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三四郎外伝「遠い日の・・」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 6月11日(日)00時01分42秒
返信・引用 編集済
  あれは私がまだ20歳になったばかりの頃だった、
社長も元気で私はアルバイト労働者か学生かわからぬような
生活をしていた。

19歳の時に三四郎さんに命がけの輸血を行なって生死をさまよった、
助かった私はどん底のゴキブリから大勢の人が手を伸ばして引き上げてくれた、

私の仕事は倉庫の重いダンボールの上げ下げと社長の外車の運転だった、
その合間に学生をやっていた、私は川の流れの中に流されて浮き沈みそしてまた浮いた。

社長を新宿の某所に送り届けて車を拭きながら待っていた、
夜は11時過ぎていた、しょぼしょぼ雨が本降りになろうとしていた。

「おい、〇ちゃん、すまねえけどよ、近くなんだけど向かえに行ってくれ」

「はい」

私は立ち上がって車のドアを開けた、その男はYさんの下にいた私はあまり親しくない
人だったが、頼まれたら仕方なかった、「社長に連絡していいですか」「俺達の方で
さっき連絡して〇ちゃんを借りるとことわってあるから」
「そうですか、誰を迎えに行くのですか」

「俺が一緒に行く、車出してくれ」

雨でタクシーが込む中を大型の外車をすり抜けるのは大変だった、
「その先の信号を左に曲がってまっつぐ行ってくれ、すまねえな」
「はい」

車を30分くらい走らせて本降りの雨の中であるスナックの前で停まった。

「〇ちゃん、ちょいと時間がかかるかも、一緒に来てくれ」
「私などが、ここで待ちますよ」

「いいから来な」

私は男の後をついて紫色の看板の灯が見えるスナックに入った、
店の中には昇さんがカウンターにいた、隣に見た事が無い男がいた。

昇さんが「おう、〇ちゃん、すまねえな、まあ坐れ」
「いえ、私はここで大丈夫です」

昇さんの隣にグレーの背広にノーネクタイの男がいた。
一緒に来た男は昇さんとその背広の男に頭を下げて「失礼します」と礼をした。

その男が私の方を振り向いた、「そうだ、この男、一度ケンさんと一緒のところを見た」
私は思い出した。

誰を車に乗せるのかと私が躊躇っていると、

昇さんが「兄弟、車が来た、先に行ってくれ」とボツンと言った。
男は昇さんと迎えの男に頭を下げて、私にもニコッと笑いかけた薄いサングラスの奥の
眼は鋭いが悪い人では無いと直感した。

車の後部ドアを開けて男を乗せた、「どちらまで行かれますか」
「本部まで頼めるか、すまねえな」男はボツンと言ってタバコを吸い始めた、

車のバックミラーで私と男の眼があった。

「あんた、Yさんところの若いものか」
「いいえ、私は学生です、アルバイトで社長の使い走りをしています」
「社長てえのは?」

「xxさんです」

男はそれきり黙った、

次にその男に会ったのは半年ほど経ってからだった、
私が千雪と食事の後で映画を観て駅に向って歩いていく途中で

あの男が角のバーのドアを開けて出てきた、

「おう、あんたか、こないだはすまなかったな、あんた、理事長の・・」

「いいえ、違いますよ、三四郎さんが勝手にそんな事を仰っているだけです」

「聞いたよ、ちょっと付き合ってくれ」「これから彼女を送って帰る途中ですので」
「まあいいじゃねえか、姉ちゃんも一緒にちょっと坐ってくれ」
有無を言わせぬ男の迫力があった。

「でも・・」

「恥かかすものじゃないぜ」

「では・・少しだけ、千雪いいか?」
「・・」

私達は男が出てきたバーにまた連れて行かれた。

奥のボックス席で男は高給なウイスキーとブランデーをテーブルに運ばせ、
店のママさんらしい女性が横に坐った。

「あんた、セイガクか、そうは見えネけど、まあいいや」
「本当ですよ、私は何も知らない田舎者です」

「そうかい田舎はいいよな・・、姉ちゃんも同じものでいいか」

ママが頷いて私たちに飲んだ事もない高給な酒が出された、千雪は最後まで固くなって
グラスには手をつけなかった。

私はこの男の正体は知らないが、Yさん達との関係があり、このママの恋人だと
直感した。

ママは影のある、どこか淋しそうな横顔の女だった、

「あんた、昇の兄弟とは親しいのか」
「いいえ、昇さんが良く社長のところに来られるので顔見知りで可愛がっていただいて」

「あんた理事長のつながりだろう」
「違いますって」

それから又縁があって、この男に食事と酒を振舞われた事があった、

男は名は名乗らなかった、最後まで。

「♪雨の夜来て ひとり来て

  わたしを相手に 呑んだ人

  私の肩を そっと抱き

  苦労したねと 言った人

  ああ あなた 遠い遠い日の

  わたしの あなたでした」

「♪俺の命は 君にやる

  わたしに嘘を ついた人

  死ぬほど好きと 言いながら

  いつか遠くへ 消えた人

  ああ あなた 遠い遠い日の

  わたしの あなたでした」

何回かこの歌を男と一緒のバーで聴いた、

それからある小競り合いから北関東にかけての抗争が起こり、
新聞でもその様子を読んだ、

男の消息はそれを境に消えた、

私は意を決してあのバーを訪ねてみた、バーは閉店いたしましたという張り紙が
風に揺れてシャッターが下りていた。

昇さんに会ったときにそれとなく男の事を聞いてみた、
「良く知らねえんだ、悪いな〇ちゃん」昇さんはそれ以上の事は何も言ってくれなかった。

「♪俺の命は 君にやる

  わたしに嘘を ついた人

  死ぬほど好きと 言いながら

  いつか 遠くへ 消えた人・・・」

いつか私もその男の事は忘れていった、あのバーのあった場所は何かの店に
なっていた、私は後に会う池袋の男に共通した寂寥感をあの男に感じていた。

男はあの時30くらいだっただろうか、身奇麗でぐっと押すような迫力があった。、

私が惚れた男はみんな似ていた、寡黙で二人きりの時は、自分の兄のように優しい人だった。
後にYさんがボツンと私に言った「あいつか? 男になったんだ、もう忘れろいいか」

沢山の男が私の側を通り過ぎて行った、私は彼等を見ながら少しづつ大人への階段を上がっていった、
幸も不幸も運が9割、そして1割の努力、私は世間の常識とは異なった人生観を持つようになった。

父親に早く死なれて父性愛に飢えていた私は取り分け目の前に現れる男達に敏感だった、
諦めも別れも運命のほんの片隅に触れただけ。

川は流れた、

夢は錆び付いたまま橋のたもとに淀んでいた、
それをぼんやり眺めるだけで私の人生も病葉を浮かべて今日も流れた、

私の耳の中にはずっと「川は流れる」という仲宗根美樹さんの歌声があった、運命と運否天賦と
忘れることがいつか身について行った。







 

三四郎外伝「風速四十米」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 5月25日(木)14時01分50秒
返信・引用 編集済
  命に限りがある、人は必ず死ぬんだとずっと前から
解っていても人間というのは往生際の悪いものだ、この私のように。

65歳で高齢者の仲間入りをし70代を前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と
区分けされている。

みんな人生をまっしぐらに走ってきた男達がふと気がつくのはきっと免許証の更新の
時だろう、65歳はまだ走ってきた若い気持ちをひきずったままで気がつかない。

70歳になると免許証は単なる更新では無くて近くの自動車教習所で目の反応検査と
実技運転の試験がある、だがこの辺までは何の問題も無く簡単に形だけで通過させて
くれるそうだ。

問題は後期高齢者に属する75歳以上の人たちだ、
まず切り替え時期に警察から案内が来る、だがその検査条件項目が大変らしい、

まず「認知症検査」を予約して自動車教習所で行なわなければならない、
次に再度最初の前期高齢者が受けた目の視野ととっさの反応試験があり最後に実技試験。

こんな段階だけど、その人たちに聞いて見ると、異口同音に
「自分も年を取ったのだと嫌でも実感させられる、社会から引退せよと責められるようだ」

こう感じるそうだ。

いくら長生きになったとはいえ、男性には幾つかの関門がある、
まず70代の後半、77,78歳、ここらで人生を終える人が多い、

次は80代の84歳、という統計的な関門がある、男性の一生は免許証が3年に
なったらほぼ棺おけに両脚入れて立っている状態だと考えて間違いない。

裕次郎の歌に「我が人生に悔い無し」という歌がある。

だが人間そうそう悟れるものでは無い、人生に悔いなしと言い切れる人がどれほど
いるだろうか、人はみな遣り残した事、やり直したい事、遠く故郷の五月の青葉を見るように
自分の若き日々を思うのだろう、無為に過ごした時代へのやりきれない思いはみんな持っている。

老後の事なんか考えるな、金なんか持っては死ねない、
終活なんかするな、こんな事を言う人もいる、私も同感の部分はある。

だが免許証ではっきりと「あんたはもう長くは無いんだよ」と知らされた時には
みんなはショックを受けないのだろうか、70代後半と80代前半の関門を越えられる
人は幸せなのか、残した妻子を気遣いながら早々に旅支度をさせられる働き蜂たちの
心中はいかに、ふとそんな事を考えた。

