質的な金銭的、社会的な損害を
その男から蒙った苦い想いでが夜の路地裏を歩く私の急ぎ足にまとわりつく。

男は「逢って下さい」を連発する、「用件は?」と聞き返すと、
「お逢いしてからお話しをしたのですが」男は苦境を訴え続ける。

「私は貴方に騙され続けましたよ、それはご自分でも良くご存知だと思います」

一緒に苦労をともにし、苦い酒を呑み合った仲ならば、私はどんな事をしても
自分の能力の範囲内で絶対に彼の苦境を放ってはおかないだろう。

だが事実は全くの逆だった、酒を呑んだ事も無いし、一緒に同じ目標に向って
連携して汗を流した事も無い、彼によって会社が蒙った損害はまともに私個人を
直撃した。

泣き声を聞きながら、苦労の連続だった20代から今日まで底が抜けるようなボロ靴を
履いて積み木細工のようにレンガを積むように一歩、一歩、会社をのばしてきた、

勿論、その基礎は亡くなったあの社長が築いたものだったが、荒波は若い私を直撃し続けた、
丼飯だけで漬物を乗せてお湯で流し込んだ夜もあった。

この男の正体は良く解らない、だが真面目に勤めているようなその裏でとんでも無い
穴をあけていた、彼が自分のポケットに入れたのか、或いは放漫な管理から出たマイナス
なのか、それすらも満足な説明を受けたことが無い。

要するに、私は彼に舐められていたのだ、

窮するとまたのうのうと私に金の無心をしてくる彼の実体は解らない、

私はこれまでも困窮した社員がいたら雀の涙でも必ずできる事をして上げていた、
その夜は丼飯に漬物だけの夕飯を一人でかき込んでも、私はそうして生きてきた、

弱さなのかも知れない、三四郎さんたちと付き合っている割には
私はこの手の弱さが抜けない、よくYさんに言われた、

「〇ちゃんよ、ええ加減にしろよ、自分の蠅も追えないくせに、人の面倒を見るか、
 気持ちはすっきりするだろうよ、だがな、この世の中誰も助けてはくれネエんだぞ」

「おめえが、総理大臣になったら施しをしろ、〇ちゃんよ、いい子になるのは
 いい気持ちだろうよ、それやってると転ぶぞ、助けられた野郎はな、
 おめえの悪口を影で言っても感謝とかありがテエなんぞは毛ほども感じないものだ」

Yさんの言葉は正しいと思った、道路端で野垂れ死にしても誰も助けてはくれない、
これを胸に叩き込んで自分の始末と命は自分でケリをつけるしか無い、良く解っている。

その男は家族の病気をくどくどと口にし始めた、聞いてはいけない繰言だ、
だが私の弱さはついそれを聞いてしまっていた。

私は彼に「逢って話し合うことも無いだろう、人生相見互いだ、だけど申し訳無いが
私にはもうあんたと話したいという衝動が湧いてこないのだ」

夜に一人で懐かしい新宿のガード下に飲みにでた、

「♪山崎さんでは ないですか

  しばらくでした アケミです

  知らない女が 声かける

  夜の新宿 西口あたり

  肩をすぼめた 男はみんな

  昔別れた 寂しがり屋に

  似ている街だ・・・」

「♪斉藤さんでは ないですか

  おぼえていますか 私です

  私とだけしか 言わないで

  思い出してと ささやく女

  闇を流れる 電車の音が

  忘れかけてた 恋の痛みに

  さわるじゃないか・・」

もう格好つける年じゃない、病院に行けば何歳何ヶ月と診療スリットが出てくる、
こうして年を取っていく一人ぼっちで死んでいく、

新宿の街には若い自分が歩いている、あの後姿は俺じゃないのか、
あの歩き方は俺だ、あの髪型は俺だよ、ひとり事が出てくるほど懐かしい街だ。

そんな後姿は早足で私を追い抜いていく、もう若い足には到底かなわないのだ、
若かった自分も年上の人の淋しさなんか考えても見なかった、

老人が若者の流れの中に立つ、周りは障害物をよける様に急流のように流れていく、
あの中に俺がいた、あいつが俺だ、ぼんやり見ながら、僅かな酒に足を取られて
私は家路につく。

「♪中村君では ないですか

  昨日はどうも 松井です

  あやまり酒だと 盃を

  さしつさされつ 区役所通り

  酔えばまたすぐ 喧嘩になるが

  なぜかあいつが たよりなんだよ

  わかるかネオン・・・」

その夜、彼から自宅にも電話がかかってきた、「困っている」と、

「自分で出来ることは全てやったのか、生活保護の申請はしたのか
 俺が困ってお前に仕事の残業や荷物運びを頼んだことがあったよな、覚えてるか、
 お前は用事があると急いで退社した、そんな事がこの10年に何回あったか、
 台風の日にずぶ濡れになって集金に徒歩で一緒に行ってくれと頼んだこともあった、
 お前は今日は休みますと断った、

 会社が困って、給料の半月遅れを頼んだこともあったな、覚えているだろう、
 ボーナスが今年は支払えないと我慢してくれと頼んだこともあった、覚えているだろう、

 お前は、大声で喚いた、俺を責めた、覚えているか

 自分でやれることは全部やってみろ、売れる家具は全部売ってからものを頼め、
 俺の言いたいことはそれだけだ」

電話が再度かかってきた「怒らせるなよ、いい加減にしろ」電話を切った、

可哀想な気もした、だが俺も可哀想だったんだよ、

ストレスが襲う、早紀子が「貴方、何があったの」
「いいや、何でもないよ、もう寝ろ」

「♪山崎さんでは ないですか

  しばらくでした アケミです

  夜の新宿 西口あたり・・」

「あああ、やれんなあ」
 

三四郎外伝「二人のめぐり逢い」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 9月23日(土)00時14分14秒
返信・引用 編集済
  昨日まで逢う人ごとに金の無心をしていた男、
それがバブルの波に乗って何がきっかけだったか急に
金まわりが良くなった男。

昔サパークラブ、その頃はクラブとスナックに分かれていた、

私はその男から商売上の付き合いで二度ほど電話を貰った事があった、
二度とも堅気かヤクザか解らないような巻き舌の啖呵をぶっつけてきた。

一度は集金に行った私の会社の担当の態度が悪いと直接私に電話をかけてきた、
彼の名前は知っていた、

「あんた俺のこと知ってるだろう、名前くらい聞いた事があるだろうが」

これが電話の最初の言葉だった、私は黙って聞いていた、
「おら、聞いてんだよ、礼儀くらい知らねえのか、返事くらいしろよ」

「ご用件は?」私が聞いた。

「あんた、社員の教育が出来てないな、客のところに来ていきなり金払え、
 おう、これが目上の者に対する態度かって聞いてんだよ」

「集金に行ったのですから、お金を支払って下さいというのは普通でしょう
 何が気に触ったのですか」

「何が気に触っただと、この野郎おさまりかえりやがって、
 目上の者に対する基本的な礼儀が無いと言ってんだよ」

「何か支払いの要求のほかにご無礼な言葉を言いましたか」

「いきなしよォー、会社に入ってくるなり金払えって言うのが礼儀か、
 目上のものに対してよ」

「金払えってのは当たり前でしょう、お宅は支払いの期限を延ばし延ばしで
 二ヶ月も遅れいるのですよ」

「その前にだ、俺に対する礼儀が欠けていると言ってんだよ」

「貴方に対する礼儀? どうしろと仰るのですか、まず支払いをきちんとなさるのが
 我々商売人の礼儀じゃないのですか」

「おい、てめえ、一回面つき合わせて逢うか」

「それで・・お金は小切手はうちの担当に
 渡してもらったのでしょうね」

「保留にしてある、あんたの返答次第だ」

「馬鹿な事を・・、お宅とは単なる売り買いの関係しか
 ありません、逢う必要も無いし、保留をされるなら法的措置を取ります」

「このヤロー」怒鳴って電話は切られた、

私は弁護士に売掛金の焦げ付きが出たので相手に督促状を出してくれと頼んだ、

またその男から電話が来た。

「すまん、さっきは客が来てたので」

「お客さんの前で怒鳴ったりするのですか」

「まあ、そういうな、小切手は取りに来てくれ」

「お宅の社員に言ってこちらに持ってきてもらえませんか」

「おい、お互い同業じゃないか、そう気張るなよ」

「今日中にこちらに持ってきてください、失礼します」

この男、以前は逢う人事に金貸してくれで有名な男だった、
それが何かの録音機の製造を請合って土地投資も当たって見る見るうちに
業界ではある意味有名な人物になった。

カラオケ、当時はどこに行ってもカラオケだった、
高級クラブもカラオケ、もっと高級クラブは生バンドの演奏でカラオケ、

良く歌われていたのが、
「夜のめぐり逢い」というデェエット曲だった。

裕次郎と八代亜紀によって歌われていた、私は特に八代亜紀の歌の上手さに
魅了された一人だった、彼女の上手さは裕次郎を完全に食っていた。

この歌をクラブのホステスと客が良く歌った、

「♪かわいい横顔 やつれたお前

  別れて今日まで 探したあなた

  離すものかと 抱きしめて

  あつい涙を 拭いてやる

  夜の東京 二人のめぐり逢い」

「♪淋しい目をして 呑んでたあなた

  枯れ葉のように 坐ったお前

  ほそい運命の この糸は

  だれが結んで くれたのか

  夜の東京 二人のめぐり逢い」

私がその男を見たのは初めてでは無い、誰かの書いた私小説にも登場する
ある意味有名人でもあった。

男も私を認識しているようだった、入ってくるときジロリと睨みをくれて
肩をゆすって通り過ぎた。

この男は歌は下手だった、音程が狂って伴奏がはるか先に行く、
連れの女性も困って手でマイクの横を調子を取ってテンポをあわそうとする。

この男の金払いは女性の前では綺麗だった、
商売の金は独特の巻き舌で脅すようにだらだら引き延ばし、暴力を奮うことも
あると聞いた。

男は広い人脈を持ち、後ろには組織的なバックアップがあると男自身が噂を
ばら撒いていた。

恐持てを勲章と考えるようなどこかネジが狂った奴だと私は思っていた、

私もこの歌が好きで何回か女性と一緒に歌った、

「♪こんなにこんなに 愛しいお前

  優しさ強さは 変わらぬあなた

  うすいコートで 包みあう

  肩の先まで しあわせが

  夜の東京 二人のめぐり逢い」

バブルと言うものが、何と儚い泡だったのか、
私は円周の外側から多くのバブル紳士を見ていた、私の知る何十倍も
何百倍も本当のバブルの規模は大きかったに違いないが。

この男がとてつもない大きな土地詐欺にあった、
他人の土地を偽造されて十億を超える巨額な金を騙し取られた、当時の新聞にも出た、

土地は都心から少し離れた首都圏の某市内の一等地にあった、長方形の端が少し崩れたような
形で一番いい正四角形や長方形ではなかったが、スーパーを展開しようと考えていた男には
駅近で魅力的に見えた。

傍らには有名デパートがあり、背後には人口密集のマンションが連なっていた、
スーパーを開店するには理想的な場所で土地も2千坪強あり十分駐車場も取れる大きさだった。

これはこの男でなくても意思ある人なら騙される、男は弁護士と司法書士にもあい、
彼等を通じて該当土地の資料を大型封筒でもらった、

ある老夫婦の所有で老夫婦は
中国地方の田舎の田圃を潰して家を建て
人生の終活を緑豊かな清流のある田舎で過ごしたいと彼に言った、

その後、老夫婦の長男にも逢わされた、長男は名刺によると某有名家電メーカーの課長の
名刺を差し出した、「両親と一緒に住めないのが気がかりですが、私は今は東京を離れる
わけにも行きませんし、両親の意思に従って生前贈与も受け、両親の気の変わった時に備えて
東京に一つマンションでも用意してあげようと思っております」と礼儀正しい挨拶をし、
その後長男の家族にも引き合わされ一緒に会食もしたという。

土地は現存していた、登記は先々代から老夫婦が相続をし、もとはそこに貸しアパートを建てていた
と記録を見せられた、その後、登記簿謄本も司法書士によって示され、価格の交渉になった、
実勢価格はバブルの最中だったので20億というふれこみだったが、