F君と呑んだ帰り道、私の携帯が鳴った、
相談役の奥様からだった、「主人がたった今息を引き取りました」という嗚咽だった。

「F君、とうとう相談役が逝かれた、苦労をかけた奥様を残してきっと心のこりだったろう、
 もう一度会社に帰ってくると私に何回か言われたよ、悔しいなあ、なあF君」

「やっぱり駄目だったか、これからどうする」

「今日はお通夜だろう、こんな酒臭い息を吐きながらじゃ親類の方々にも申し訳が無い
 明日がきっと葬式だろう、どこでやられるのか今から聞いてみる」

とうとう一人きりに残された、会社は誰がどうするが一番いいのか、心は乱れた。

逆風が強く感じられた。

おそらくDさんや物腰の柔かいHさん等は参列を希望されればそう計らいたいが、
一応知らせて置いた方がいいだろう。、

逆風だ、人が死ぬなんて逆風に決まっている、「くそっ」、私は拳を握り締めた。

帰り道に私は酔いに任せて不謹慎だが歌をうたった。

「♪風が吹く吹く やけに吹きゃがると

  風に向って 進みたくなるのさ

  俺は行くぜ 胸がなってる

  みんな飛んじゃエ 飛んじゃエ

  俺は負けないぜ・・」

「♪風が吹く吹く やけに吹きゃがると

  街に飛び出し 歌いたくなるのさ

  俺は歌う 俺がうなると

  風もうなるヨ 歌うヨ

  俺に負けずにヨ」

「♪風が吹く吹く やけに吹きゃがると

  風と一緒に飛んでゆきたいのサ

  俺は雲さ 地獄の果てへ

  ぶっちぎれてく ちぎれてく

  それがさだめだヨ」

「負けるもんか という気持ちの時にな、若い頃良く歌ったよ」

「金はどうする」

「そうだな、明日の葬儀に香典として100万くらい包みたいが
 この頃は香典泥棒も多いし、Hさんもそのくらい持ってくるかも知れないので
 香典は1/10 くらいにして後は奥さんに手渡しの方が」

「それで、残りは、俺はバックにいれて君の家に置いてあるが
 それはどうする」

「奥さんの名義で口座を作っても贈与になる可能性が高いし、明日奥さんと
 息子を混ぜて相談しようよ」

「風が吹くなあ、F君、君体には気をつけろよ、塩辛いものあんまり食うなよ」

「うん、なんだか淋しいなあ、俺と君もいつかはどっちかが先に逝くんだろうな」

「こんな事、ちょっと前まで考えなかったけど、人は必ず死ぬんだ、
 どうしようも無いよ」

家に帰って、早紀子にも話をし、DさんとHさんにも携帯で伝えた、
S営業部長にはF君が、その他の会社の主だったスタッフにもF君が、
取引先、銀行、親しいところにも担当者に直接真夜中に携帯で伝えた。

「♪風が吹く吹く やけに吹きゃがると・・」

私はベッドの上に背広のままでどさっと横になった、目じりの端から糸を引くように
涙が顔を伝って落ちた。

若い時に母からの手紙を読んだ時に薄い煎餅布団の中でやはり同じように目じりの端から
涙が伝わって落ちた、翌朝には白く涙の跡が残っていた、

「くそっ!」私は壁にパンチをぶち込んだ、もう柔になっている右手の甲の指が切れて
だらしなくも血が流れた、

「相談役、お世話になりました、私もおっつけ参ります、元気なお姿で私を迎えて
 下さる事を祈っております」心の中で二度三度と呟いて、

酔いもあって背広を着たままで
眠りに落ちた、早紀子はそんな私に後で薄い毛布をかけてくれたようだった。



 
 

三四郎外伝「別れの入場券」」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 5月21日(日)23時17分43秒
返信・引用
  好きな人とのお別れも

せめてこの曲くらいリズミカルなら立ち直りも出来るのに、
妙に湿っぽくなるこの頃のお別れ。

昭和という時代の輝きを再び味わう事が出来るなら、私は何も要らない
欲しく無い、・・何にも持っていないけど。

最近の殺伐たる人間関係はどうした事だろう、
すぐ切れる、逆切れをする、男も女も頭にくるとすぐ殺す。

昭和の時代にはそこら中で喧嘩や斬りあいがあった、
駅のホームで転げまわって取っ組み合いをしている姿はもう慣れっこだった、
誰も特に気にも留めない、駅員も知らん顔、犬の噛み合い程度の日常の喧嘩だった。

だが現代の喧嘩は尾を引く、
湿っぽく陰湿に尾を引く、付けねらいずっとずっと相手を狙う、
職業的な殺し屋でもあるまいに、ちょっとした事が恨みを買い、
結末は殺された方も殺した方も人生そこで投げ捨てる。

きっかけは、眼があった、
肩が触れた、睨まれた、挨拶を無視された、些細なきっかけでストーカーが
生まれる、女に片思いして付けねらい、何の罪も無い若い女性を惨殺する。

反対もある、
男は刃物、女は毒薬を駆使し、小さな小さなきっかけで人を殺す、

私は若い頃、
職業的な人達同士の凄まじい斬りあいを何度も側で目撃した、
だけど、陰湿ではなかった、

「ちょいと待ってろ」

と言われて上着を預かり路地の入り口に佇んだ、奥では火花の散るドスの
やり取りだった。

私自身はそんな経験は無い、だが私の側では何度も映画とは比べ物に
ならないまさに体が硬直するような男同士の咆哮をマジかに見た。

「行ってくる、〇、達者で暮らせよ」

そのまま黒い影のような男の後姿について行った、怒声と光るものが暗闇に見えた、
私は心配でじわじわ近づいた、確かに見た、血が吹き飛ぶのを、
だけど陰湿では無かった、個人的な恨みじゃない喧嘩勝負だったからそう見えたのか。

私には友人は少ない、
日本人ではF君と三四郎さんに繫がる人達だけだった、

アジアでは香港、シンガポールに「俺の眼を見ろ何にも言うな」で通じ合う
友達が出来た。アメリカでも同じような友人が出来た、みんな今に続いている。

世の中は進んだのかどうなのか私にはわからない、
運否天賦平穏でもいつ倒れるかはわからない、昔は良かったという言葉には
いろいろあるだろう、私には昭和の時代のど真ん中が幸せだった。

F君が上京してきた、羽田に車で迎えに行った。
「やあ」「おう」まるで小津映画のような切れ切れの会話で十分心は通じる。

「どうだ」「うん、ここ何日だろうな」「そうか、君はどうなんだ」
「俺か、あの世が近くなって来た、わかるのはそれだけだ」

「もう一働きしたいな」「俺もそう思う、だけど無理だよ、もう目の前に壁がある」
「そうだな」「うん」

「奥さんとは上手く行っているか」「もう空気のようなもんだ」

「今回悪かったな、君に金を出させて」「いいさ、どうせ、相談役や君が生んでくれたものだ」

「いや悪かった」「もう言うな、先に靖国に寄ってくれないか」

20代の頃からの私達二人の習慣だった、靖国にそれぞれの思いを抱いて頭を垂れる、
なぜか帰り道は清々しい。

「俺達も、相談役とも家族とももうすぐみんなお別れだな」

「仕方無いさ、毎日のように死を考えるよ、それでいいんだ」

「君を東京駅に送ったあの時は2人とも若かったな、夜汽車っていいもんだな」
「今は飛行機になったが、夜汽車の別れの方がずっといいな、涙を拭く時間もくれるしな」

「あの時は入場券を買って君をホームに送った、今は入場券なんかもう無いけど」
「あの頃の切符も入場券も、夜汽車の泣くような汽笛も良かった」

「♪ひと目逢いたい それだけで

  息をはずませ 転げて来たに

  あの人を乗せた夜汽車は

  いま出たところ

  泣きの涙で 入場券を

  握りしめても ああ遅い遅い

  もう 遅い」

「♪憎い冷たい 女だと

  きっと私を 恨んでいよう

  お別れに せめてはっきり

  ほんとの気持ち

  言ってさよなら したかったのに

  それも今では ああ 遅い遅い

  もう 遅い」

「♪闇にすわれて 消えてゆく

  テール・ランプが 目蓋に沁みる

  許してね くずれ折れそな

  身体を支え

  ひとりしょんぼり ホームの隅で

  背伸びしたとて ああ 遅い遅い

  もう 遅い」

「知ってるか、こんな歌」

「始めて聞いたよ、君は歌が好きだなあ」

「あの時の俺の気持ちだよ」

「よせよ、気持ち悪い、これ女の歌だろう」

「昭和の時代はな、男は男で女は女だった、だけど男と女は共通の仁義のような
 そんな通じ合うものがあったんだよ」

「いろんな事があったな」

「よーし、家についた、荷物を放り込んで、 シャワーでも浴びろ、
 今夜は呑もう」

「うん、呑まずにいられるか、呑もう」

「♪泣きの涙で 入場券を

  握り締めても ああ 遅い遅い

  もう 遅い」

私の心には今でも入場券と夜汽車のテール・ランプがはっきり見える、

もう 遅い・・・


 

三四郎外伝「ノラ」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 5月13日(土)22時55分17秒
返信・引用 編集済
  背の低い肝っ玉の小さな大嘘つきがいた。

私は人に騙されることは無いと思って生きて来た、理由は危険を察知する
本能的なアラートが自分には備わっていると信じていたし事実その第六勘は
確実に的を捉えていた。

だが結果的に私はその背の低い仏像のような顔をした男に騙されて
まとまった大金を失った。

真相は闇の中だが、
人の欲に付込むという基本的な詐欺形態は同じだった、私にも経営上の欲があった
間違いなく会社を安全に社員をハッピーにしてやりたい、自分も会社と言う傘の中で
好きなクラスのクレジットカードを手に入れる事が出来たし、銀行でも車の会社でも
秘書の電話一本で即座に最上級のカードが届き、銀行はあらゆる便宜を計ってくれた。

あるとき、そう三年くらい前から会社の利益が(P&L)の数字が妙な動きをし始めた、
私は気がついていた、利益率が減っているのだと。

さらに売り上げも急カーブで減ってきた、客先は全て健全で何もビジネス環境に変化はない、
それなのに、三年前、そして昨年のP&Lの数字が低くなってきた。

売り上げと利益の両方がどこかに洩れている、
私は必死に数字と仕入先と売り先の状態を調べた、何も異常は無かった。

そこに営業の中心人物に上がってきた50くらいの背丈が150cmくらいの男が
殆どの営業関係を掌握し一人で何か短い腕でこちょこちょ夜10時過ぎまでやっている
姿を何度も目撃した。

「ご苦労さん」私は声をかけた、150cmの男は売り上げの下がった理由に
思いもかけないポイントを私に提示した、それは不要になった海外オフイスの閉鎖が
客先の不信感を招いて古い顧客がわが社から離れ始めたという話が一つ。