最後は老夫婦の意思で土地は人柄の良い人に引き継いでもらえたらという譲歩で、
価格が10億2千万に決められたと聞いた、

男は手持ちの現金3億円と自宅など担保にして五億を銀行から手当てし、残りの2億2千万円を
売買契約成立後に登記と引き換えに弁護士に預託するという条件で手を打った。

男は考えた、この土地ならすぐにほかに転売しても最低15億なら確実に買い手があるという
銀行(これも詐欺グループ)の太鼓判で決心した。

後に司法の手が入り、この土地にはれっきとした所有者があり、男の見せられたのは
巧妙に偽造された偽者の謄本だった事が解った、もう金は相手に渡っており、老夫婦も
どこにも見当たらず、長男に電話しても「そのような方は当社には在籍しておりません」という
人事部の回答を得て、男は地べたに坐りこんで放心状態のまま、針金のワイヤーで首を吊って
自らを終活した。

後に解ったことだが、詐欺グループは元の持ち主の現住所を巧妙に他県に移し、
元の持ち主から老夫婦の兄に売買されたように擬装されていた、それが兄の死亡で
老夫婦の夫に相続がされたように擬装されていた。

考えてみれば可哀想な男だった、
貧しかったのは私も同じだが、自分の領域から出る事はしなかった、
そのお陰で大きな金も儲けなかったし金銭的な冒険もしなかった。

私の趣味は競馬にちょろちょろと賭けること、歌が好きで自分でギターを
弾いてうたう事、ちょこっと女に弱い事、ほかには偉ぶったことも無いし、
人を悪意を持って脅したことも無い、ごく普通の田舎もので通した、事実今でも
同じだ。だが男は私と同様な極貧の田舎から出てきて、波に乗って言葉遣いまで
変わり、高転びに転んでしまった。

この男の弱さは、決断を先送りする事だった、
常に強がりながらも何かの決断を先送りする、弱いと私は感じていた、

あの土地の話にしても、彼には全く未経験の分野であり、弁護士、司法書士と称する
相手側の人物を丸呑みしないで、自らが弁護士を雇い、司法処理を雇って話を進めれば
嘘の話しは必ず穴があるのが見えてくる。

だが、彼は絶好調の頃であり、土地は儲かるという神話にどっぶり浸かっていた、
疑いも無く人の良さそうな老夫婦にころりと騙された。

人は信ずるべし、信ずるべからず、上手い話には裏がある。

私は見切り千両をいつも心に抱いていた、人間関係も、ビジネス関係も、
少しでも物事が揺らいだら見切る、私は決して一生懸命に頑張らない主義だ、
それよりは捨てる事が生き残りの方法だと体で覚えていた。

見切る、それが馬鹿で貧乏人の私が生き残る本能だった。

その男は最後だけは自分で決着をつけた。バブルは終わった。
彼の葬式の案内が私の会社にも届いた。

「♪淋しい目をして 呑んでたあなた

  枯れ葉のように 坐ったお前

  ほそいさだめの この糸は

  誰が結んで くれたのか

  夜の東京 二人のめぐり逢い」

F君が「〇君、葬儀には行きますか」と私に聞いた。

「知らぬ中では無いけど、行かない理由も無いけど、行く理由は更に無いと思うよ」

「〇社長だったらこの話にどう対応しましたか、参考までに」

「俺かい、俺なら、7億から6億に値切るね、いくらバブルっていっても都心じゃない、
 首都圏のせいぜい人口70万くらいの都市の土地だ、元は田圃だったのだろう、
 それと、その老夫婦っていうのが、何で縁もゆかりも無い中国地方へ新たに家を買って
 引っ越すのだ、生まれ故郷ならわかるが縁も無い土地へ何の為に、この話はおかしいと
 俺なら思うだろうね」

「そうか」

「それとな、弁護士の身分の確認だ、これは弁護士事務所、弁護士会ですぐ解る、
 後は長男の名刺と会社だ、真っ先に何でも理由をつけて電話をしてみることくらい
 考え付くべきだと思う、俺なら最後はともかくこの二三点は絶対抑えるね」

「あの男、奥さんや子供はいたのでしょうか」

「さあ、それは知らない、別に独身だとは言っていなかった、リングはしてなかったが、
 あんまり興味は無いな、既婚か独身かは」

「自殺しないでも・・」

「金だよ、もう借りて相手に渡っている、それどうやって返す、銀行などに、
 出来なきゃ、死ぬしか無いだろう、人生ってそんなもんだよ、だけど偽装がばれない間は
 本物と思える登記簿が役所から出てくるだろうな、こんな事は見破れないよ、
 人の行動と言動がおかしいと感じるほかは騙されるだろう、欲が深ければ深いほど」

「F君、どうだ、歌いに行こうか、酒でも飲んで供養してやろう」

「歌いますか、夜のめぐり逢いを?」

「いや、今晩は止めとこう、別な歌にしよう」





 

三四郎外伝「盛り場ブルース」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 9月19日(火)22時23分24秒
返信・引用 編集済
  バブルが絶頂期から急速に土地の幻が消えて札束が街から消えた、
そんな中でも真面目に会社を経営して細々と生きていた人もいた、
私もその中の一人だった、バブルとの面会は数多かったが私自身は
そのようなゲームに興味は無かった、

アジアの大都市でもビル丸ごとが日本の会社の持ち物で名前も日本風に看板が
出ていた、目抜き通りのビル丸ごとが日本人の所有物だったのは珍しい事では
無かった、アジアの盛り場にも日本風のクラブやキャバレーが林立し、

日本で行なっていたように、席についた女の子にお客様が歌う時には付き添って
舞台まで行く事、点呼も日本風で何もかもかわいそうなくらいに、何も知らない
アジアの女性に日本風を叩き込んでいた。

カラオケ専門の店も、VIPと名のついた豪加な内装の店がそこら中にあった、
みんなバブル紳士やバブル会社がCASHで店を開いたのだ、

だが、これは現地で長続きしなかった、着物の下にはジーンズをはいている
女の子も大勢いた、お金の為には彼女達は必死で日本語を勉強した。

私が少し知っていたある男もアジアの大都会でバブルの波に乗っていた、
小さなラジカセの修理工だった男が、会社を興し見る見る大成長し大型のベンツに
運転手をつけて真夜中まで酒を飲み歩いていた、

最初の頃は彼は真面目で控えめだった、 バブルという恐ろしい波が彼を上げ潮に
巻き込んで、学問も無く金が無い事で有名だった男がビルを丸ごと所有して
100名以上の従業員に高給を払い、自らは、金はナンボでもあるからと片っ端から
航空会社の日本人スチワーデスを口説いていた、

彼は独身だった、見栄えが悪く、金を持たない彼は誰にも相手にされないそんな存在
だった、金が彼を変えた、

私はこの男の勃興を点で確実に見ていた、変わって行く彼の態度、
「あのバカがねえ」と顔をしかめる日本人も多くいた。

私は彼がバカか利巧か、彼がどれほど真面目か、どんなキャラなのかそこまでの
付き合いは無かった、共通の得意先で半年に一度くらい顔を合わせるくらいだった。

ある時その男が親しくも無い私に声をかけて来た、

ダブルの仕立ての背広のポケットに手を突っ込んだまま「〇さんよ」と呼びかけてきた。

得意先の廊下からエレベータへ続く廊下で呼び止められた、私は彼の名前さえ
知らなかった、顔と商売の内容は大よそ見当がつく程度の関係だった。

男は「〇さんよ」私が振り返ると、ポケットに手を入れたままガムをかみながら、
「どう、景気は?」と笑いかけた。

関係ないだろうと無視していたら、前に回りこんで、

「〇さんよ、今度うちの会社が上場するんだ、知ってるかい?」

「さあ、知りませんね、それで私に何か?」

「良かったら株を売ってあげようかと思って、さっき見かけたもんだから」

「株?」

「そううちの株、もう倍以上の市場価格がついているけど、上場前の価格でいいよ」

「さあ、私はあんまり解りませんので、他の方にお願いします」

「チャンスなんだよ、これは」と彼は時計を見た、金無垢のローレックスの腕時計が
光っていた、

「昼時だから飯でもどう?車があるから送るよ」

「いや、私は二階建ての車ですから」「えっ?」

「バスですよ」

「まあ、いいじゃないの、初めてだろう僕とは、前から同じ仕事でお互い顔は
 見知っているはずだよ、これからは大きく張らなきゃ成長はしないよ」

大きなお世話だ、これ以上近寄ると股間を蹴っ飛ばそうかと考えていたが、
外国で警察沙汰はマズイ、知らん顔をしていた。

「〇さんよ、あんた俺に妬いているのじゃないの、楽にしなよ、お互いに
 日本人だしよ」

「話はそれだけ?」「そうだが、興味ある?」

「全く無いのでこれで」「惜しいねえ」

彼の会社は上場したが、すぐにストップ安で頓挫した、バブルの崩壊とは直接に
関係は無いが、彼の会社の売り上げが急速に落ちこんで、社有ビルを手放したと
噂に聞いた。

しばらく忘れていたが、彼の会社は社員が数人に減り、膨大なたくわえも株式投資や
不動産投資が暴落して彼の会社は銀行の監視下に入った。

私なら、そこで投げるが、と思ったが彼は根が真面目なんだろう、
もう少し、もう少し頑張ろう、ここさえ乗り切れば、と少しづづ銀行のTRが増えて行った、

当然銀行は個人保証と、物的担保を要求する、
それでも彼はまだ先があると頑張っていた、

ある日、彼から電話があり「〇さんですか」と馬鹿丁寧な口調が響いた、

「はあ、そうですが」「景気はどうですか」

「どうして聞くのですか」「いやあ、うちは参りましたよ、ここを乗り切ればと
思っているんですが」

「そうですか」

「実は、〇さん、少しお金を借りられませんか、ほんの1千万円でいいのですが」

「私は主義としてお金の貸し借りはしない事にしています、人間関係を壊しますから」

その日はそれで電話は切れた。

「♪咲いて流れて 散って行く

  今じゃ私も 涙の花よ

  どこにこぼした まことの涙

  さがしたいのよ 銀座 赤坂 六本木」

「♪お酒のむのも なれました

  むせるタバコに あなたを偲ぶ

  小雪はらって 今夜もひとり

  酔ってみたいの 洞爺 すすきの 定山渓」

彼はアジアの歓楽街から消えた、

噂では日本で会社再建の夢を追い続け、知り合いを訪ねて小さなお金を借り歩いている
と聞いた、私には興味の無い話だった。

私はある夜、銀行の関係者と食事をした、

その時にある人からあの男の話が出た、「亡くなったそうだよ」

「どうしてまた、まだ若いでしょう」

「さあ、見たわけじゃないので、あの風雲児がなあ」

「あの人は風雲児だったのですか?」

「いや、日本人であそこまで大きな波に乗った人は少ないよ」

「ピークか、或いは、下がり始めてイーブンになった頃にズバッと見切りをしたら
 何かが残ったでしょうに」

「人間は真面目な人ほど、それが出来ないのだよ、
 もっともっと、まだまだ、と頑張るからゼロになるんだ」

「なるほどね、私も彼に最後に会ったのは金ぴかの時代でしたよ」

「〇さんはその点、何も変わりませんね」

「皮肉ですかね」

「いいや、継続は力なりですよ」

「ただ靴を減らして走り回っている継続が力ですか、でも人間生きてなきゃ
 何も始まらないですからね」

「それが継続ですよ」

「生きていることが継続なら、ホームレスでも同じでしょう」

「〇さん、冷やかさないでくださいよ」

「銀行さんはいいですね、バブル演出の張本人なのに、国家が預金者保護という
 名目で何兆円も投入して、あなた方はまた銀行の名前を変えて継続ですか」

「これは随分な皮肉ですね」

「彼が風雲児ならなんで困っているときに傘を貸してやらなかったのですかね」

「いや、私等は一兵卒ですから」

「それは言い訳でしょう、アメリカなら銀行でも潰したでしょうね、
 バブルの責任は土地を煽った銀行に一義的な責任ありと私は思っています、
 もちろんそれに踊らされたバブル紳士も悪いが、諸悪は銀行にありますよ」

「・・・」

「♪通り雨には すがれない

  いっそ明日が 来ないでほしい

  すがるコイさん 涙にぬれて

  帰るあてなく 南 曽根崎 北新地」

銭は人間の顔さえ変える、あの男の素朴な顔も知っている、それがベンツに
乗り始め、金無垢のローレックスを腕にした頃の顔は脂ぎって鼻持ちならない
顔になっていた、

あの横柄な呼びかけの時に殴り倒してやっていたらむしろ眼が覚めたかもしれないな、
どっちでもいいが、消えた金は一体元は誰の金だったのだろう。

バブルの終わった 2000年くらいの出来事だった。
 

三四郎外伝「積み木の部屋」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 9月14日(木)23時14分36秒
返信・引用 編集済
  バブル時代というのは86年から91年くらいの間のたった5-6年の
狂乱時代だった。

この前に書いた「夫婦春秋」の偉大な人も87年から90年時代に出会った人
だった、この頃の私はやっと歌の文句のように陽が射し始めて頂上へ駆け上っていた
時代だった。

だが私は「夫婦春秋」の人と会うときには20代のボロ服装に徹していた、
この人に逢ったのは社長の存命の頃だった、そしてバブルの時代まで私との付き合いと
ビジネスは続いた。

私は社長の御供時代の服装に徹してこの人と会っていた、
着飾っても彼の前では到底比較にならない差があるのを知っていた。

その人に会う日はどんな高級な場所にでもボロを着て安物の時計に布切れのような
ネクタイで出かけて行った、その方が私は気持ちが楽だったから。

かれは私のナリを不思議に思った事だろう、口数は少ない人だったがきっとそう思ったに
違いない、

バブルは88年ごろにピークを迎えた。

チェッカーズと中森明菜からそろそろ光GENJIの若者にバトンタッチされていた
時代だった、もう70年代の同棲時代の暗いムードは吹き飛んで、

そして長渕剛の「乾杯」「とんぼ」が大ヒット、演歌では瀬川瑛子が出てきた、

バブルのはじける前の気だるい気配がどこかに漂い始めた頃にもう一人私と接触が
あった男性がいた。

彼はバブル時代の私と同様に30代の男性だった、
何をしている人だろうと不思議な気持ちでいつもAちゃんと呼ばれていた彼に
逢う機会が増えて行った、理由は単純だった、彼があるホテルの海外のフロアーマネージャー
をしていたから。

私がF君と支店を出した東南アジアのある都市の一流の日系ホテルだった、
所謂航空会社系のホテルと言うほうが解り易い。

Aちゃんと呼ばれていた男性はいい男だった、どっちかというと中条きよし氏を
ずっと若くしたような雰囲気と顔つきをしていた。

彼が私達の担当になってくれた、部屋は特別に海の見える上級の部屋を格安で
手当てしてくれた、私達はいつでも今回の泊まりの時に次回の予約と前払いの支払いを
済ませていた、彼にとっては安心できる上客に入っていた。

このAちゃんが時々商用で日本へ来た、
独身なのか既婚者なのかわからない年齢も不詳のホストクラブ風の雰囲気を
させて彼は東京に来ると必ず私に電話をしてきた。

海外のお返しに食事と酒は私の方で接待をした。
「夫婦春秋」の人は失礼にもなると思って私の方から余計な接待は
しなかった、

だがAちゃんの場合は年が近いという安心感もあり海外ホテルの名前も
一流だったので私達も気を許して友達のようにつきあっていた。

バブル紳士だった二人の違いは、
「夫婦春秋」の方は私達の会社のビジネスに関係しており彼の助けを受けていた、

Aちゃんの場合は、恩恵は何も無い、ホテルは別に彼がいなくても問題なく泊まれる、
Aちゃんの存在意義は話が面白かった事と英語が流暢だったこと、いい男だったこと、
だが怪しい雰囲気も同時に持っており、「F君、Aちゃんには気をつけろよ、距離を保て」
と常々言っていた。

この二人に共通なことは、
どういう資金源を持っているのか解らないが、二人とも年齢は違うが金は持っていた
私達は度を超した贅沢はしないように気をつけていたが、彼等はむしろそれを誇るように
金ぴかの服装で代わる代わる現れた。

このAちゃんという人物も歌が好きで上手かった、
彼は光GENNJIのフアンだと言った、だが歌は彼のナリとかけ離れた70年代の
淋しい歌を好んで歌った。

私が覚えているのは、Aちゃんが高級クラブのピアノの演奏で歌ったのが
布施明の「積み木の部屋」という歌だった。

この歌は有馬三恵子氏の作詞になるいかにも女性らしい繊細な悲しい恋を
歌っていた、Aちゃんには似合わないと思ったが彼はどういう訳か何曲か歌うと
必ず最後に「積み木の部屋」を歌った、その直前に歌ったのは「め組の人」という
ムードが全く異なる歌だった。

「F君、Aちゃんって人は奥が深いのか軽薄なのか訳わかんないな」と話した、
「そうだな、彼はどうしてあんなにいつも現金を持っているのだろうか、それに
 〇君見たか彼の時計、ブレスレット、相当なものだぜ」

「うん、それに日本ではどこかにシーマを買って置いてあるようなんだ、
 東京に住まいがあるのかなあ」

「わからん、ホテルの給料がそんなにいい訳も無いし、何やってる金なんだろうな」

「結構ブラックじゃないのか、気をつけろよ」

「女にはもてるだろうな」「そうだな、あの顔であの生活ぶりだからな」

「俺達と同じくらいかな、彼の年齢」

「いや俺達よりも若いと思うよ」

「アメリカに住んだ事があるって言ってたな、道理であの英語は
 日本人の喋る英語じゃない、全部揃ってるじゃないか、彼が人生の階段を
 昇る条件が」

「マイナスはね、彼にはブラックの匂いがするって事だよ」
「そうかい?俺にはわからんけど」F君が首をかしげた。

「♪いつの間にか 君と暮らしはじめた

  西日だけが入る せまい部屋で二人

  君に出来ることは ボタンつけと掃除

  だけど 充ちたりていた・・・

  リンゴかじりながら 語り明かしたよね

  愛はあれから どこへ」

何だか歌手のような堂々とした歌いぶりだった、場慣れしている様子が
伝わってくる。

Aちゃんが席に戻ってきた、

「上手いね、聞きほれましたよ、ところで何を飲みますか
 ここにブランデーのボトルがありますが、作りますか?」

「すみません、僕は酒はやりませんので」

私とF君は顔を見合した似ている「夫婦春秋」の人と、

このAちゃんが女性問題でややこしい事になった、
銀座の女性だったが、亭主がやばい関係だった。

クラブに電話がかかってきた、そして会計の女性がAちゃんを呼びに来た、
「お客様、向うにお電話が入っております」

Aちゃんはちょっと首をかしげたが立ち上がって店の電話の方に歩いた、

前かがみになって彼は何か熱心に話していた、盛んに身振りで何かを否定しているようだ、

Aちゃんが席に戻ってきた、顔色が青い、黙っている。

「どうしました?何かありましたか?」

「ええ」

「誰からですか、どうしてここにいるのがわかったのですか」

「ええ」

「どうしました、具合でも悪いのですか」

「ええ」

私とF君は顔を見合わせた、

やがて私達はその店を出て表通りを歩いた、Aちゃんは後ろで立ち止まっている、
振り返ると三人の男に囲まれて何か声は小さいが、深刻な話のようだった。

私が引き返して、「Aちゃん、どうしました、もう少し先なんんですが」

男の一人が「悪いな、お客さんよ、これは俺達の話だ、黙って帰ってくれ」

「この人はうちのお客さんなんですが、これから商談があるので」

「そうかい、こっちも商談中なんだ、黙って帰ってくれ、いいな」

身のこなしから彼等の素性は大よそ見当がついた、

「すみません、商談はうちが先口なんですけど、今日はうちに譲ってくれませんか」

「あんたも、たいしたもんだな、俺達をわかってながら、そんな口をきく、何者だ
 あんたは」

「いや私は普通のサラリーマンです」

「俺達のことは解って口を挟んでいる、違うか」

「さあ、お宅たちはどこの会社の方ですか」

「さあな、名乗りを上げたらあんたもここから帰すわけにはいかなくなるがいいか」

「いいも悪いも、この人との商談はうちの会社にとっては重要なんです」

「お前さんもしつこいな、ただのサラリーマンじゃねえな」

「ただのサラリーマンです」

「そうか、ここは人目につく、あんたの名刺をもらっとこうか」

「名刺は差し上げられませんが、電話はxxxxです、名前は〇といいます」

「よし、今日はこいつはあんたに預ける、明日の昼間あんたに電話する、
 この件、邪魔した落としはつけてもらう」

「じゃ、その人をこちらへ」

三人はすんなりAちゃんの背中をドンと突き飛ばして私達の方に解放した。

「Aちゃん、誰なんです、何事ですか」

「実は金なんです」

「金、道の真ん中で金の話とは穏やかじゃありませんね、どうしたのか話してくれますか」

「実は女性の問題でこじれて、彼等のところで無理やり金を要求されました、
 持ち合わせがなかったので、彼らに借りという形で1千万の借用書を書きました、
 その他に二枚の用紙に名前だけを書かされました。

 それが利子がついて一億五千万払えと脅されていたのです」

「そんな事ですか、何で借用書なんか何枚も書くのですか、私を呼び出して現金を
 私から借りたらすんだ事でしょう」

「思いつきませんでした」

「場所はどこでしたか」

「新宿でした」

「新宿はどこですか」

「私はそこまで東京に詳しくないので、解りませんでした」

「明日、私の車でその場所へ案内して貰えますか」

「覚えてないのです」

「その話、放っておくと、大変な事になりますよ、貴方の直筆の借用書があれば
 警察に駆け込んでも、向うは一億五千万貸したと言うでしょう」

「どうしたら・・」

「車の中で話しましょう、まず貴方の平素の金の出どこですが、差し支えなければ
 教えて下さい、この件とは別に、あなたは給料のほかにどんな稼ぎがあるのですか」

「・・・」

「言いたくなければ、この件も私は口を挟みませんよ、あなたは逃げられませんよ」

「・・・」

「♪二人ここを出ても すぐに誰か住むさ

  僕らに似た 若い恋人かもしれない

  きれい好きな君が みがきこんだ窓に

  どんな灯りが ともる」

「Aちゃん、貴方ずばり言いますが、会社の金に手をつけてはいませんか、
 ホテルかどこかその関係会社の金に」

「・・・」

「Aさん、あなたは断崖絶壁ですよ」

「正直に話してみてください、助けられるかどうかは解りませんが」

だがAちゃんは、逃げた、その後の顛末は知らない、

翌日にあの三人の誰かから私に電話がかかってきた、

バブルはそれから二年ほどではじけた、海外のAちゃんのホテルは身売りして
現地資本の別の名前に変わった。

「こんな終り知らず 部屋をさがした頃

 そうさ あの日がすべて

 そうさ あの日がすべて」

私がこの歌で思い出す風景とAちゃんが思う風景は違っていると感じた、

バブル時代には特有の匂いのする紳士が跳梁跋扈していた、だが彼等も
一人一人が人間だった、それぞれの歴史とレールの上を走っていた、

私はとうとうバブルには無縁で横から見物するだけで過ぎて行った、どうしたのだろう
あの人、この人。










 

三四郎外伝「夫婦春秋」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 9月11日(月)20時21分36秒
返信・引用
  バブル真っ盛りの頃だった、
私と接触のあったある男性の事を時々思い出す。

私は彼にある憧れを持って少し距離をおきながら眺めていた、
彼は私達と同じ路線のビジネスマンだった、年は私よりは一回りくらい
上だったと思う。

いつも当時としては珍しかったピッタリフィットした仕立ての背広と
腕には煌くような有名ブランドの高給時計が光っていた。

その人には私は随分お世話になった、会社のビジネスも随分助けられた、
彼が現れるのは二月か三月に一度くらいの割合だった。

常にダンヒルの黒の小さなバックを持っていた、一度私は彼の後ろで荷物を持ち
付き人のようにホテルの支払いの列に並んだ事があった。

ダンヒルのバックは伝統的に薄く瀟洒な作りだ、彼がカウンターで支払いの時に
そのバックをあけて現金を取り出すのを見た、当時はまだ日本ではクレジットカードは
一般的ではなかった、東京都心を離れると都内でもカードは通じなかった時代だ。