利益率が低い理由は150cmに言わせれば、メーカーが値上げをした為に当社の利幅が
低くなった、それがP&Lの悪化の主原因ですという彼の論法は堂々としていた。

小さな体からかなりの大きな声を発する、人をなるほどと思わせる説得力がある、

だが不要になった某海外支店の赤字続きを閉鎖した事で客が当社を信用しなくなった
というストーリーに私は疑問を持った、

関連付けが出来ないほどの売り上げのダウンと平均利益率の急速なダウン、
このままで行くと、会社を縮小か閉鎖まで考えざるを得ないと感じて、

その150cmの男と長い時間話をした、
一つ妙だと思ったのは、30分前に言った話が30分後には変ること、巧妙だったけど
私は何かの人為的な嘘を感じた。

二年間で合計1億の金はどこへ消えたのか、150cmの生活ぶりは質素で金とは
全く縁の無い人生運とは隔絶した人物と理解したが、裏の顔までは解らない。

とにかく嘘が多い、それも小さな嘘がくるくると連続して繰り出される、
1時間も話していると、初めの話とは関係の無い別の話の別の原因が掲げられ、
それを克服する為にには更なる投資が避けられないという経済学者顔負けの嘘の連続
一人舞台を繰り広げた。

その赤字会社は我々の下部にある子会社でありそこが本部の利益を侵食していると
感じた、私はこの150cmとあわせて子会社ごと葬り去る用意と根回しを周辺から
行った。

時期も綿密に考えた、この150cmが奈落に落ちる仕掛けを用意し、
仕入先の主なところとは密かに根回しをした、

その前にこの150cmに対してこいつが絶対に気がつかないだろう
だが法的には完璧な仕掛けを150cmの周辺に張り巡らして同意の書名と印を押させた。

私はこの150cmが自分のトンネル会社を社内につくり利益を抜いていると見抜いた、
売り上げは故意に落として利益はポケットに、その後で自分が会社建て直しの主役に
なるべく会社乗っ取りのステップを積み上げているのを察知した。

訴える事も可能だ、業務上横領と背任だ、
だが私はある日突然、子会社の倒産という荒療治を行った、もちろん彼の発行した
支払手形五枚をブロックして不渡りにした。

否応なしに150cmの居場所には整理屋が乗り込み脅されてたたき出された、営業停止だから
メーカーからはものは入ってこない、売りは子会社をスキップして親会社から直接入れる、その子会社は
入りと出の両方を塞がれて、倒産はさせないが、意味の無い抜け殻になった。

そこに150cmの支払手形が町金に回るように絵を描いた、ある日、ドンと破裂した。

150cmは必死に抵抗した、

それこそ唐傘一本背負わせてたたき出した、小さな150cmの策士がびっこを引きながら
大きなぼろカバンを提げて駅に向かうのを見た、これでいい。

一つ一つ周辺からゴミをDeleteしなければスクリューにゴミが絡みつき何時の日か自分も
渦に引きずり込まれる。

老後破産などは考えないことにしている、
いまあるだけの金を思い切り使い切って、これも周辺からDeleteするつもりだ。

好きな時計も買うがいい、お洒落なブレスレットを腕につけるもよし、
食べ物は多くは食わない、だからデパート食品売り場の最高級品を買って帰る、

カードも使う、預金がゼロになった時点であの世への一直線だ、
日本のような後進性の国家の税制では税金を支払って貯めた金を誰かに譲渡すると
譲渡税が生まれる、死ねば相続税が待っている。

海外先進国では最初の収入源に所得税、地方税を祓えば、その金は完全に個人の
クリーンな金だ、それを息子にやろうと女房にやろうと恋人にやろうと税金問題は
原資に問題がなければ何も起こらない。

死んでも最初に税金を支払って貯めた金には何の税金もかかってこない、
最初の所得税と地方税はその国の医療の充実と軍隊を保有しているかどうかで大きく変る、

日本のように軍隊の無い国でこれほどの税金を支払う国は世界に無い、
最高に国家の財源を消費するのは軍と医療費だから。

高齢少子化問題がことさら大きく宣伝され危機感を煽っている、
同じ事じゃないのか、少子化の若年層もいつかは高齢者になる、それは高齢層が
小さくなる事と同じだ、一時の我慢も出来ずに無闇にいま働く若者から税金を
取り立てる浪費国家日本は今にそれで潰れるし、外国の富裕層も決して日本に永住など
しないだろう、

マネーロンダリングが煩く言われる、当たり前だ、先日の九州の事件でも
出所不明の金が外国にわたり、一旦現地通貨に変換されてもう一度日本円に直されれば
綺麗に洗濯がすんでしまう、これがマネーロンダリングだ。

犯罪の金をストップするのは重要だ、国外に現金で出て行く巨額な金には胡散臭い
ものが付きまとう、だが国外から日本にはいる金にまで四角四面に規制規制の掛け声で
国内に持ち込める現金などは100万円に制限されている。

100万円とはUSD1万ドルに過ぎない、これを規制する日本と言う国の住みやすさは
いかがなものだろうか、良く言われる「Japanese Dream]は存在しようが無い。

トランプの塀よりも高い規制の中で若い人がアップルの創業のような大企業を立ち上げたら
高額な税金と規制で潰されてしまうだろう。

日本のタクシーは高い、だけどタクシー会社も運転手も誰も儲からない仕組みになっている、
利用客が支払う料金の大半は税金と規制という国家の吸引機で吸い上げられて体を酷使して
働く運転手さんの収入が上がる隙間が無い。

タクシー用の車は三ヶ月点検、毎年車検、さらにさらに規制規制でこれほど性能の良い
日本の車を不要な点検、車検などで巨大なタクシーの収入が全て天下りや役人の
ノーパンしゃぶしゃぶに消えていく。

高速道路も日本だけが有料だ、
先進国家の広い綺麗な高速道路も全部無料が当たり前だ、一昔前まではもぎり叔父さんと
呼ばれるお化け屋敷の入場整理のようなおっさんがぼうっと立っている、

その給料も全部基本は利用客が持ち、タクシー会社を飛び越してノーパンしゃぶしゃぶに
流れ、役人は鉢巻をして踊り狂う、不可解な国家だ。

トランプ大統領が日本の防衛費の増額を要求して久しい、米軍の規模を縮小する為だ、
だが日本の防衛費は先進、後進国を含めて世界一低い、これでは人件費で終りだ。

韓国が原子力潜水艦を持とうとしている、もちろん製造する技術は無いからフランスなど
から買うのだろうが、危険極まり無い、日本はF-3に手がかかっているがまだ20年の月日と
大反対が起こるだろう巨額な費用が必要だ、

巡航ミサイルもまだまだアメリカのものをそっくり買ってGPS,地理情報、衛星利用、全部
アメリカのものを利用してもまだ配備に五年以上かかるという不思議の国、
ノーパンしゃぶしゃぶの国家日本だ。

このような話をF君と長電話で話すことくらいしか鬱憤の晴らしようが無い、
国を憂う人は多いだろうが、息切れするのじゃないか、一向に進まない自衛隊の戦力、

憲法改正を安倍さんが必死になっている、例によって自民党の中から批判めいた口が
聞こえてくる、石破などがその典型だ、

人の事を影からブツブツ批判する名人だ、自分の防衛論議と憲法論議に彼が論戦を
張ったのを聞いたことは無い、これだから日本は駄目なんだ、なあF君、

「そうだな、俺なんかあの神宮の学徒動員のフイルムの方がずっと同感するし感動する、
 適わぬまでもあの意気込みを示せた戦前の日本は批判などできはしない、現在の日本は
 敗れて目覚めるはずの先人の遺訓などどこかに吹き飛んだノーパン国家だよ」

「俺と同じだな、海外に行くたびに日本の遅れが目に付く、制度上のものが主だけどな」

「大日本帝国のほうが、現日本国よりもしっかり芯があったという事になるな、
 負け戦は辛いけど、この祖国の為に突撃するんだという魂はもう日本には生まれない
 だろうな」

「相談役はどうなんだ」

「まだ息がある、延命の技術だろう、本人の意志を確かめることが出来たら
 それに従うことも仁術だと思うよ」

「奥さんはまだお若いのか」

「いいや、俺達より少し下か、下手したら同じくらいかも知れない」

「あのグレ息子はどうした?」

「人を頼んで引きずり出した、拉致監禁誘拐になるかもしれないが、一人の親父が
 苦しんで息を引き取ろうとするときに御託を並べて女といちゃついていた、
 余程暴力をと思ったが、年甲斐も無いので言葉は丁寧に行動は強引に首根っこを
 掴まえて病室に連れ込んだ」

「どうした」

「やっぱり突っ張っていても人の子さ、最後は親父にすがって泣いていた、
 俺にすみませんでしたと頭も下げた、それでいいんだ」

「そうだな、親は親だ、本当は国は国として尊重すべきだが、役人が日本を駄目にしている、
 それと反日通名日本人の暗躍を法的に規制できないのだろうか、規制大国日本が」

「F君、俺達、昭和の10年くらいに生まれたほうが今のこんな日本を見ないだけ
 幸せだったかも知れないな、南洋で砂を噛んで飢餓と病に苦しんで死んでいった
 あの時代の若い日本人は辛かっただろう、だが祖国を守るという柱があった、
 今の俺達にこんなノーパンしゃぶしゃぶの役人だらけの規制日本の為に命を
 賭けられるか、俺は乗らないな、まあ年も年だけどな」

「〇君、君は引退するって言ってたな、何をするんだ引退して」

「俺な、穂高なんかに登って澄んだ空を見てみたいんだ、空に座れし老人の心だよ」

「俺も連れてってくれ」

「ああ、戦友だからな、山の上で軍歌と山の歌を歌おうか」

「君、体は元気か」

「地雷の上に座っている心地だよ、そうは長くないだろう、苦しまずに死にたいな」

「あの世はあるか」

「物理的には無い、だけど精神的にはある、俺は三途の川を手を引いて渡ってやらなきゃ
 いけないある女がいるんだ、その時は、頭を撃ちぬいてさっと行きたいな」

「羨ましいぜ」

「♪やめて 下手な嘘

  抱いて 今はただ

  雨に濡れたノラ 帰りついた あんた

  いい女なら 割り切ってあげるわ

  誰となく 惚れてないと

  駄目な、 駄目な ひとなの

  好きよ 好きよ 好き

  愛はひとり芝居」

「♪だって二つ上 あたし 損な年

  どうせ 明日もノラ 街で悪さするの

  泣き落としには もう懲りていたのに

  しおらしい 顔を見れば

  ばかね ばかね からだが

  好きよ 好きよ 好き

  愛はひとり芝居」

「何だ〇君、電話で歌を、でも上手いな節も抑揚がきいてさ」

「褒めるのは戦友の君だけだよ」

「いや本当に君が車の中で鼻歌を歌っているのをよく聞いたけど、
 作曲家の弾き語りクラスだよ」

「よせよ、もうすぐ声も出なくなるさ、年には勝てない、加齢は体を崩していくんだ、
 聞こえるか、ガラガラ体が崩れる音が」

「冗談はよせ」

「ノラ、
 だって二つ上 あたし 損な年・・わかるかこの女の心」

「もう俺らの年齢じゃ65も70も80も同じ事だよ、いつでもぽっくりの覚悟だけは
 しておけよ、君の葬式に出るのは辛いから」

「〇君、君は昔は恋と女ばっかり語った、でも今は国家に対する不満と言うか
 檄というか、ストレスためんなよ」

「うん」

「誰だよ、君が手を引いて三途の川を渡らんといかんという女性は」

「それはいいよ、聞くなよ」

「自殺じゃ早紀子に保険は下りないかな」

「おいおい、冗談だよな、冗談だよな」

「そうさ、冗談だよ、心配するな、ところで何時頃上京してくるんだ、
 花の東京へ、マイペースのように最終電車に飛び乗って」

「今週でも行くよ」

「じゃ、俺んとこに泊まれ」

「奥さんはいいのか」

「かまいやしないよ、もう俺もここ何年だ、好きなようにさせてくれるよ」

「ノラって、誰だ」「しつこいな、歌だよ、ただの歌」


 

三四郎外伝「青春よ友よ」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 5月 6日(土)21時41分33秒
返信・引用 編集済
  相談役の病状は一進一退で次第に意識も混濁してきたように思えた、
私が顔を出してもしばらくじっと見つめてから「おお、〇君か」と
時間差が出てきた。

その度に奥様に泣かれるので辛い、
慰めの言葉も上滑りする、

今日もまた夕方までこの病室にいて相談役が眠りについたのを見届けて
奥様に一礼してすっかり暗くなった病院を出た。

F君に携帯で電話を入れた、

「どうなんだ具合は」

「それがなあ、確かに大分意識が薄くなられたような感じはするが、
 なんとも言えないんだ、奥さんは毎日辛いだろう、病室の費用も大概じゃないだろう」

「お金はどのくらい用意すればいいのかな」

「どのくらいって君が出来る範囲で誠意を示すしか無いだろう」

「〇君はどのくらいを考えているんだ」

「俺一人だったらかなり無理をしなきゃ足りないと思うが、君が助けてくれるなら
 一人、1500万くらいを考えているが、君はどう思う?」

「1500万は田舎じゃ大金だ、だけど君の言うとおりにあの会社はあの人の
 助けがあったからこそ大きく伸びたのだ、1500万ずつ合計3千万円しか
 出来ないよ、それで助けになるのか」

「それはなるだろう、じゃ一応金は用意しておいてくれ、君が上京する時に
 持ってきてくれればいい」

私は地下鉄に乗った、
横浜駅までの短い区間だったが、猛烈に込んでいた。

押されて押し戻されて宙に浮くような込み具体だった、退社の時間なのだろう、
私は後ろのほうの車両の奥のドア付近に張り付くように踏ん張っていた。

私のすぐ横前には40代くらいの勤め人か何かわからないが、
背中にリュックサックを背負ってそれが亀の甲羅のように邪魔になる、

私は邪魔だからその背中のバックをぐいぐい押し戻した、男はちらちらっと私を見て
睨むような目つきでまたスマホを弄っていた、

出口のドア付近は特に込んで、
頭ばっかり見える風景、その亀甲羅の男の横と前には背の高い背広姿のめがねの
男性が二人、そして種々雑多の人々がひしめいて、四人くらい向うに黒の上下の
スーツにパンツ姿の女性が、これも必死でつり革にぶら下がりながらスマホを見ていた、

降りる駅に来たので、どっと動く人の波に乗るように私は出口に向った、
私のすぐ前にあの亀の甲羅のようなリュックサックを背負った男性が人の中に
浮かぶように出口に流れていた、

その向こう側からは同じように大勢の人々が流れて出口に向っていた、
ふとさっき見た黒のスーツの女性が不機嫌な顔で人の流れに逆らうように
出口に押し出されてきた、

突然、その女性が私の前の亀の甲羅を背負ったような男性の手を握って
「この人、痴漢です」と甲高い声を出した、

人々の群れがそこで凍りついた、
駅員が飛んできた、私は乗りかえのJRに向おうとしていたが、
なにやら女性が指差すのはあの亀の甲羅の男性のようだった。

男性は必死に、誤解です、僕はこの人に触ってはいません、と叫んでいた、

周りは人垣が出来、駅員が男性に「ここでは人の通行の邪魔になりますので事務所に
ご同行願いませんか、貴女もご一緒に」と女性に言った。

階段を上りかけた私は引き返した、
「駅員さん、ちょっと待った、この男性は私のすぐ前、女性の位置とは逆の奥のドア
付近にいました、降りるときは押し出されて私のすぐ前を右側に押されてでました、
あの女性は左側に流れたと思います、車内でもホームでもこの男性がそんな事をするチャンスは
ありません、私が証人になります」

亀の甲羅の男性は「助かった」というような顔で私を見た、

私は別にこの亀を助けたのでは無い、

弱い立場の女性を大切にしなければならないというのは先進国共通の認識である、
それに異存は無いが、

何でも女が叫べば、側の男性が罪になるというシステムには怒りを覚えていたので、
再度、駅員に「この男性は私と同じ右側の奥に立っていました、邪魔な奴だと私が
何回か彼のリュックサックを押し戻したので彼もそれを解っているはずです。

駅員は「ともかくここでは、事務所で話を」

私は「それがいけないと言っているんだ、事務所に行けば警察がくる、この男性が
やっていないという証明をどうしたら出来るんですか、安倍首相の言う、やっていない
証明は出来ないという事と同じです、いいですか、余計な事だけど私が出しゃばらないと
この人は無理やりに拘留され罪になります、だがこれが間違いだと私が証明したら
人を痴漢呼ばわりしたあの女性の罪はどうなりますか、外に犯人がいたのか或いは
女性の嘘か、いずれにしてもこの男性は知らない人だけど、私の前にいて右側に押し出されて
行きました、左側に押し出された女性にどうやったら触れるのですか」

駅員は「お客さん、ご助力ありがとうございます、申し訳ありませんが、貴方も証人として
駅事務所までおいでくださいますか」

「駅員さん、私は通りすがりのもので、無かった痴漢騒ぎを無かったと証言している
 だけです、それにこれから東京に戻る用事があります、話ならここで済ませてください、
 それか事務所をここに持ってきてください」

「お客さん、何か身分証明のようなものをお持ちですか」

「お持ちですよ、だけど人を助ける立場の私が貴方に身分証明という個人情報を
 ひょこひょこ出さなければならない理由が無いでしょう」

「警察を呼びましょうか」駅員が言った。

「呼んでください、それほど暇なら、警察でも自衛隊でも呼んで来い、
 俺はこの男性はあっちの女性に触れる位置にはいなかったと証言しているんだ、
 一人前の口をきく前にドア二枚の右側に出ているこの男性と左端に出ているあの女性が
 どうやったら体の接触が出来るのか、お前等がどれほど馬鹿でも距離くらいはわかるだろう」

「お客さん、ご協力は感謝いたしますがいきなり私どもを馬鹿と呼ぶのは失礼でしょう、
 これは私達の仕事上の義務で行なっています、お解かりになりますか」

「お解かりになりませんね、5mの距離をどうやったら痴漢できるんだ、小学校は出ているんだろう
 ならその位は馬鹿でも考えてみろ、警察に突き出すならあっちの女を突き出せ、この男が
 あの女に触るのは不可能だ、防犯カメラはあるんだろう、ぼけっと立っていないですぐ見て来い馬鹿」

亀の男性は青ざめている、

「駅員さん、あんた方、人権をどう考えているんだ、人に物を言う礼儀も習っていないのか」

「いや、そういう訳じゃございません、お客様の助けは有り難いと思っております、
 だかこのままじゃ結論が出ませんので」

「結論は出ているでしょう、この男性の腕が5m以上も長いのなら可能性はある、
 だがこの男性の腕の長さはどのくらいですか、まず巻尺を持ってきなさい」

「お客様、ご協力いただけるのなら、きちんと協力をして下さいませんか」

「バカ野郎、相手はこの男性とそっちの女性だろう、俺はこの男性は女性に触れる
 チャンスは無かったと証言しているだけだ、ガタガタ言うなら俺は帰るぞ」

「それは出来ません」

「出来ませんだと、この糞野郎、何を偉そうに俺の行動を規制するんだ、ちゃんと
 料金を支払ってお宅の電車に乗り、次はJRに乗りかえようとしているだけだ、
 いい加減にしろよ」