彼の財布もダンヒルだったが、ゴールドやプラチナのAMEXカードがずらりと並んでいた、
その横に現金が二束入っているのがみえた。

いくら現金万能の日本でも私には何百万円という現金を無造作に持ち歩く人は始めてだった、
支払いは手の切れるような新札で無言のまま何も確認せずに、すっと現金を抜き出して
支払っていた。

「ほな 行こか」

彼はすたすたと歩きだしてタクシーに行き先を告げ、黙って私の奥に坐って外を
眺めていた、「商売 どないやねん」

男は私に聞いた、
「おかげさまで 今月はいい数字が出せました」「そら ええわ」

男はまた黙った、

当時の男は誰でも当たり前のようにタバコを吸ったが、彼はタバコは吸わなかった、
彼は銀座のクラブ、北新地のクラブ、祇園のクラブが大好きだった。

私は社長のお供でこの男の人と何度もそんな場所へ連れて行ってもらった、
男はそのような華やかな酒席と綺麗な女の人が大好きだった、

他には何が趣味で実体は何なのか良く解らなかった、

男は私の肩よりは少し高いくらいの、男性としては背が低いほうだった、
体も細く、痩せ型だった、酒は一滴も飲めない、だが高級クラブに通うのが好きな
人だった、そして歌が好きだった。

私がこの人に憧れたのは
度胸というか どしっと 腹がすわっている事だった、

どんな相手とトラブルになってもビクともしなかった、
彼の度胸はどこから湧いてくるのだろうと不思議なほどに体つきからは
想像もつかなかった。

クラブに行くと最低三軒くらいは梯子をする、黙って坐れば一人5万円というような
高級クラブのネオンの中にぴたっとはまる、不思議なキャラの人だった。

「♪ついて来いとは 言わぬのに

  だまってあとから ついて来た

  俺が二十で お前が十九

  さげた手鍋の その中にゃ

  明日のめしさえ

  なかったなァ お前」

「♪ぐちも涙も こぼさずに

  貧乏おはこと 笑ってた

  そんな強気の お前がいちど

  やっと俺らに 陽がさした

  あの日 なみだを

  こぼしたなァ お前」

この歌がトレードマークだった、十分にクラブが賑わって店が最高潮に
なった頃、彼はおもむろに 歌をリクエストして ママの手を引き舞台に上がる、

体は小さいが声は大きい、歌も上手い、

その人は女性が好きだった、綺麗な彼女も紹介してもらった、
だが彼はクラブに行くたびに店のNO.1と言われるような女性を見事に口説き落として
彼のホテルに連れて帰る、私は唖然として言葉も無かった、

翌朝、ホテルに迎えに行くと、

「や、おはようさん 昨夜はすまなんだな」「とんでもありません、こちらこそ
 ご馳走になり恐縮しております」「まあ、たまにはええがな」彼は日焼けした顔を
ほころばせて笑う。

そんなこんなでだんだん親しくなって、彼の自宅にも招待されたり、
彼の高級車で山の上の料亭で紅葉見物をしたり随分お世話になった。

親しくなってから 私は一度聞いた事があった、

「毎晩のように綺麗な女性をお持ち帰りではお体も大変でしょう」

「そやな、しゃあないがな」何がしょうがないのか私には解らなかった、

その内、いつも連れて行ってもらうクラブでなじみなった女性にそっと聞いて見た、
「あの方、毎晩来られるの」「そうですね、こっちにお見えの時は毎晩ですね」
「じゃお店の女性も総なめでしょう」「違いますわ、あの方は何もなさいませんの」
「え・・?」

後で解ったのだが、その男の人は度胸千両、だが酒もタバコもやらない、
それに女性が好きだが、決して普通の男のするような事はしない人だと知ってびっくりした。

物凄い大金を湯水のように使い、女性に小遣いを上げ、物を買ってあげ、
最後は、ただ添い寝するだけという事をある女性から聞いた。

偉人だ、

私はこの人に物凄く興味を持った、

時はバブル真っ盛り、ベンツが売れ、日本車のシーマという車が飛ぶように売れ、
後は何でも高いほど喜んで買っていく、そんなバブルの真っ盛りだった。

そういえば、彼の行く店について行くと、店の従業員や女の子は一様に私の
質素というかボロの格好に怪訝そうな顔を向けた、

安物のシチズンの時計、丸井の月賦の安物の背広、色が落ちた靴、
見るからに安いと解る、布切れのようなネクタイ。

彼の背広と時計、靴、金縁のめがね、火の玉のような度胸、

何もかも私が口をあけて呆然とするような人だった、
酒も煽るし女も泣かすという 歌があったが、彼は酒は飲まない女は泣かせも
喜ばせもしない、ただ側に寝てもらう為にとんでもない大金を使う、

年はまだ隆々たる壮年だ、

偉人だと私は思った、

男たるもの こうでなければ駄目だ、私は憧れを込めて彼を見ていた。

その人は、住所が三つあった、一つが本宅、二つ目は隠れ家、三つ目は着替えの為だけに
借りているマンションの部屋、

車は三台、全部左ハンドルの黒色、背広は黒と茶色、靴は黒、
時計はキンキラ光るもの、指輪はダイヤ、ネクタイピンもダイヤ、

髪は横がアイパーのかかった、変則オールバック、

でも私はこの人が好きだった、彼の度胸の良さに惹かれた、
物事に動じない、どこから湧いてくるのか拡声器のように大きな声、

そしてバブルがはじけた。

この人の消息が絶えた、私にはまだ解らない大人の世界の何かがあったのだろう。

「♪九尺二間が 振り出しで

  胸づき八丁の 道ばかり

  それが夫婦と 軽くはいうが

  俺とお前で 苦労した

  花は大事に

  咲かそうなァ お前」

私は女に惚れる、

だが私は男にも惚れる傾向がある、彼もその中の一人だった。

「ついて来いとは 言わぬのに

 黙ってあとから ついて来た

 俺が二十でお前が十九・・」

この歌が好きだった人、
この歌が彼の人生だったのかなァ お前・・・
 

三四郎外伝「理由ーわけ」」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 9月 5日(火)18時15分13秒
返信・引用 編集済
  昭和50年代に「昔の名前で出ています」が大ヒットした、

そして追いかけるように夜の盛り場を舞台にした男と女の物語が
女たちを泣かせ泳がせ華やかな彩りで昼間の世界とは別世界の物語が
多く語られた。

銀座「姫」のママであり作詞家であった山口洋子氏が実生活で見た世界を
綺麗に残酷に華やかに描いたのが中条きよし氏の歌った「嘘」と「理由」。

中条きよし氏は70歳を過ぎた現在でも当時の色気とダンデイさを持ち続け
その歌声は若い頃と何にも変わっていない、顔も雰囲気もこの人は元祖ホストクラブ
と呼ばれるだけの特別な雰囲気を持ち続け、根強い女性フアンが多くいる事で知られている。

今から40年以上も前に当然私は若かった、こんな大人の歌を理解できる場所へは
顔も出した事も無かった、

後年、それから10年以上経って私が銀座に足を踏み入れた頃にああそうか、
これが山口洋子氏の書こうとした夜の女たちの恋だったのかと気がつき始めた。

「嘘」が大ヒットし中条きよしさんは紅白に出場したように記憶している、
その何年か後に二部作のように出された曲が「理由ーわけ」という歌だった。

「♪あのひとと別れた理由は 何でもないの

  夜明けに帰って来た 彼の

  背広についてた 口紅が

  許せなかっただけのこと

  マージャンしてたと 言いわけも

  投げ出すように 冷たくて

  熱いコーヒーいれながら

  もうおしまいねと 泣きました」

「♪あのひとと別れた理由は 何でもないの

  夜中にかかって来た 電話

  あのひと出してと 親しげな

  若い女の笑い声

  誰よと責めても 答えない

  煙草輪にする 横顔に

  男ごころを見たようで

  もうこれきりねと 泣きました」

私は商社を辞めてから 二度ほどカナちゃんに会った事がある
一度はお堀の法政大学に続く道で二人でお握りとビールを飲んだ、
二度目は神田の駅前でばったり会った。

「よう、久しぶりどうしたの」

「あら○君、どうしたの」

「どうしたのって君こそこんなところで何しているんだ」

「会社の用事でここから近い場所にある商社を訪ねて行った帰りです」

「ああ、あの美土代町にあるあの商社かい」

「そうです」

「これから会社に帰るの」

「うん、だけどせっかく○君と会えたのだから・・」

「どっかで飲もうか」 「いいですよ」

私たちは神田の駅から近いサラリーマンの集まる居酒屋に入った、

店はもうもうたるタバコの煙の中で叔父さんばっかりの集団が盛んに飲みながら
何か議論をしている、右も左も前も後ろも叔父さんの集団にカナちゃんという女性が
一人挟まれた格好になった。

「何飲む」「ビール」

「それとこれとこれとこれ、食べよう」「いいわ、にぎやかねここは」

「サラリーマンの楽しみは麻雀かこんな場所しかないんだよ」

「そう、男の人って楽しみが無いのね」

「カナちゃんたちは会社が終わったら何しているの」

「そうね、習い事に行く人もいるし、彼氏の居る人はそっちの方でしょう、
 私はそうね まっすぐ帰るわ」

「本当かい、会社のみんなは元気か、課長や係長はどうしてる」

「課長は毎日部長に怒られているわ、そうそう○君の同期ですかあの上の階の人
 Fさんって言ったっけ、この頃私のところに良く来るわ」

「ふーん、カナちゃんが好きなんじゃないか」

「そうかしら、私は○君が好きだったけど」

「過去形かい」

「違うわ、今でも想いだすわ、好きかって聞かれたら、良くわからないけど
 会いたいなあって思うときがあったわ」

「みんな過去形じゃないか」

「でも今は現在進行形よ、池上線にはあれから一人で行ってきたわ、
 ○君がいるような気がして」

「いる訳ないじゃ、あれは仕事で行っていただけだから」

「○君は、誰か彼女できた」

「いいや、今の社長の仕事を覚えるのに大変だし、周りは女っけは無いし」

「ここにいるでしょう、ほら、私よ」

店の有線放送が流れてきた、

「♪ あのひとと別れた理由は 何でもないの

   お休みぐらいは 家にいて

   ふたりでゆっくり しましょうと

   甘い約束したあとで

   仕事があるよと 新しい

   ネクタイしめて行く 背中

   ドアにもたれて 見送って

   もう今日かぎりと 泣きました」

「カナちゃん、酔ったみたいだね、無理するなよ」

「ねえ、○君、貴方の家はここから遠いの」

「いいや、御茶ノ水で乗り換えて 各駅停車で直ぐだ」

「どんなところかしら」

「ちいさなアパートだよ」

「私はずっと実家しかしらないから アパートって見てみたいな」

「普通だよ、どこにでもある狭い部屋だよ」

「どこの駅なの」

「市ヶ谷だけど」

「ああ、フジテレビとか日本テレビのある駅ね」

「フジテレビはすぐ近くにあるけど」

「今から見に行っていい」「フジテレビをか」

「○君の部屋を」

「どうしようかな」

「誰かいるの女の人」

「そうじゃないけど、カナちゃんは前の会社の同僚だし、カナちゃんは
 真っ白でいた方が俺にはマドンナのようで、その方がいいんだけどな」

「それ、お断りって意味」

「カナちゃんに悪いからだよ」

「私は大人よ、いろんな意味で○君よりも大人よ」

せがまれて駅から坂道を上がり始めた、「いけない」という気持ちがずっと
坂道を上がるにつれて強くなってきた、本能の欲望と自制心が猛烈に戦っていた、

カナちゃんが腕を回してきた、肘がカナちゃんの胸にボンボンと当たる、
二人とも若い、火がつくのは簡単だった。

部屋のドアを閉めたとたん、カナちゃんが首に手を回してスカートの横ボタンを外して
猛烈なキスと足を絡めてきた、

「もう駄目だ」私はカナちゃんから湧き上がる女の匂いにくらくらとした。

「○君、・・・抱いて」

「♪あの人と 別れたわけは 何でもないの・・」

今でもこの歌を聴くとあの日の出来事を想いだす、

カナちゃんの実家は江戸の老舗の暖簾を受け継ぐ立派な家柄だった、
子供の頃から何の汚れも心配も無く一流女子高へ東京でも有数なお金持ちの
集まる私学がカナちゃんの母校だった、