「お腹立ちは恐れ入ります、だが事務所できちんと書類にしないとこの件が終わりませんので」

「それはそっちの勝手だ、この男性も普通の乗客だ、右側と左側の距離はドア二枚の距離だ、
 どうして触るのかそれを証明してみろ」

「一応書類にしないと」

私はおろおろしている男性に声をかけた「行きましょう、こんなバカを相手にしてたら夜が明けますよ」

駅員が「困ります」

「勝手に困れ」

「あなた方はお知り合いですか」

「いいや、俺の前に邪魔臭いリュックサックを持っていたので押し戻したりしただけの間だ、
 腹が立っていた関係だ、それがどうした?」

「いや、困ります、困ります」

「しっかり困れ、俺はしっかりこの男性の邪魔なリュックを押しながら右側に押し出された
 それほど言うなら、ホームの防犯カメラを見てみろ、」

結局駅員は諦めた、私の後を男性が追っかけてきて、
「ありがとうございました、大変な事になるところでした」

「日本と言う国の後進国だ、下手に欧米の女性の尊重と人権を付け焼刃で
 くっつけるから、こういうバカが出てくるんだ、それはそうとあんたその亀のリュックは
 邪魔になるよ」

「すみません、改めてお礼を申し上げたいのですが、私はこういうものです」

と名刺を取り出して、私を見つめた、

「止めましょうよ、もう会う事も無いでしょう、気をつける事ですね、
 日本は西欧の真似だけをした後進国です、だからあんなバカ女も蔓延るんですよ、
 罪無き人を犯人とするのは刑法に抵触するんですよ、あの女を訴えたほうが
 いいですよ、じゃ、また」

男性はしばらく私の後を追いかけてきて、頭を下げた、

私はホームを駆け上がり、東京行きに飛び乗った、

昔は良かったな、あの若い頃、痴漢などというおぞましい言葉すら聞いた事も無かった、

白鳥の先生、セーラー服、夏祭り、喧嘩、高校時代を思うと胸がジンジンと疼く、

「♪空に向って あげたテに

  若さがいっぱい とんでいた

  学園広場で 肩くみあって

  友とうたった 若い歌」

「♪涙ながした 友もある

  愉快にさわいだ 時もある

  学園広場に 咲いてる花の

  ひとつひとつが 想い出さ」

「♪ぼくが卒業してからも

  忘れはしないよ いつまでも

  学園広場は 青春広場

  夢と希望が ある広場」

目をつぶるとまざまざと浮かんでくる、

セーラー服の女性徒が裾を翻して綺麗な自転車をこいて通り過ぎる、
声をかける事すらできなかった、あの若い心。

白鳥の先生か、今頃天国でまた教師をやっているのかなあ、

「白鳥は 悲しからずや 空の藍 海の青にも 染まず漂よふ・・」

白鳥の先生は歌いながら涙を流した、

私にはまだ何も理解できていなかった、今先生に会えたなら、
どれほど語りつくせるだろうか、

いまあの自転車の女子生徒に逢えたなら、どれほど深い言葉を伝える事が出来るだろうに、

今日の亀の男性も、不可能な立場に追いやられていた、
私が駅員を怒鳴らなかったら、男性はどうなったか、会社も首になったろう、
日本の痴漢騒ぎは間違っている。

大日本帝国の凛々しさと立派さが際立っている、
韓国に土下座をするバカが生まれる、痴漢だと叫べば指差された人は拘留される、

国名を大日本帝国と変えれば日本はもっとしゃきっとするのでは無いか、
馬鹿の壁は癌より恐い。

そういえば、同じような痴漢騒ぎは東京の地下鉄でも見た事がある、
その真偽はわからないが、女性が叫べば否応無く男性が罪びとになるという
考え方に問題がある、

若い頃、神戸にいた頃、
阪急電車の中で女性に股間を手の甲で次は指先で触られ続けた事があった、

気持ちがいいので黙っていただけだけど、女は罪にならないけど男は罪になる考え方が
間違っている、殺人は男女問わずに同じ罪になる、

痴漢は女は常に被害者である、どこの誰が始めたルールなんだろう。

 

三四郎外伝「揺らぎ」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 5月 4日(木)00時19分18秒
返信・引用 編集済
  車の中で、

「社長、ありがとうございました、気にかけていただいて」

「〇、あの管理人の女な、いい人だ、お前の敷金の残りを俺に預かって欲しいと
 電話があった、あの女はお前の田舎の住所は知らないようだ」

「それで・・私が今夜東京を発つと聞かされたのですね、あの女性にはお世話になり
 放しで言葉もありません」

「まあ、間一髪だったな、一足遅れたらお前とは逢えなんだ」

「いまYさんたちは?」

「Yか、パクラれて 前の弁当食わされてる、Wも、鉄もみなぱくられた
 昇が一人で防いでるが奴にも今に切符が出る」

「三四郎にいさんは」

「とっくに札が出ている、だがな、この混み合いは俺等の勝ちだ、
 なあ〇、それはそうとおめえ池袋に知り合いがいるそうだな」

「そんな深い知り合いじゃないです、どうして聞くんですか」

「いや、別に、一回逢って見てえって三四郎がこないだポツンと言ったから」

「私は何をしたら」

「おめえは、俺の会社を引き継いで堅気で仕事をしろ」

この翌年の冬の朝、社長は私のアパートの前で襲われた、私の周辺は目まぐるしく動いた。

私は慣れぬ会社経営を引き継いで、それなりに客先を真面目にまわった、
その頃は年が若いと馬鹿にされていい加減にあしらわれた、

現在は反対で年寄りが軽んじられる妙な世の中になったが、

客先周りに汗を流していた、
細い地下道で二人連れにすれ違った、私は一瞬彼等の顔つきを見た、
習慣的なものだったが、

背の低い若い方が引き返して来た、
「こら、眼つけやがって黙って行く気か」
私は相手にせずに歩き続けたが、男は執拗に絡んでくる、

通行人の目が我々に注がれるのを意識してか、若い方の汚れた顔の男は
手は出さないが、脅しの動作を繰り返した、

背の高い初老のサラリーマン風の男も引き返して来て、
私が無抵抗だと思ったのか、「お前みたいな馬鹿が一人前に狭い道を歩くんじゃないぞ」
と普通のサラリーマン風の言葉で体をゆすった、

この二人の関係はわからない、
だが若い方は喧嘩なれしているような妙な動作で私を挑発し続ける、
初老の男は下らん決まり文句を見物人に聞かせるように繰り返している。

私は大人しい安物の背広にネクタイをしていた、A4の書類入れを持っていた、
誰が見ても喧嘩なんかとは無縁の安サラリーマンだ。

後ろを振り向いた、
初老の男はやる気は無いようだ、それに喧嘩慣れしていない、
私は後ろを無視した、だが始まったら最初に殴り倒して顎を蹴り上げるのは
この初老の男と決めていた。

問題は若い方、
何が目的かまるでわからない、体を微妙に傾けて揺する素振りは
脅しに慣れている証拠だ、時々蹴りを入れる寸前の動作をして私の反応を
うかがっている。

喧嘩は出来ない、背広もこれ一着しか無い、
警察沙汰になったら三四郎さん達との関係が浮かんで不味いことになる。

体を少し横向きに若い男に向けた、正面を合わすのは避けた、
距離も彼が気がつかないくらいの相対距離を保った、

向こうが疲れてくるはずだ、
私は一言も発して居ない、若い男は相変わらず体を斜めに揺すって
体を傾ける、こいつはきっとキックボクシングか何かをかじった男だろうと
見当をつけた、距離を保つ。

向こうが近づけば、微妙にジリ足でキックがまともに入らないように
保った、後ろの初老の男は盛んに悪口を私に浴びせる、このビビリ野郎が、
土下座しろ、と声だけは威勢がいい。

若い男が頭を低くして私の胸に近づけて来た、
私は横に体をずらした、プロなら負けるだろう、だけど相手に空振りを
させれば一撃のチャンスはある、同時に後ろの初老の馬鹿の鼻と眼に指を二本
束ねてぶちこんでやる、そう覚悟を決めて二人の間に立っていた、

通行人が遠巻きに見ている、

若い男は私が一言も発しないのに苛立ってきた、
いろいろ挑発するが、一切無視して安全距離に斜めに体を入れたまま、
同じ形がそのまま塊りで動く奇妙な喧嘩だった。

その内、若い男が「くそっ」と言って唾を吐いた、もちろん届かない位置に
いたが、何が悔しいのか振り向き振り向き悪態をついている。

やれやれと思って私はまた仕事にかかった、
世の中いろんな人間がいる、下手に粋がると殺される、私はその哲学を
昇さんたちとの付き合いで骨の髄まで理解していた、

逃げるが勝ちだ、

三四郎さん達の抗争は、M会が参戦した事で大勢がひっくり返った、
例のTさんがダンプカーで相手の事務所に突っ込んだそうだ、

私はこの頃はまだTさんとの面識は無かった、
ヤクザに憧れる男の模範のようなダンデイでイケメンの男だと聞いた、
極端に白い上下の背広を好んだ話しも聞いた、

社長が上機嫌で私の事務所に顔を出したのもこの頃だった、

知らぬ他人と迂闊に眼を合わせることの危険性も学んだ、
それ以降私はカメラのように一瞬で前後ろ横の男の値踏みをするようになった、

危険が無いと感じれば、私は商家の番頭のように愛想のいい腰の低い
使い走りの人間になれた、危ない奴と一瞬感じれば、道筋を変わるか
反対方向に向きを変える、すれ違うだけでいくらでも因縁のネタは転がっているのだ、

私はそれ以降グループの宴会や飲み会でも絶対に上席には坐らないようにした、
常に一番下座に坐る、

決してへりくだっているのでは無い、狙われるのは上席に近いところからだ、
酒席での口論が大変な事に発展するのが日本人というテンション民族だ。

人の群れをカメラのように捉える、それが安全にいい人でいられる秘訣だ、
人に対して初対面で自分の事をしゃべったり相手のことを聞いたり、
女の話を安易にしたり、全てを避けている。

マンションのエレベーターでも挨拶はしない、されたら黙って頭を下げる、
二度目に逢っても忘れたふりで初対面を装う、

喧嘩に強くなろうなんて下手な武道を学ぶ人間は馬鹿だ、稼業にしている人ならそれもいい、、
だが素人が多少の技を身に着けてみても上には上がいくらでもいる、
平気で人を刺す人間は必ずいるのだ、中途半端に強い男はこれにやられる。