世の中には確かに階級というものが存在すると私は実感した、
いい人か悪い人かの区別ではなく、上流、下流の格差は厳然と存在すると
私の心に刻み込まれたのがカナちゃんだった、これがお嬢様という東京の上流家庭の子だ、

下流からなりあがろうとしている私にはその感触がすぐにわかった、
育ちがいいか悪いか、女は抱いたらわかると気がついた。

私が少しづつ怖気づいていくのが自分でも解った、カナちゃんのご両親が私のような
田舎の下流人間を受け入れるだろうか、カナちゃんの家の生活に私がなじめるだろうか、
私はカナちゃんを抱いた後、ベッドですやすやと眠るあどけない感じの無防備なカナちゃん
を見つめて、

私がこれ以上かかわるとカナちゃんの将来によくないと柄にも無く自分を制した、

「○君、また会えるでしょう」背伸びをして舌をからめてくるカナちゃんの甘い香りに
負けそうになりながら、駅まで送っていくよと手をつないで坂道を下った、

駅まえに公衆電話ボックスがずらりと並んでいた、
その一つにもたれかかりながら、カナちゃんは私の耳に「○君、とっても美味しかったわ」

といって私の耳を噛んだ。

「あの料理かい」

「バーカ、貴方の体が美味しかったの、また食べたいわ」

「カナちゃん、家に電話入れておかなくてもいいの」

「うん、日本橋の地下鉄付近から電話入れるわ、○君、また会ってね」

「・・・」

「あの人と 別れたわけは 何でもないの・・」

私はカナちゃんが改札口に消えていくのを見送って、

「俺は田舎者だ、千雪が似合いの女だ、カナちゃんには丸井の月賦の服や
 コートは似合わない」

「私の買った月賦のピンクのコートを喜んで飛び跳ねる千雪が私には似合いだ」

カナちゃん、サヨナラだよ、

私はずっとカナちゃんの消えた改札口を見つめていた、ここから出てくるのは
カナちゃんか千雪か、

犬ころのように転げて私に飛びついてくる千雪は私の買ってやった安物のコートと
固い革の白いハンドバックを大事に大事に胸に抱えている、

カナちゃんのバックはヨーロッパのブランドの質素な色合いのものだった、
その違いが私の心を余計に千雪に傾けていく。

固いバックを大事に大事に抱える千雪、ブランドのバックをさりげなく持つカナちゃん、

「別れたわけは 何でもないの・・」

 

三四郎外伝「おゆきという女」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 8月31日(木)18時15分39秒
返信・引用 編集済
  私が30歳を過ぎた頃
ようやく陽が射してきた私の歩く道、

もう11年も前だった
三四郎兄さんが生死の境をさまよう重傷を負って
私も意識不明になるほどの輸血を場末の病院で行った、

殆ど同時に二人は意識が戻って
銭無しの田舎ものの何のとりえもない私に
三四郎さんが「お前は俺の血を分けた弟だ」と公表し
私の周囲が変わり始めた。

地を這うような最低の生活をしていた私の宿願の
詐欺師の叔父が振り出した手形が三四郎さんたちの手に落ちた、

住所が調べられ、社長の好意と三四郎さんの助けでケンさんが
陣頭指揮をとり叔父の隠れ家を急襲した。

父の残した田舎の土地家屋財産が手際よく彼らの手で専門的に
ある時は強引に法的な手続きをすませてそれらが母の手に戻った。

その後の私は社長に可愛がられ、大学卒業後に入った大商社での生活も
神戸から東京本社と子供から大人への道と社会生活を順調に歩いて行けた。

女性という異性を知ったのは同年代の男性に比べてはるかに遅れて22歳で
初めて女を知った、教えられた、母も落ち着き、父の墓も立派に建て替えて
姉も幼い頃に失った笑顔を取り戻した、私は人生の前途を改めてしっかり見つめて
進み始めた。

東京本社に戻ってから社長の会社の担当にされ池上線沿線から池袋から埼玉方面の
成型工場を広く歩いた、いつも元気でやる気満々な毎日だった。

母は私が苦学をして大学を卒業して商社マンになった事を父の位牌に涙を流して
報告していた、私は幸せの絶頂にいた。

些細な事で大株主で会社のメインバンクの御曹司と殴り合いの喧嘩をし
彼の目と喉とかなりの傷を与えた、傷害事件にはならないように会社が計らったが
私は商社を辞めなくてはならなくなった。

人生劇場は私の幼少期から青年期そして大人への階段の途中でも私を揺さぶり続けた、

そして社長に拾われて社長の秘書兼運転手兼債権処理の助手として全く想像もしなかった
新しい次の人生劇場を歩き出した、

親友であったF君以外は私の知り合いは普通の人たちではなくなった、
そんな人たちに囲まれて私は自分の生きる方向と方便を実地で体で学んでいった。

それから
社長の別会社を引き継いだ私は曲がりなりにも社長というタイトルと
大手得意先の役員クラスや銀行の支店長と頻繁に会うようになった。

だが私の心はいつも高校時代を懐かしみ田舎の山や川を懐かしみ
年をとることに大いなる抵抗感を持った、一風変わった人間として
人との付き合いを限定し、F君や早紀子が嫌がるのを尻目に三四郎さんたちの
仲間と金銭抜きのある感情を持った別の友人として会って会食や酒の付き合いを
続けていた。

これを心配する物産の部長、後の常務も、Dさんも、私に十分に身辺の人間関係に
注意を払うようにアドバイスと警告をしてくれていた、だが私にはどん底から救って
くれた彼らの助けが無かったら今日の自分は存在しないという確かな自覚があり、

必要な行為であり感謝の気持ちだと言い聞かせて自分の行動は自省しながらも
止めるつもりはまったく無かった、彼らの助けが無かったら父の残した遺産も
母の安泰も全てが私の手の届かぬ虹のかなただったと信じていた。

私は父の戦時中の苦労はもう的確に理解している、戦争は知らないが父が国の為に
遠いビルマの果てまで陸軍の航空部隊と共に進出し、悲惨な逃避行の話も助けた
中尉の話も、英軍の重戦車の轍の音も、スピットファイアーの上空乱舞と機銃掃射も
繰り返し繰り返し、母に補填してもらいながら胸に刻み込んでいたから。

私は詐欺師の叔父を殺してでも取られた財産を取り戻そうと東京に出てきた、
今考えれば荒唐無稽な計画であったし実現の可能性は殆どゼロであった。

それを助けてくれたのが彼らだった、私には生きていく為の干天の慈雨のような
存在にしか見えなかった、なぜ人は彼らを悪い人と言うのか、私には反発があった。

30歳を越えた頃、元貧乏人の私が外車に乗り、銀座のクラブに出入りをした、
過ぎたるは及ばざるが如しと戒めながらもいつかそれが日常になっていった。

私は陽の射す場所と日陰の境界線に立ちながら同年代の友人も無く、
遠くを懐かしむような心のままで毎日を行き当たりばったりのままで川の流れに
身を任せて流れていった。

千雪という貧乏と、早紀子というある階級の女性の間で、ちょうど陽の射す場所と
日陰の場所を行き来するように過ごした。

「涙の連絡船」の話に出したスナックがその中間の憩いの場所になっていた、
誰も知らない、私も名乗らない、愛想の無い女が二人気だるそうにカウンターに居た。

おゆき、
こんな名前で呼ばれていた女が新しく店に入ってきた、

千雪の面立ちを細くしたような純粋だけど何か哀れを誘うような女だった、
この女が新しく私の話し相手になった。

「おゆきなんて、本名じゃないでしょう」
「このお店ではね、おゆきです」

「どんな字を書くの? 由紀なの?」

「いいえ、本名は雪です」

「それも珍しいな江戸時代みたいで、綺麗な名前だよ女の子の雪という名は」

「ありがとう」

「それで おゆきって呼ばれるようになったのか」

「そう、北の生まれだから」

「当てようか、山形でしょう」

「どうして、当たったわ、そう山形よ」

「ふーん、山形の雪さん、千雪か、みんな雪国だな」

「誰、千雪さんって」

「・・・」

「♪持って生まれた 運命まで

 変えることなど できないと

 肩に置いた手 ふりきるように

 俺の背中に まわって泣いた

 あれは・・・

 おゆきという女」

「♪少し遅れて 歩く癖

  それを叱って 抱き寄せた

  つづく坂道 陽の射す場所に

  連れて行きたい このままそっと

  あれは・・・

  おゆきという女」

「おゆきさんか、随分古風な源氏名だな」

「前のお店でママがつけてくれたの」

「おゆきって、気に入っているの」

「別に・・」

「珍しいよ、おゆきなんて、ゆき子とか、千雪とかなら普通だけど」

「また千雪さんですか?そんなお名前の人をご存知なのですか」

「そうだね」

「羨ましいわ」

「何が」

「貴方は男だから、羨ましいわ、男だから・・」

「♪湯気に浮かんだ 茶柱で

  明日を占う 細い指

  どこか不幸が とりつきやすい

  そんな気がする ほくろがひとつ

  あれは・・・

  おゆきという女」

同棲のような社内関係を持っていた早紀子と結婚の話が出た、
お父上にお会いしたが、私には近寄りがたい上流の東京の人だった。

千雪はいつまでも犬ころのように 私にしがみついてくる、
私には千雪が「おゆき」の歌の女のように思えていた、

スナックのおゆきが 例のサラリーマンと喧嘩をした男に付き纏われている
という話が別の女から聞かされた。

私はたびたび店に行っていたが、どういうわけか前は必ずあったあの男に
遇わなくなった、

おゆきと名乗った女が店を辞めた、
ほかの女に聞いてみたら、「あの子、この間、一人でずっと泣いてたわ」
そう言った。

男もおゆきも 店から消えた。

そして私もあの店に立ち寄ることも無くなった、

早紀子の母上から「お返事を聞かせて下さい、一度貴方のお母様にお会いしたいのですが」
と言われた。私は早紀子に千雪のことを打ち明けた。

早紀子は泣いた、

私は二人をおゆきにしたらいけないと、早紀子に返事を待ってもらうように頼んだ、
早紀子はまた泣いた。

男だから羨ましいとおゆきが言った、私は泣ける女の方が羨ましいと思った。

「あれは・・

 おゆきと いう女」
 

三四郎外伝「涙の連絡船」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 8月26日(土)22時34分38秒
返信・引用
  私が良く顔を出していたカラオケスナックで会った男、

彼が必ず歌うのが「涙の連絡船」、この男はいつも私の座るカウンターの反対側に
坐ってこの歌をうたっていた。

雨の夜、用事があって時間つぶしにこのスナックに立ち寄った、
男はやっぱりカウンターの端に坐って何か飲んでいた。

私は人と眼はあわせないようにしている、ドアをあけた時に人の配置と顔や服装を
大体だけど頭に入れる、それ以上の余計な動きやはしないようにしていた。

男の服装は夏だったので当時アロハシャツと呼んでいた模様入りのシャツを
ズボンの外に出してジーンズに不似合いな黒のビジネス靴をはいていた。

私は見知った女と冗談をいいながら数人の客の歌う酔った声に耳を傾けていた。

その時、歌の順番が違うと怒鳴った男が他の客ともみ合いになった、
相手は普通のサラリーマンの叔父さん二人、男はこの二人に過剰反応と思えるほどの
怒りを見せた、そして殴り合いが始まった。

私は用事があるのでそろそろ行かなくてはと思いながら三人の喧嘩を見ていた、

店の女が「ねえ、ねえ、警察呼んだ方がいいかしら」と誰にいうとも無く繰り返した、
喧嘩の原因は「涙の連絡船」を同時にあの男とサラリーマンが申し込んでいて
サラリーマンの叔父さんが舞台に上がって歌い始めた事で男が切れたようだ。

かなり年配のサラリーマンの叔父さんも元気が良かった、大丈夫かと思われるような
立ち回りを演じていた、

帰ろうと思って、「お勘定お願いします」と二度言った、女がやっと上の空で
伝票を私に「ありがとうございました、すみませんお客さん」と私に頭を下げた。

お釣りをもらって出ようとした時に悲鳴が上がった、

どっちがどうだかわからない三人の喧嘩の中で血が見えたのだ。

帰りかけた私はもう一度席に座って成り行きを見た、
何でそうなったのか解らないが、血を流しているのはいつもの男だった。

刃物か、

いや違うようだな、暗がりの中を良く見ると、どうやらサラリーマンの叔父さんが
事務用のボールペンで男の顔を刺したようだ、男の頬からかなり血が勢い良く噴出す
ように床に落ちていた、男は聞き取れない何かを叫んで椅子を振り上げて逆襲した。

叔父さん二人も酒が入っているからだろう、更に血を流す男の髪の毛を引っ張り
猛烈に殴っている、「たいしたもんだなあ」と私は叔父さんたちの奮闘を見ていた、

男がカウンターの方に駆け寄ってくる、私は女に「包丁を隠せ」と指指しながら言った、
女はうろうろしている、「早く包丁を隠せ」と言うと、年上の女が布巾で包んで下の食器
置き場に入れて隠した、二本とも隠した。

男は案の定
カウンターに駆け寄り、包丁があった場所を見た、その時私と正面から眼があった、
男は頬の二箇所を貫通されてかなりの出血をしているようだ。

男が店の黒電話でどこかに電話をした、

叔父さんたちは店を出ようとしていた、男は店のドアに立ちふさがり「逃がさない」
と小さな声で言った、叔父さんたちは、「うるさい」と体でおした、そこでまた
三人が殴り合いを始めた、

「ねえねえ、どうしたらいいかしら」女がまた私に聞いた、私は黙っていた、

思ったとおり、ドアが開いて三人の普通でない男達が入ってきた、

叔父さんたちは店の隅に押し込まれて、どうやら凄い脅しを受けているようだった。

叔父さん二人は襟首をつかまれて表に連れ出された、車の発車音が聞こえて、
店はタオルで頬を押えた男と私の二人だけが客として残った。

男はチラチラ私の方を見ていたが、痛さに耐えられなくなったのか、
よろめきながら勘定を払って店をでようと私の後ろに来た。

「良く逢うな」男が私に言って横に坐った、

「さあどうかな」と私が言った、男は「うーん」と頬杖をついて私に何か言いたそうな
様子でにじり寄ってきた。

「医者に行った方がいいんじゃないか、化膿するぞ」男はじっと私の方を見ていたが、
やがてよろめきながら、椅子の背にすがりながら店を出て行った。

客は私一人になった、
「お客さん歌いますか」女が言う、

店には「涙の連絡船」のカラオケがかかってきた、

「♪いつも群れ飛ぶ かもめさえ

  とうに忘れた 恋なのに

  今夜も汽笛が 汽笛が 汽笛が

  ひとりぼっちで 泣いている

  忘れられない 私がばかね

  連絡船の 着く港」

「♪きっとくるよの 気休めは

  旅のお方の 口ぐせか

  今夜も汽笛が 汽笛が 汽笛が

  風の便りを 待てという

  たった一夜の 思い出なのに

  連絡船の 着く港」

「歌おうか、景気づけに・・」女に言って私がマイクを握った、

「♪ 船はいつかは 帰るけど

   待てど戻らぬ 人もある

   今夜も汽笛が 汽笛が 汽笛が

   暗い波間で 泣きじゃくる

   泣けば散る散る 涙のつぶが

   連絡船の 着く港」

これがあの男の十八番か、

歌い終わって席に戻ってもう一杯水割りを飲んだ、

「傘お貸ししましょうか」女が言った。

外はどしゃ降りだった、

私はちょっと離して停めてある車に乗って上着を脱いだ、

凄い雨だった、

車のライトをつけてエンジンをかけ、暖房を入れてワイパーを激しく動かした、
しぶきの上がる道をゆっくりと国道に向って左折した。

「♪泣けば ちるちる 涙のつぶが・・」

いい歌だなあ、私は鉄さんとの約束がある八重洲のクラブに急いだ、



 

三四郎外伝「知りすぎたのね」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 8月20日(日)23時17分21秒
返信・引用 編集済
  この曲は私がまだ高校生の頃にラジオで聞いた、
それからずっと時が経ち、私が新宿を徘徊するようになってから
再び、当時のサパークラブで専属歌手が歌っていたのを聴いた。

いい曲だと思った。

フロアーでは大勢の当時のお金持ちクラスの男性が美しい女性と
泳ぐように踊っていた、それを私は社長の鞄持ちでカーテンの陰に立ったままで
聴いた、いい曲だと思った。

それから忘れかけていたが、折に触れてこの曲が耳に入った、
みんな男女が踊れる場所で流れていた、私は外国の曲だと思っていた。

ぼんやり見ていた当時の私は半分学生、半分は社長の鞄持ちと車の運転手が職業だった、
この曲はタンゴかな・・とぼんやり見つめ聴いていた。

後にロス・インデイオスというグループが歌っているのをクラブで見て聴いた、
その頃赤坂には巨大なキャバレーがいくつかあった、その内の一つでこの曲を聴いた。

ロス・インデイオスとは英語で「The Indians]という意味だと知ったが、スペイン語の
方が日本のムードに合うようで多くのスペイン語の歌詞が流行していた、確かグループの
中に女性がいた、後のシルビアという女性は単独でシャンソンか何かを歌っていた女性だと
教えられた、綺麗な人だった、私には全てが高い高い高峰の花だった時代だ。

後に社長が亡くなられてから、F君と二人で良く飲み歩いた、不思議な事に一定の間隔を
おいてあちこちで「知りすぎたのね」を聴いた。私がまだ若かった時代だ。

「♪知りすぎたのね あまりに私を

  知りすぎたのね 私のすべて

  愛は終ね 秘密がないから

  話す言葉も うつろにひびく

  嫌われたくなくて 嫌われたくなくて

  みんなあなたに あげたバカな私

  捨てられたのね 私はあなたに

  いいのよ いいの

  作り涙なんか」

私はこの歌を別の角度で覚えている、

私を通り過ぎて行った 多くの友人たち、会社の社員たち、「知りすぎたのね」は
私には友人や会社の社員達による裏切りや思わぬ人の離反を強く思い出させる。

「知りすぎたのね」

ふとしたきっかけで人の本性を見る事がある、思わぬ言葉に隠れた意図を見る事がある、
そんな時にはいつも積み木が崩れるような絶望と悲しみに襲われた。

心から信じて全力で面倒を見た社員の裏切りも、今度は私が「知りすぎた」からわかった、
「知りすぎる」事は果たして人生にとっていい事なのかどうなのか、いつまでも考える。

「嫌われたくなくて 嫌われたくなくて・・」
別に社員に対してそこまで気を使わなくてもと思ったが、友人に対してそこまでして
上げなくてもと思った事も何度もある、だが人間は表の顔と裏の顔が必ずある事を学んで
しまった、「知りすぎたのね」この言葉どおりに。

煌びやかなナイトクラブ、サパークラブの時代、社長のお供の田舎者は東京の煌きに
クラクラした、それをなぞるように流れた東京の歌が「知りすぎたのね」だった。

私はもっと灰汁の強い 演歌の方が自分の境遇に合っている、
だが自分で歌うことはずっと無かった「知りすぎたのね」は私には男女の恋の終りとは
受け止められなかった、第一こんなにスマートで都会的で格好いい恋なんかした事は
無いから、

私に取ってのこの歌は私が見た人の本心、本性、期待を裏切られその怒りと
ストレスを笑うように聞こえた、

社長のお供の時代には何も考えずにフロアーを泳ぐように踊る男女の向うで
流れる優雅な都会の歌だったが、

大人になっていった私、社長の会社を引き継いで資金を心配したり、
損益を夜遅くまで考えた時代、私が祈るような気持ちでかけた期待と情けが
裏切られる瞬間にこいつもやっぱりそうなのか・・「知りすぎた」と感じた。

アメリカの映画が好きで良く観るが、NYのギャングの実在の大親分は「Fuck] という
上品とは言えない卑猥な言葉で彼の全ての感情を表現したと知った。

食べ物が美味しいとき「ファック」と一言、手下に「良くやった」と褒める言葉も
「ファック」、怒って出て行けという時も「ファック」と一言、この野郎へまをしやがって
殺すぞも「ファック」、女と寝るとき、イク時には「ファーック」と叫ぶ。

手下が「あの野郎をさらって海の底に沈めましょうか?」と大親分に聞く、
親分は「ファック」と答える、「殺れ」という意味だ。

手下が「明日カナダから荷物が入るが途中で強奪を」と持ちかけると大親分は
「ファック」と答える、もちろん襲って荷を奪え」という命令だ。

嬉しいときも悲しいときも怒ったときも全て「ファック」余計な事はしゃべらない、
誰に言葉尻を取られるかもわからない、彼は人生の殆んどを「ファック」この一言で
済ましたという実に偉大な実在の人物だ。

私もここまで達観できれば、ストレスは無いだろうが、思い悩むのが小人物の証拠だ、

「知りすぎたのね」は美しい歌詞と美しいメロデイで私を笑っているように聞こえる、

私も全てを「ファック」この一言で、いやこの一言しか言わない人間にまで悟りが開けたら
と今更ながら、その大親分を偉い人だと思う。

別にこの親分を尊敬はしないが・・・

久し振りに「知りすぎたのね」のギター演奏のCDを繰り返しかけてみた、三時間も
この曲だけをリピートさせて聴いていた、

「ファック」人生はかくあるべし、

 

三四郎外伝「人生かくれんぼ」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 8月16日(水)00時05分52秒
返信・引用 編集済
  年を取るほど孤独になる、
定年とはまさに孤独の始まりであり、高齢者に類別されたらそれも孤独の始まりである。

若い時に拗ねて、
孤独になりたい、孤独がロマンチックだと石川啄木を気取って無理に一人切りになったり、
田舎で一番高い山に登って青空の雲を見上げたり、馬鹿な少年だった。

だが現在の孤独は望んでなった孤独では無い、今ではいつでもハイハイと元気に出て来てくれる
友人がいないのだ、自分の体の動きが遅すぎて自分のペースでなければ生活できなくなっているのだ。、
そんな孤独は、孤独だなあと思う。

今日は終戦記念日、敗戦記念日だ、
毎年父の背中と肩車を思い出す私は父が復員して父が50代になってから
産まれた子供だった。

当時の戦時下の惨めだった話が盛んにTVに登場するが、時間というものを考えていない、
今の基準から言えば惨めだろうが、当時の日本は世界を知らず比較対象を知らずに結果的
にそうなっただけだ。

今日はインパール作戦の軍部の無茶な作戦と悲痛な兵士の叫びをNHKで特集していた、
牟田口司令官を擁護する気持ちは毛頭・全く無いが、父のいたビルマの陸軍航空戦力は
この作戦発動前に既にボロボロだったと母から父の命日に話を聞いた。

作戦が無茶なのではなく、
英軍に敗れ、補給に敗れたのは、航空兵力と重火器の差があの悲惨な大敗北に
なったと信じている。

英軍のように航空兵力が充実していたら何も徒歩で山を越え、河を渡る必要は無かった。

アメリカとの戦争経験でガダルカナルを経た昭和19年(インパール)当時なら

一に航空支配、二に重戦車と重火器、三に航空機による補給路の確保、結局は航空支配競争に
勝った方が戦争に勝つという原則は既に身を持って学んだはずだ、

日本が破竹の進撃を続けた昭和17年初頭の強さは、零戦、隼という航空支配、制空権の
下を水上部隊や陸上部隊が制空権のある範囲を進撃したのだ、比類なき強さで打ち砕きながら
進撃したのでは無い、航空支配が勝利の絶対条件だった。

だが国力が重火器を許さず、国力が重火器の輸送を許さず、国力が糧食の輸送を許さず、
国力が戦争エリアを航空支配するという原則を許さなかったのなら何を言っても仕方が無い。

70年から80年いや100年前に欧米諸国がどのような兵器を
持っていたか、造ろうとしていたか、

ドイツ駐在武官などはつぶさに知る立場にあったはずだ、米国留学組みが多い
海軍は米国の自動車産業を見ているはずだ、自動車産業はイクオル航空機のエンジン能力だ、
学ぶチャンスは沢山あったと思う、