喧嘩は修羅場をどれだけくぐったか、それで最後の勝負が決まる、
空手道場、合気道、趣味や健康の為ならいいだろう、だけどそれで見知らぬ人間と
向き合わない事だ、私は何回もそんな趣味が高じて自分は強いと錯覚して、あたら命を
落とした人を目の前で見ている。

私の生き方は知り合いや面識を仕事以外では作らない事にしている、
誰にでも「やあやあ」と気軽に話をし肩組み合って、そんな人の危なさは相手に
見切りもつけないで自分の個人情報や財テク成功話を滔滔とご開帳する癖だ。

人は「ほほう、そうなんですか、凄いですね」と相槌を打つ、
そして人気ものになればなるほどどこに住んでいて何と言う名前の人間か自ら
防犯カメラの内側を見知らぬ人に何でも喋ってしまう。
名前など決して名乗らないに越したことは無い、自分の病歴から奥さんの写真まで
昨日今日あった相手に全部披露して酒席を大盛り上がりにする人、

一歩間違えば、逃げ場の無い絶壁に自らが立つ状態を気にしないか理解しないのか、
人間が群れれば必ず派閥が出来、必ず争いの種が生まれて来る、

彼が身に着けた護身術なんて刃の下をくぐってきた相手には何の役にもたたない、
こんなのが酔うと喧嘩を始める、弱い相手を叩きのめしている間はいい、次に誰が
出てきて一貫の終りになるか、和解金で根こそぎ金をもぎ取られ一生強請られ続けるのも
こんな人たちだ。

私は一人で行動する、誰も知り合いなど新規に作らない、

淋しくは無い、知り合いも必要ない、

M会のTさんは一二度見かけた、社長の事務所にいたときにTさんが来た、
彼は私に気がつかなかったが、私はきちんと彼の顔を記憶した、

後に営業のS君の通った銀座のクラブの女関係で私が呼び出されて
このTさんにかなりのプロの脅しを食らった、

目つき、身のこなし、普通の人じゃない、
切れたら何をするかわからないという彼等一流の武器をちゃんと
身体中の雰囲気で持っていた。

後に親しくなったが、それは私がずっと年を取ってからだ、

私はアパートの管理人の女性を訪ねた、

いつも歌がかかっている、

「♪知りすぎたのね あまりに私を

  知りすぎたのね 私のすべてを

  恋は終りね 秘密がないから

  話す言葉も うつろに響く

  嫌われたくなくて 嫌われたくなくて

  みんなあなたに あげたバカな私

  捨てられたのね 私はあなたに

  いいのよいいの 作り涙なんか」

「♪知りすぎたのね あまりに私を

  知りすぎたのね 私のすべて

  花から花へ 蝶ちょが舞うように

  ほかの誰かを 恋するあなた

  嫌われたくなくて 嫌われたくなくて

  みんなあなたに あげたバカな私

  捨てられたのね 私はあなたに

  しおれた花が 捨てられるように」

「こんにちは、この前はご迷惑をお掛けしました」

「いいのよ、でも貴方の知り合いの方ってなんだか恐いわ」

「知り合いっていうよりも 社長のお供の人達です」

「またこのアパートに住んでくださるの、いまお茶入れるわね」

「いつもいい音楽がかかっていますね」

「音楽だけが私のお友達なの、一人ぼっちだし」

「そうなんですか」

「私も田舎から出てきたのよ、夢はみんな橋のたもとに錆び付いて
 かたまっているけど、もう年だけが増えて、田舎にも帰れない、辛いわ」

「どんな夢を持っていたのですか」

「音楽で世に出たかったの、でも駄目、若い世代がどんどん斬新な
 感覚で出てきているわ、私はもうしおれた花よ」

「そんな、まだお若いのに」

「あら、お世辞かしら、貴方よりは年上だけど」

「夢はみんな橋のたもとに錆びつくのですね、私の夢も、すぐそこの
 市ヶ谷橋のたもとに錆び付いています」

「〇さん今度、ゆっくり遊びにいらっしゃい、お食事でも作って差し上げますよ」

「はい、チャンスがありましたら」

「私はまり子、平凡な名前でしょう」

知りすぎたのね・・いい歌ですね、

社長のポケットベルがピピピと私を呼んでいる、

その日からもう40数年が過ぎた、アパートももう同じ場所に無い、風景はすっかり
変わった、人も全部新しい若い人々が歩いている。

想い出は一瞬、今私が通っているスポーツジムにも70過ぎた元気老人がたくさんいる、
これから財テクで頑張らなくちゃと風呂の中で大声で喋っている、
一体何歳まで生きるつもりなんだろう、

70過ぎたら手持ちの金は使い果たして綺麗さっぱり裸で死ぬだけだ、
マンションだって50年も持たない時代に酷使した70歳の体を鍛えて中には
日焼けをマシンの中でやる人間もいる、

若いから再生力が強いから日焼けは綺麗に見えるのだ、老人が生白いのが嫌だから
少しでも強そうに日焼けのマシーンに毎回入る人がいる、

皮膚癌になるのが関の山だ、老人は老人でいるべきだ、老後老後と言うけれど、
老後破産などの書物を読んで感化されるのだろうが、70歳なら立派な老後なのに
更なる老後があると信じる精神状態は羨ましくも阿呆らしい。

「知りすぎたのね、あまりに私を・・」

こんな歌が流れていた頃と今の高齢化社会で多少元気老人を気取ってみても
待っているのは更なる老後では無くて、突然死だ。

妻の為になど言って、せっせと貯蓄をする親切老人もいる、自分も呆けるが、
妻も長生きしても必ず呆ける、

蓄えた金は振り込め詐欺にごっそり持っていかれてジ・エンドの道をまっしぐらの
日焼け爺さんを見ていると象の花子が動いているように見える、

Yさんが、何をどうしたのか、仮釈で出てきた、弁当はまだ残っているようだが、
盛大な放免祝いが行なわれた、私も社長の車を運転して現場に行ったが、

ついに大勢の客人の中でYさんの姿は見る事が出来なかった、
何でも彼の所持していた38口径と現場の抗争相手の体の中とが一致しなかったとか
外の運転手から聞いた。だけどこれから一ヵ月後にYさんは別件でまた連行された、

社長がポツンと言った、
「もう昔と違うんだ、サツと張り合って勝ち目がある訳がねえだろう、もう昔の
 生き方じゃ俺等も終りだ」

知りすぎたのね・・あまりに私を・・

 

三四郎外伝「煙草の煙」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 5月 1日(月)15時02分7秒
返信・引用 編集済
  良く言われる事だが、

「山高ければ 谷深し」

「晴天は必ず 雨と嵐に見舞われる」

「だが、いつまでも止まない雨は 無い」

こんな言葉に翻弄されながら 私が苦く思い出すのはどん底のある時期
それも最も体力が横溢し若い希望と夢を一歩一歩実現に近づけるように
神が与えてくれた 20代という人生のジャンプの時期だ。

私は何度も書いているように貧乏な環境で育った、父親は言葉さえ満足に交わす
時間もくれずにヨチヨチ歩きの私を置いてビルマ戦闘機隊の仲間のもとへ急ぎ足で
旅立っていった、残ったのは高級軍人の娘で人を疑う術を知らない母がハイエナの
餌になり 私達は荒野に放り出された。

それでも一部青雲の志を抱いて東京へ出た、一つは母を楽にしてやりたい、
一つは私達を地獄へ送った父の遠縁の「叔父」と称する詐欺師の命を取る為の上京だった。

どこに「高校三年生」や「学園広場」があっただろうか、どこに加山雄三の「君といつまでも」
の世界があっただろうか、私に付き纏った歌は「川は流れる」と「圭子の夢は夜開く」だった。

人の助けもあって、やっと少し陽が射しかけた時に 私は総合商社を追い出され社長に
拾われるまでの1年ちょっとの間、東京のどん底でどしゃ降りの雨の中に立っていた。

まだ故郷に帰ろうという決心がつかない時だった、社長は私がまだもとの会社にいるものと
思っていたらしい、その頃社長の所属する組織が旧組織と新興組織の間に挟まれて組織同士の
戦争になり、社長のグループは玉砕か突破かの瀬戸際にあった時期だった、

私の事を1年くらい忘れていても何の不思議もなかった。

その頃は今のように仕事を探すのは大変な事だった、会社というのはみんな新卒から定年まで
固定されて生きていく社会構造であり、中途で人を探す会社は今でいうブラック企業に
決まっていた。

空白の1年の間、
私は雑貨商の歩合セールスの職を探し当てて、当ても無く売れそうにも無い玩具や小さな飾り
を行商して歩いていた、行く先のあてなどまるで無かった、

雑貨商は私が辞めようが成績を上げようが何の痛痒も感じない、私にサンプルとカタログ
だけを預けて、何時にどこに行こうが、どうしようが交通費も出さなければ固定給も無かった。

一駅、一駅、商店街を靴底が磨り減った無様な姿で当ても無く「こんにちは」と店主に
話しかけれる、10軒のうち9軒までは「いま、忙しいから」とぞんざいに扱われ店から
出るように外を指差された。

一日、50軒以上の商店をまわった、交通費が無いから国電の一駅、二駅は徒歩で動いた、
疲れてもコンビニがある訳でも無い、硬貨を指で探して20円、10円、でご飯だけで
おかず無しの食事を繰り返した、小さなお漬物がついていた。

時には食堂も無い場所があった、スーパーも無かった、その頃は八百屋、乾物屋、駄菓子屋
などの専門というか、単品を扱う小さな店がたくさんあった、

駄菓子屋の店先で持っている硬貨で買える腹に溜まるお菓子かパン、ラムネを買えば全部で
いくらになる、足りないと思って触っていると、

店の親父さんが、
「あんた、兄ちゃん、飴をポケットに入れただろう」と凄い剣幕で詰め寄った。、

「何も入れて無いですよ、ジャムパンが無いかと思って、ケースの蓋をあけてみただけ
 です」「嘘をつけ、ちょっと調べさせてもらうぞ」親父は私のポケットと鞄を探し回った、