私如きがコメントする問題では無いが、韓国が80年前の出来事を現在のモラル基準で
叫んでいる幼稚さは大いに笑うべきだ、安倍首相もトランプ並みにツイートすべき時だろう。

慰安婦は売春婦、強制労働は捏造、竹島は日本領土、どんどんツイートすべきだ、
国交断絶も考えているよとツイートすべきだ、だが日本政府は何にも言わない。

国家の恥と先人の恥を見過している、日本の戦争をあれやこれやの批判をするよりも事実を知る
べきだ、、歩兵の携行武器も連合軍の標準に比べて遥かに劣っており戦車も重砲も連合国の
基準から大きく遅れていた、負けたのは必然だけど韓国にあれこれ上から無い事、無い事を
責められるべきでは無い。

朝鮮半島の在留邦人が敗戦と同時にどれほど現地で虐殺されたかどれほどの私有財産が
現地人に略奪されたか双方向で報道すべきだ。

日本が一人平和を叫んでも
隣国が攻撃の意図を持てば無抵抗でも戦争は必ず再来するのが人間の業だと思う。

人生の終盤に入ると、
人から隠れて暮らしたいという思いが強くなる、孤独という言葉では言い表せないほどに、
人嫌いになる、サラリーマンなら定年を境に、自営業なら加齢に従って自然に人生を
ひっそり隠れて過ごしたい、誰とも会いたく無いと思う時が来る。

私はそんな時、一人でギターを弾いて歌う、ギターが弾けるのは私の唯一の慰めだ。

「♪わかるもんかよ やさしさだけじゃ

  生きてゆけない 男のにがさ

  バカな奴だよ 背中をむけて

  ちょいと 人生かくれんぼ

  意地をとおして ひとりぼち」

「♪時がうつれば 世間もかわる

  変わりようない おいらの心

  酒よ今夜は 酔わせてほしい

  ちょいと人生 かくれんぼ

  泣いて笑って 生きてゆく」

この曲は弦哲也氏の作曲でギターにとてもあう、
前奏の部分から自分で自分に酔ってしまう、年はとっても一人でも
自分の世界の夢はまだある、

だが今に指も動かなくなるだろう人生は長寿になったのでは
無く、相変わらず70代から多くの著名人がこの世を去っている。

この頃、夜更かしのくせが出来た、

二時、三時と時計の針を見てあわててベッドに入る、
天井を見る、一人だ、何の音もしない、また起き上がって落語のCDをかけて
いつものように途中まで聞いたら寝込んでしまう、

これも人生かくれんぼの続きだろう、

あれも夢ならこれも夢、

だから人生かくれんぼ、孤独死を心配するよりも自分でかくれる方がずっといい、

「酒よ、今夜は酔わせてほしい・・」わかるなあ。

F君から終戦の日に関連して電話が来た、宮崎地方は連日大雨だと言っていた、
「〇君、どうだ元気でやっているか、君の父上に逢いに靖国には行ってきたか、
 俺の気持ちも一緒に届けてくれ」

「いや今年は行きたくない」

「どうしてだ」

「日本という国が俺達が思っているような国では無いように感じるからだ、
 安保法制に反対のデモにあの文科省の前川が参加していたというニュースを聞いて
 すっかり嫌になった、韓国に対しても何にも行動で示せない現在の日本を
 父に報告なんか出来ないから、今年は靖国には行かないよ」

「そうか、結局俺達二人があの商社で同期で出会って、今日まで俺には君しか友人は
 出来なかった、君も俺しか誰もいないだろう」

「自惚れだな、相変わらず、まあ本当だ、君だけが俺の青春時代の思い出の中にいる」

「カナちゃんはどうしたかな」

「カナちゃん?どうして突然、知らないな、江戸の鉄火のお姉さんだったけど
 どうしてるかな、もうお互いに老けた顔で逢いたくもないだろうよ」

「三四郎さん達は元気なのか」

「ここのところ逢っていないが、あの人たちはみんな元気だよ、俺達のように
 あれこれ考えないからだろうな」

「〇君」

「どうした」

「もう少し元気でいような、二人とも、俺達どっちかが欠けたら両方ダメになって
 後追いするような気がしてならないよ」

「大丈夫だよ、俺は君を東京駅に送って出征兵士を送る歌を大声で歌ったあの日を
 忘れたことなんか一度も無い、今でも君に対してはあの当時の年齢のままでいる」

早紀子が珍しくお洒落をして
「貴方、今日一緒に出かけませんか、お盆のお休みですし、千雪さんにも何か
 送ってあげたいから、一緒に映画でも観ませんか」

「そうだな、老人デートもいいだろう、だけど雨だよ、大丈夫かい君はお洒落の洋服が
 台無しだよ」

「いいのよ、ずぶ濡れでも、いつでも夢をの気持ちはまだ持ってるわ、心は貴方の歌の
 通りですよ、人生かくれんぼって、引き篭もらないでね」

「早紀子、俺なあ、昔良く行った、京都と奈良、観光客ですっかり変わってしまっただろうが
 そこと上高地、どうしてももう一度行ってみたいのだ、俺が退職したら一緒に行ってくれるか」

「貴方の心がいつでもあの時代から離れられないのは良く知っているわ、私もそうよ、
 池上線を聞くとこの年でも大泣きできるわ、歌の中に貴方がいるから」

「ありがとう、一緒に出かけようか、千雪に贈り物をするのを許してくれるか」

「もちろんよ、貴方の心は誰よりも私が知っているわ、私はこの間のxx興産の件で
 貴方が取った行動を見て感激したわ、あなたはいつでも20代の精悍な貴方に戻れる人
 だって、そんな時の貴方の燃えるような眼が好きよ、あなたは20代のままでいいのよ」

「からかうなよ、出かけるか、引き篭もりは止めて」

「♪バカな奴だよ 背中を向けて

  ちょいと人生 かくれんぼ

  意地をとおして ひとりぼち」

8月15日もこうして過ぎた、「父さんごめんな、今年は逢いに行かないから、その代わり
田舎のお墓には秋になったら必ず行く、父さんと母さんに逢いに行くから」










 

三四郎外伝「池上線」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 8月12日(土)21時55分42秒
返信・引用 編集済
  商社に入った頃、
化学品課に配属されて合成樹脂の成型工場という家内工業が
大田区を中心に物凄い数存在していた。

私は不思議にこれらの零細企業の親父さんたちとは上手く付き合えた、
彼らに好かれた、

次の投資を35オンスにしたいのだが18オンスで止めた方がいいか
〇君はどう思う?と真剣に聞かれたりした。

35オンスとは成型機の容量つまり大きさだ、当時は35オンスが最大のもの
であった、メーカーは長野県に集中していた、価格は当然リースと長期ローンだから
大きな機械を入れて大きな金型をつける仕事が来なければ宝の持ち腐れで効率は
極端に悪くなる、

私のような若造がその辺の事情を事細かに知っていた訳もないのに彼等は生き残りに
必死だったのだろう、熱くて夏場なんか工場の中に坐っていられないくらいの環境で
親父さん、奥さん、近所の主婦たち、正規の工員たちが入り混じって汗にまみれて
バリと呼んでいた、樹脂の通り道(フロー)の残骸をもう一度砕いて原料費を浮かせ、
とにかく機械を動かさないとたちまち工場は超高価な機械の支払いで潰れてしまう。

これらの零細成型工場の親父たちは注文主の取次ぎ会社やその関連に現金を手渡して
とにかく注文が欲しいという飢えた状態でやっと均衡を保っていた。

彼等は完成品の納入先の間に私のいた商社に入ってくれないか真剣に頼んできた、
マージンは極端に落ちるが、私のいた商社の手形ならどこの銀行でも枠外で割ってくれる
それが彼等の切実な事情だった。

当時、良く考えてみるとこのような家内工業に合成樹脂を直接売り担保も取らずに
120日の手形を受け取っていた商社の感覚も不思議なものだった、通常は私のいた
商社ではその下に二次店をつけて大手メーカーの商品を間接的に売っていたが、

どういう訳か、ダイレクトにこのような家内工業の工場に品物を入れていた、
彼等は私が集金に行くと下にも置かないような待遇をしてくれた、

一担当者の一番下っ端の私に対してでも非常に彼等は気を使った、
私のいた商社からダイレクトに原料を仕入れていますという言葉は彼らに取っての
信用であり、彼等の信用金庫を信用させる大きな効果があった。

私が当時も今でも良く解らないのは東急電鉄の路線が大井町(大井町線)からも
鎌田駅ー五反田駅(池上線)からも出ていてどれが何線か長いこと解らなかった。

旗の台、洗足、その沿線に軒先をくっつけるように民家の中に彼等の成型工場があった、
覚えているだけでも池上線、大井町線、さらに亀戸から曳船という場所にも多く工場が
あった、まるで地理がわからない私がカナちゃんから「はい、これ領収書ね、頑張ってね」
と言われて集金に出かける毎日だった、

その内の一つが例の市ヶ谷の社長の事務所だった、彼の工場は長野県にあった、ずらりと
最新鋭機を並べてうなりを上げて並んだ機械が高熱を発しながら自動成型を繰り広げて
いた、物産がこの会社に入ってくるきっかけは東レのABS樹脂だったが、私達の商社は
日石、古河、三菱、外資系のものが多かったが、自然と私はこの業界の事を覚えて行った。

社長の工場は独自の製品を自分で設計して問屋におろしていた、どこにも頼らない中間搾取に
遭わない優良企業だった、池上線の零細工場とは訳がちがっていた。

課長は積極的に市ヶ谷の事務所に行きたがった、係長と私を供に連れて通ったが
社長は私の課長が嫌いのようだった、課長の惨めなほどの諂いも社長には通用しなかった。

当時昭和50年代の初めに「池上線」という歌が良く流れていた、
西島三重子という女性が作曲し自ら歌っていた、

「♪踏み切り渡った時だわね

  待っていますと つぶやいたら

  とつぜん抱いてくれたわ

  あとから あとから 涙あふれて

  後姿さえ 見えなかったの

  池上線が走る町に 貴方は二度と来ないのね」

こんな歌が流れていた時代だった、会社でカナちゃんが
良く昼休みに鼻歌を歌っていた、

「好きなの、この歌」

「好きっていうより 女なら誰でも泣くわこの歌、泣いて泣いてしょうがない歌なのよ
 我慢出来ないほど この歌を聴くと涙が 溢れてくるの」

カナちゃんはそう言った。

「そうなの?」私が聞くと、

「何、〇君、貴方はこの歌の意味が解らないの、冷血動物!」と睨まれた、

それからは、

「カナちゃん、今日の集金は池上線だよ」

「うん、池上線に行くの? 〇君が二度とこの会社に返って来ないような
 気がして悲しいわ」

カナちゃんの言葉は的中した、私は同期会で同じ大学の同じ学部の△君と暴力沙汰を
起こしてしまった。

池上線の歌が流れる中で、私と親しかった零細工場の一つが不渡りを出した、
私は課長に怒られながら工場に案内した、課長はまだ一度もこのクラスの客に逢った事は無いのだ、

顔見知りの工員が一人工場に座っていた、
彼はジロッと私と課長を睨むように見て、すっと表に出て行った。

「この成型機は?」課長が聞く、

「機械メーカーの所有物ですよ」

「この家は?」

「銀行の根抵当がついています」

「いくら引っ掛かった」

「毎月の売り上げは少ないのですが、120日ですので月の売り上げの4倍以上です、
 大体、300万円くらいです」

「どうにもならんのか?」

「審査部で与信が500万円出ています、仕事が大手文具メーカーの仕事だったので
 無担保で与信がパスしたと聞いています」

「誰がそう言った?」

「係長です」

「君の意見は?」

「社長が可哀想だと思っています」

「何でだ」

「課長、はっきり言います、この会社の受注額の大半は文具メーカーの担当者と
 その取次ぎ商社の担当者への付け届けで利益は殆んど出ていません」

「それを知っていながら何で納入をストップしなかったのだ」

「課長、それを言ったら、ここら辺一帯の成型工場はみんな同じです、
 賄賂を強制的に要求して下請けを苦しめる発注元の悪い奴らとこの社長の
 どっちが悪人でしょうか」