「俺の勘違いだったか、じゃ行ってもいいぞ、これ、食えよ」と売れ残りの二三日経った
硬い菓子パンを手づかみで私に差し出した。

「疑いが晴れたらいいよ、俺は金は無いけど乞食じゃ無い、恵んでもらおうとは思わん」

また鞄を担いで駅の方向に歩いていると、親父が追っかけて来た、
「兄ちゃん、悪かったな、苦労しているようだが、感心だ、何を売って歩いているんだ」

「買ってくれるのか」「商品を見てからだ」

鞄を広げてつまらん玩具とか雑貨を見せた、サンプルも見せた、

「兄ちゃん、それいくらだ」「これとこれが50円、こっちが200円、これが千円だ」
「それで、兄ちゃんはいくらの儲けになるんだ」「何で聞くんだ」

「いや、俺の若い頃に似ているから、戦後すぐだったが、俺が悪かった、いくら儲かるんだ」

「商品の10%をもらえる」「じゃ、千円売れてもたったの100円か」「そうだ」

「兄ちゃん、あんた幾つだ、故郷はどこだ」「おっさんには関係無いだろう」
「いや、聞きたいんだ、幾つだ年は、どこから来たんだ東京に、何でこんな商売をしている」

「おっさん、しつこいな、俺の年は24だ、故郷は四国の田舎だ」

「そうか、お前、俺の店で働かないか」「保証人は無いけどいいのか」
「ああ、俺の眼が保証人だ、どこに住んでいる」

それから、新小岩の小さな雑貨やの店員になった、仕事は配達と仕入れにオート三輪に
同乗して力仕事をする事だった、給料は安かったが、毎月ばらつきがあったが、
「ほれ、今月はこれだけだ」茶封筒にお札が入れてあった、「ありがと」「すまんな」

その親父とは1年くらい付き合った、雨は止まず、深い谷だけが続いた、
「親父さん、俺、今日で辞めるよ、世話になったな」「おまえ、行く先はあるのか」
「無い、田舎に帰ってお袋の山仕事でも手伝う」

「止めてもだめか」「別にあてがあっての事じゃ無い、東京の夢は全部川は流れて・・
 橋のたもとに錆び付いたような気がする、田舎者には無理な夢だったと思う、
 別に親父さんが嫌になった訳じゃない、世話になったな、じゃ行くから」

「待て、待て、お前、考え直さないか、俺も力が無くってこれ以上は何もしてやれないが
 もう少し、俺の側にいてくれないか」「何でや」「息子のような気がしてきた」

「夢みたいな事は言わんでくれ、親父さんは一人ものか」
「いや、女房はこの先の料亭で仲居の働きに出ている、娘が一人いる」

「じゃ、淋しくないじゃないか」
「また逢えるか兄ちゃん」「わからん」「逢えるか」

「わからん」

「今夜、俺と一杯のみに行かないか」「いや、俺は荷物をまとめてアパートを出ないと」
「俺の家に住め」

「親父、何で俺にそこまで言うんだ」

帰り道、よほど、三四郎さんたちのグループに入って、昇さんたちと命がけで
這い上がってみようかと真剣に考えた、

荷物の柳行李をまとめて、天井を向いて煙草を吸ってじっとチカチカ瞬く蛍光灯を
見ていた、

煙草の煙が紫色に蛍光灯の天井に上って行く、私はぼんやりと煙草の煙を見つめていた。

今夜夜遅くに東京を出る「準急列車」に乗る、明日の昼過ぎには神戸に着く、
また同じフェリーに乗って田舎に帰る、小さく硬い切符には「準急」の列車名と
行き先がペンで書き込んであった、日付がスタンプで押してある、

煙草を二本、三本、吸って、部屋のカーテンを外して捨てた、家具などは何も無い、
大家は居ないので、入り口の部屋に住んでいる女性が管理人だから、そこに鍵を返せば
いい、家賃は今月はまだ支払っていない、

敷金が二ヶ月入っているので、それから引いて貰えばそれでいい、
残りの一か月分は田舎に送ってくれとさっき女性に告げてきた、

「本当に?どうして急に、大変だったみたいで心配してたのよ、
 田舎に帰るの?」「はい」「本当に元気でね、これ、おにぎり、汽車の中で
 食べて頂戴、少ないけどこれお餞別」

二千円が入っていた、「ありがとうございます、お世話になりました」
「残念ね、今月から、このアパートにも共同風呂が出来るのよ、トイレの横に、
 順番にブザーを押して次の人の部屋に知らせるの、助かるわ、銭湯のお金も」

「そうだったんですか、じゃそろそろ出ますので」
管理人の女性の部屋のラジオかテレビから沢田研二の甘い歌声が
聞こえていた。

「♪あなたはすっかり つかれてしまい

  生きてることさえ いやだと泣いた

  こわれたピアノで 想い出の歌

  片手でひいては ため息ついた

  時の過ぎ行くままに この身を任せ

  男と女が ただよいながら

  堕ちていくのも 幸せだよと

  二人 冷たいからだ合わせる」

「♪からだの傷なら なおせるけれど

  心のいたでは なおせはしない

  小指に食い込む 指輪を見つめ

  あなたは昔を 思って泣いた

  時の過ぎ行くままに この身をまかせ

  男と女が ただよいながら

  もしも二人が 愛せるならば

  窓の景色も かわって行くだろう」

また煙草に火をつけた、部屋の戸締りや火の気に気遣って、
もう一度、狭い部屋の中を見渡して、柳行李を担ぎ上げたとき、

ドアがどんどんと乱暴に叩かれて、開けると社長が鬼のような形相で
立っていた、

「俺に黙って・・」私は顔を二回殴られた、首を抱え込まれて、

「〇、おめえ、俺に黙って東京を売るつもりか、
 俺は怒っている、誰から聞いたかって? ここの管理人の女の人だ」

「三四郎も怒っている、すぐ荷物を解いて、俺の会社に来い、
 貰った餞別は女の人に返しておけ、おめえは人の感情のわからん奴だ」

「昇もここに来るって言ってた、三四郎もここに来るって
 さっき電話があった、殴られる覚悟はしておけ、三四郎はな
 自分の弟が兄に黙って逃げ出すなんぞ、勘弁できねえってよ」

社長がふと振り返って、畳の上の灰皿を見た、

「大層煙草を吸ったじゃないか、おめえ、本当は帰りたく無いんだろう」

瞬く切れかけた蛍光灯の周りにまだ煙草の煙が漂っている、

私の屈折した思いが天井に漂っているようだ。

私は社長の太い腕で首を巻かれて表に連れ出された、管理人の女性が
心配そうに戸の隙間からこっちを見ている、

表に黒い車が二台停まっていた。社長が私の背広から「準急」の大切な切符を取り上げて
強い力で二つに破って道に捨てた。

後ろの車のドアがあいた、
管理人の女性はまだ恐々玄関先から私を見ている、

殴られた、だけど痛みよりは嬉し涙が出た、三四郎兄さんの硬い拳で殴られて
鼻血がシャツに散った、そのまま腕で私を抱え込んで締め付けるように
強く抱いてくれた。

幼い時に亡くした父の匂いがした、私は始めて声を上げて泣いた、
東京でみんなに見捨てられたと思っていたのに、この人達だけが
乱暴だが抱きしめてくれた。

子供の頃から涙は出さなかった、父が死んだ時、、
今夜の三四郎兄さんと社長の腕の中は、暖かくて暖かくてこらえきれず
私は思い切り声を上げて泣いた。

 

三四郎外伝「紙袋」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 4月26日(水)19時22分32秒
返信・引用
  彼は常に紙袋を持っていた、
駅でも空港でも通勤にも彼は紙袋を右手に下げて蛙のように立っていた。

私は彼との触れあいはずっと若い時分に物産の課長代理の紹介で訪問した
某代理店に行った時だった。

彼はその頃から数種類の名刺を自分で作って所持していた、
その会社の課長、部長代理、部長心得、凶暴な人間では無いが
馬鹿力は物凄いものがあった、会社の引越しの時にスチール製の机を
二つ肩に担いで階段を上っていく姿を何度か見た。

その当時のことはずっと以前に書いた事があったが、
自然に私の仕事が忙しくなり、彼の会社に行く事もなくなった、私は彼の事を
忘れかけていた。

彼の話が耳に入ったのは、
私の会社の関係先が「〇さん、あのxxさんという人をご存知ですか、
あの人はあの会社の社長さんなんでしょうか」と聞いた事があった。

とっさには何の話かわからなかったが、
「ああ、あの△会社のxxさんは逢ったことがあります、でも確か彼は
 平社員のままだったと思いますよ、もう何年もお逢いしておりませんが
 社長になられたという話はうちの担当者からも聞いておりませんが」

「これですけど・・」その人は喫茶店で私に「わからん人」の名刺を
 出してテーブルに置いた、

名刺は確かにあの会社のものだった、
マークも紙質も同じものだった、だが彼のタイトルが取締役社長と
記されていた。

「そうなっておりますね・・でもあり得ないでしょう彼が社長だなんて
 私の方は聞いておりませんけど」

その件はそれで終わった、私の方に特段の関連も無いので忘れ去った、

私が次に彼に逢ったののはタイ国際空港の待合室だった、
私はその時にはF専務と二人で航空会社のラウンジに入った、

二人でビールを飲んでいた時、「わからん人」がもう一人の白髪の上役のような
人と二人で入ってきた、正面で眼があったので会釈をした。

「わからん人」は例によって紙袋を右手に提げていた、
私達を見ると「やあやあ奇遇ですなー」と言いながら汚い紙袋を上司のような人に
これを持てという風に紙袋を手渡した。

「ご一緒にいいですか」と「わからん人」は私達の席に来た、
上司のような人には初対面であったので名刺を交換した、彼の名刺はxx部x課、課長と
印刷されていた、「わからん人」はもぞもぞ大きな名刺いれの中を探して二枚抜き出して
私達に「今度、こういう事になりました、今後共にわが社をご贔屓に」