「生意気な事を言うな、与信が出ているのなら、うちの課の責任にはならんな」

「課長、責任が重要ですか、ここの社長と奥さんと小さなお子さんたちはどこかへ
 逃げているのです、それがどれほど可哀想か考えて下さい」

「君に意見される事は無い、君にもミスがある」

「あります、私はここの社長に好意的でしたから」

「そんな事は言っていないだろう、まあ、あまり深刻に考えるな」

「課長、月に二度も三度も顔を合わせて工場の匂いを嗅いでいたら、あの社長の人柄は
 痛いほど伝わってきます、うちの会社に損害を与えたのは必然です、他の零細工場も
 必ず同じ事になりますよ、発注元の悪い担当者が要求するリベートでこのクラスの工場は
 みんな今に同じ事が起きるような気がします、利益が出て居ないのです」

「〇君、怒るな、もう忘れろ」

その頃、「木綿のハンカチーフ」という池上線と似たような女心を歌った歌が
大ヒットしていた、私はそんな中を無口で池上線に揺られながら毎日決まりきった
仕事を繰り返していた。

会社に帰った、

課長が部長の前でぺこぺこ頭を下げて叱られていた、「君は一度もそこに行った事が
無いのか、そんな事で管理が出来ると思っているのか」部長の声が聞こえた。

カナちゃんが、「ねえ、〇君、何があったの」

「うん、池上線の得意先が一軒つぶれたんだ」

「へえー、そうなの、で、〇君は叱られたの」

「別に、俺のような下っ端を叱ってもしょうがないからだろう」

「池上線ねー、私一度行って見たいのよ、〇君今度連れてってくれる」

「ああ、その内な」

「ね、今週の土曜日駄目かしら」「何が?」

「池上線よ、古い電車と小さな街並みを見たいわ、
 〇君は 私が待ってますと言ったら、抱きしめてくれるかしら?」

「馬鹿、課長に聞こえるよ」

カナちゃんはペロっと舌を出して、「はい、交通費、ここに判子押して」

「22歳の別れ」という曲も良く流れていた、

同期会の親睦の席で△君が私とカナちゃんに絡んで来た、

△君との間に暴力沙汰を起こした、私はメインバンクの頭取の息子の△君を殴った事などで
首同様な左遷を通告された、

カナちゃんが大声で、「〇君じゃないのよ、△君が〇君に絡んだのよ、どうしてどうして
誰も〇君を庇ってあげないの、みんな卑怯者ね、男の人って卑怯だわ、自分の出世だけみたい」

「カナちゃん、もういい、止めな」私が荷物を整理していたら、

カナちゃんがまた立ち上がって、

「みんな同期の人たち聞いて、課長さんも部長さんも聞いてください、
 〇君の暴力は正当防衛です、どうして両成敗じゃないの、そんなのないわ!」

カナちゃんの良く通る声が私達のフロアーに響いた、誰も黙って下を向いて、
何か書いていた、

私がふと見ると、
カナちゃんの眼から涙がぼとぼと机の上に落ちていた、同期の女性がカナちゃんの
肩を抱いて、ハンカチで涙を拭いた。

「課長、部長、お世話になりました、これが辞表です」

上の階からF君が駆け下りてきた、「どうして、どうして君だけが」

「F君、もういい、君、頑張れよ、俺は田舎に帰るから」

F君が一階の出口まで送ってきた、泣いていた、

カナちゃんはとうとうそのまま会えなかった。

「池上線」か、

「あとから あとから 涙あふれて

 後ろ姿さえ 見えなかったわ

 池上線が走る街に あなたは二度と来ないのね・・」

そんな事もあった、青春の門の出口で。

今でも「池上線」を聞くと思い出す。

遠い走馬灯のように。

 

三四郎外伝「裕次郎がいた頃」」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 8月 6日(日)14時47分51秒
返信・引用 編集済
  どんな人でも「青春の門」は一度はくぐるが一度切りしか通れない、戻ることは
許されない、人は青春をはちきれるばかりの若さで異性を意識し青雲の志を語り
矛盾に充ちた時間の狭間を泳ぐように通過して行き二度と帰って来れない、ノーリターンだ。

15歳から18歳だろうか、20歳になり30歳になっても、人は
まだ青春時代という宝石を神から一度だけ与えられた事には殆んど気がつかない。

気がつくのは同窓会という集まりが始まる頃、40代から50代、体はまだ元気で
18歳の時空を心は雲のように飛んで行く。

そして60歳を過ぎ、70歳という墓場への門をくぐる頃に、はっと気がつく、
青春時代の何と輝いていた事か、

あれこそ神が公平に与えてくれた人生の一瞬の宝石だったと気がつく、この頃に人は
体の衰えを知り、狂おしいほど青春の真っ只中高校時代を回顧ししばし呆然とする。

石原裕次郎という大スターがいた、
私は最盛期の人々つまり先輩達よりも少し遅れて裕次郎というスター、
彼が昭和の青春時代を代表していたのだと気がついた。

現実の人生はそんなにロマンチックなものではない、若さ溢れる頃には金が無い、
男は苦労して結婚をし子供を儲けるが、男の人生の苦労はこれでもかこれでもかと
男性を襲い続ける。

妻との確執、子供の反抗、家の中で一人ぼっち、

浅田次郎氏は「人との付き合いはしない事に決めている」とエッセイの中で
書いているが、名声をはくした浅田氏ゆえに言える人生訓であろう。

人との付き合いを絶つ、それでも仕事がらみで彼には講演が舞い込み、連載小説の
忙しさが収入と同時に孤高を保つ事は可能であろ。

一般市民はそうはいかない、
浅田次郎氏の孤独は自ら線引きして決められた自己ルールであって強制や自然に
そうなった訳では無い、だが一般人は好むと好まざるとにかかわらず金銭的な問題で
友人に囲まれてパーテイとか複数の友人を長く維持できる人はごく少数だ。

高校時代の友人たちは多かれ少なかれ金銭的な問題、肉体的な病弱問題で自然と
疎遠になっている、よしんば新しい友人や知己を東京で作れば孤独は解消されるのか。

安倍首相の友人の加計さんのように学生時代から同じクラスの生活レベルにあった友人が
今でもお元気で接触があれば、それは羨ましい事だと思う。

一般の人は、まず年を取り仕事を辞めれば、付き合いの幅は極端に狭くなる、
昔の会社に遊びに行っても迷惑がられるだけだ、「やあやあどうしてる?」は相手が
勘弁してくれと言うだろう。

地域の会合や近所や町内会での付き合いも生活レベルが同等であるという絶対条件がある、
友情に金は要らんだろうという人もいる、それは上辺しか見ていないからだ。

もしも高校時代の悪がき仲間に偶然に東京で再会し、彼も東京に住んでいる事が解ったら、
友情の復活も進むだろう、だが問題は現在その二人の経済的な背景が同じであるかどうか
は大きな問題になるだろう。

向こうが大金持ちでも敷居が高い、逆に向こうが貧者に属する生活をしていたら付き合いは
長続きしない、だから理想は浅田次郎氏の言う「私は付き合いをしない事を生活モットーと
している」これはある意味正しい発言だと思う。

人恋しい、青春が恋しく胸が疼く、久し振りに故郷を訪ねても、
三日もいると自分が異邦人であると嫌でも実感させられる、向うの土俵に入り込むのは無理だ。

私は週に一二回のベースでスポーツジムに通っている、目的は健康維持と筋力維持の為だ、
それ以外には何も目的は無い。

だが一年、二年と同じ時間帯の同じ曜日に行けば自然に言葉を交わす相手が出来てくる、
中には高齢でありながらスポーツウエアーに金を掛け、ジムの同じ時間帯の女性に積極的に
アプローチしている元気ものもいる。

見ていて応援したくなる事は無い、誰でもがある種の嫌悪感を持ってその男女の何も生まれない
会話の様子を見る、男って馬鹿な生き物だと実感する瞬間だ。

私には数名の好意的な笑顔と挨拶をくれる同性の顔見知りがいる、
名前は知らないしこちらも名乗らない、様々な話題でしばし笑いあう事もある。

だがそれ以上の進展は無いし、ましてや女性にのこのこ声をかけるほど私は厚顔無恥では
無い、女性だってそんな場所で知り合い「一線を越える」関係を望んではいないだろう。

完結すると、青春の門をはるか遠くから振り返るのは私の場合には石原裕次郎の当時の
歌だ、一人聞いて、しばし胸を熱くするだけのささやかな自慰行為だ。

「♪海峡の空を 星がひとつ飛んで

  家を出たあの子が はるばる越えた

  汐路の渦に・・

  紅い花が 紅い花が しずむ」

「♪海峡の秋を ひとり渡るかもめ

  涙ぐむあの子の さみしい顔が

  乱れた文字の・・

  残し文に 残し文に だぶる」

携帯が鳴った、

「はい」

「xx興産のxです、先日は」

「こちらこそ お世話になりました」

「ところで〇社長 ひょんな事からお宅の手形が上がって来たんだ
 わしらはそれで何かをしようとは思って無いが 今のところ一枚だが
 心当たりは?額面はxx千万円、期日は一ヶ月先の今日になっている。
 振り出しはお宅で 裏書が二社、聞いた事が無い会社だ。

 一応、あんたには義理もあるし、手形は返しておこうと思うんだが
 こっちに来るついでがあったら寄ってくれないか、うちのKYに逢ってくれればわかる」

「ほう、それ手に入れたのはどこからですか」

「M会の下の街金だ」

「何でお宅に」

「割ってくれって持ちこんで来た」

「M会の街金がお宅に手形を割ってくれって? おかしいですね彼等自分で出来るでしょう」

「さあそれは解らん」

「とにかく連絡して貰ってありがとうございました、あ、そうそう
 裏書の二社の名前は解りますか?」

「それが最初はうちの街金なんだ、俺は知らねえ話だったが、今日チラッと見てな
 〇社長の会社だったので俺が取り上げた」

「Sはどうしました」

「どこへ帰ったかは知らんが、目隠しして二つほど県を越えたはずれの町外れに
 置いて帰ったそうだ、体は元気だよ、この事をしゃべったら・・・とクンロクは
 入れてある」

「そうですか、ところで頭、私もこの会社閉めようと思っています、上には
 許可をもらいに行くつもりです、私ももう疲れましたよ」

「羨ましいぜ、現役辞めてのんびりか、俺もそうなりてえもんだ」

「皮肉ですかね、参考の為にその手形番号を教えてくれませんか」

「おう、ちょっと待ってくれ、・・・TGxxxxKだ」

「うちの番号にはありませんね、偽造です、だが裏書の善意の第三者ってのが
 ややこしいですね、その手形Yさんところの昇さんに預けてくれませんか付き合いある
 のでしょう」

「無い事もねえが、うちの上部団体だから呼びつけるわけにもいかんし、〇社長、
 この手形渡すから自分で昇の兄貴に届けたらどうです」

「じゃ、そのうち」

もうそんな事やってる気力は無い、青春のあの時、あの女と一緒になったら
今頃私はどうしているだろうか、つまらない妄想がまたよぎった。

夜はどこで飯食おうか、孤独も楽だが、こうまで孤独じゃ行くところもなくなってしまう、

「♪海峡の月が 俺の眉にかかる

  生きてくれあの子よ 死ぬなと祈る

  連絡線の・・

  黒い影も 黒い影も ゆれて」

重い腰を上げて駐車場に行く、この頃肉が多い、迷うが結局ステーキになる、
この年寄りがステーキ食って何する気だ。

青春の門の向うの石原裕次郎、

音楽はそうだこんな時には裕次郎だ、俺のクラシックだ、俺のモーツアルトだ。

「♪抱いてやりたい 燃えてもみたい

  それさえ出来ない 恋なのに

  すこし逢えぬと すぐ淋しがる

  君を見てると いとしくて

  今日も云えない さよならが」

「♪こんな切ない 恋になるなら

  君には逢いたく なかったぜ

  風に吹かれる 黒髪までが

  過ぎたおもいで 誘う夜

  俺はいまさら くやむのさ」


「♪君の涙を 見るのがつらい

  だから黙って 別れるが

  花の匂いの 可愛い君を

  忘れるものか いつまでも

  遠く幸せ みているぜ」

裕次郎と白のダスターコート、これこそ青春の門の向うにあった現実の青春だった。






 

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