と言って、xx部、正部長としてあった、正横綱というのは聞いた事があるが、
正部長というのは初めてだった、私達は二人の顔を見比べたがどう見ても課長が上役で
「わからん人」は平社員の雰囲気を持っていたが、

「おい、x君、ワインとつまみを取ってきてくれ、その紙袋は大事なもんじゃ無くすなよ」
と周りが振り返るような大声で命令した。

上役の課長は知らん顔をしていたが、「わからん人」は「こら、おのれはわしの言うた
通りするんかせんのか、足の骨を折るか性根を据えて返事をせんかい」と猛烈な
貧乏ゆすりを始めた、

笑っては失礼だと思って我慢していたが、F専務が「ちょっとお土産を頼まれていますので
私はこれで、社長ももうそろそろ搭乗時間ですよ」

思わず二人で噴出したが、
搭乗口でまた彼等二人にあった、「わからん人」は何が入っているのかわからない
紙袋を提げて列に並んでいた。

私とF専務は飛行機の前方のビジネスの通路を曲がった、例の課長がすぐ後ろを来る、
私とF専務が並んで坐った少し後方に課長が一人で坐って我々に会釈をした。

シートベルトサインが消えて食事の配布になった、
突然、後ろの課長が羽交い絞めにあっていた、「わからん人」がエコノミーから
乱入し、強引に課長の膝の上に坐った、

「面白いな、F君、どうなっているんだ」

後にわかったのだが、「わからん人」は平社員でありながら自分を部長であり
社長であると信じこみ、平気で上役を床の上でヘビのような胴締めにするわけの
わからん人であった。

それからしばらくして、相談役が危篤という知らせを受けて
私はF君に電話をした「実は相談役が昨夜から危篤状態だそうだ、とりあえず
俺が行ってくるので、君は俺の連絡を待ってくれ、そのつもりで居てくれよ頼む」

「わかった、とにかく知らせてくれ、俺は明日にでも東京に行ける準備をしておく」

その日は雨が降っていた、

私は横浜駅からタクシーで病院の坂を上がって、病室に駆け込んだ、
奥様とお嬢さんがおられた、「どうなんですか、病状は」

「〇さん、ご心配をかけます」「それはいいです、病状はいかがですか」
「先生に今朝言われました、今は眠っておりますが、多臓器不全で万一の覚悟はして
 下さいといわれました」お嬢さんが涙も拭かずに立ち尽くしている、

「奥さん、お気をしっかり持ってください、いいですか、何でも私に相談してください、
 ご長男はどうされました、来られますか?」

「それが、長男は父には逢わないと取り合ってくれません」

「何ですって、ご長男の電話番号は、私が話します」

「止めてください、かなり乱暴なところがありますので」

「乱暴くらいなんですか、私が受け止めましょう、とにかく電話番号は」

長男に私が電話をかけた。

「私は相談役に若い頃からお世話になりました、〇と申します、
 今お父上は危篤状態です、はっきりいってもう長くは持たないと奥様に聞きました、
 貴方は今どこにおられますか、東京ですか関西ですか、どこですか」

「あんたに居場所まで言う必要はないよ、何様だあんた」

「俺か、さっき名乗ったとおりの〇というものだ、それで何を拗ねているんだ、
 あんたもいい年だろう、たった一人の父親との別れになるかも知れないときに
 何を格好つけてるんだ」

「〇さんとか言ったな、俺と親父に何があったかお前知って物を言ってるのか、
 あんまり出しゃばると怪我するだけじゃ済まんぞ」

「実の父親が生死の境にある時に、俺を脅す余裕があるのか、立派なもんだな、
 怪我でも何でもお前の好きなようにしてみろ、とにかくその糞面をここに出せ」

「何だと、てめえ、俺とやる気か」

「やらなきゃしょうが無いならやろう、その前に親父さんの最後の顔を見に来い、
 お前の御託はそれが済んでからゆっくり聞いてやろう」

「このやろう、殺されるぞ」

「ああ、人間一度は死ぬんだ、好きにしろ、とにかく面を出せ、俺の前にくる
 度胸も無いのか」

「この野郎、俺が何者か知ってるのか」

「何者か興味は無いね、親父を見舞え、それから殺すなら殺されてやろう、出て来い」

「糞食らえ、この出しゃばり野郎、後悔するんじゃねえぞ」

「脅し文句なら聞き飽きた、お前は一生後悔するぞ、親の死に目に逢わない馬鹿か」

「こ、この野郎!本当に殺すぞ」

「うるさい奴だな、殺せとさっき言っただろうが、その前に親父さんを見舞いに来い、
 お袋さんや妹さんに何が出来るんだ、男手が必要なんだよ、お前が喪主になるんだ」

「知るか、このお節介野郎」

「お前どこにいる?都内か、どこだ」

「聞いてどうする、おう、この馬鹿が」

「聞いてお前の居場所にな、お前の襟首をつかんで引きずってくる人間を四五人廻すから
 どこだ、居場所は」

「・・・」

「黙ってたんじゃわからん、どうするんだ、人を行かせるか、お前が俺を
 殺しに来るのか、どっちでも決めろ、二つに一つだ、お前が来るか
 こっちからお前をボロボロにしてでも引きずってくるか、どっちにするんだ、
 時間が無いんだ、住所を言え、それも言えないで隠れてものを言う腰抜け野郎か」

「・・・」

電話は向こうから切れた、

「奥さん、口汚い口調で物を言いました、お聞き苦しかったでしょう、お許し下さい」

奥さんは何にも言わずに「ワーッ」と声を上げて泣き崩れた、「すみません、〇さん、
すみません〇さん」

「奥さん、詳しい話は後です、今夜は私はここについています、
 仮眠中に何かあったら殴ってでも起こしてください」

夜食を取りに病院の外に出た、

雨は小降りになっていた、背広がびしょ濡れになったが、

途中の洋食の店に入った、

そこに「わからん人」が紙袋を持って立っていた、

「おう、xxさん、珍しいな、何しているんだこんな所で」

「ああ、〇さん、あたしもね、とうとう定年になりましたよ、
 今はこういう立場です」また名刺をくれた名刺には何と前の会社の相談役と
 書かれていた、

私は思わず、かっとなった、
「xxさん、あんたね、定年かどうか知らんが、それって表見代理といってな、
 詐欺にあたるんだぞ、相手が信じたらその損害は刑事罰になる、やめな、
 そんなつまらん名刺遊びは」

「わしが相談役いうて主に何の問題があるんじゃ」

「ある、いま俺の大切な相談役が生きるか死ぬかの重病だ、その名刺を見ると
 反吐が出る、今までは面白いから黙っていたが、目を覚ませ、目を」

勘定を済ませて、店の外に出た、
わからん人は私に傘を差し出そうとした、私は「いい」と言って先に歩いた、

振り返ると「わからん人」もわからん人生を終えたように呆けた顔で
紙袋を持って雨降る道路に呆然と立っていた。

「xxさん、達者でな、人生大事にしろよ」
「・・・」

「♪つらいだろうが やぼなこと言うでない

  これきり逢えぬ ふたりじゃないさ

  せめてふるえる 肩を引き寄せ

  揺れて歩けば 雨が降る

  ああ 別れ街角」

「♪あれもこれも ひとときの夢ならば

  今さら俺が 泣けたりするか

  もれる吐息に うるむ青い灯

  なぜかこよいも 雨が降る

  ああ 馴れた街角」

「♪思い出して ただひとり待っていな

  忘れずきっと 迎えにゃ来るぜ

  未練きれずに 濡れてたたずむ

  影に嘆きの 雨が降る

  ああ さらば街角」

病室に戻った、

「奥さん、お嬢さん、どうか一旦お帰り下さいお体を休めてください、
 ここには 私が残ります、連絡は途切れないように致しますので」

「〇さん、何とお礼を申し上げていいのか、息子の事、どうか許して下さい、

「そんな事、相談役の病状が一番大切です、息子さんも思いなおして親父さんとの
 最後のお別れをなさったほうが後の人生の為だと思います、私の事は心配しないで
 下さい」

いつもここに来た時にはいい日和だった、
何故に今日は雨が降るんだ、

「♪未練きれずに 濡れてたたずむ

  影に嘆きの 雨が降る

  ああ さらば街角」
 

三四郎外伝「演歌」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 4月16日(日)23時13分12秒
返信・引用
  心が淋しいとき 私は演歌に棲家を求める、
淋しい原因は 様々ある。

昔を恋しいと思う時 日本国がだらしないと感じたとき、
韓国に屈辱を受け続けても何もしない政府に怒り悲しくなる時。

私は逃げ場を演歌に求める。

演歌の中には 自分だけの世界が広がる
この小さな存在の自分が逃げ込めること、できる事は嫌な事を忘れることしか
できはしない、自分で良くわかっている。

「♪雨が降るから 泣けるのか

  恋の重さに 泣けるのか

  逢えば

  死ぬほど愛されて

  とけて乱れる 黒髪の

  夜の湯の町

  女のしぐれ」

一人で歌うこともある、 仲の良い友人と歌うときもある

酒を飲みに出て ふと薦められて歌うこともある。

人がどう聞こうと 関係ない自分の世界にひと時ひたれる時間は
私には 歌以外に無い。

昔猛った 帝国日本が 中国、果ては韓国という木っ端のような国に
罵られ 有りもしないとんでもない過去史で責められ続ける祖国を見る時、

始め 悲しく そして怒り、 そして不甲斐ない日本政府や国会議員たちを
見る時に 何も出来ない自分が逃げ込む世界は、私の場合には演歌しか無い。

千雪を想う時 死んでも一人じゃあの世までたどり着けないだろうと思う時、
俺も後追って死んでやらなきゃ あいつ一人じゃ方向音痴で困った顔で佇む千雪を
思うと たまらなくなる、

そんなひと時、私は千路に乱れる心を鎮める為に ギターを弾き 演歌の世界に
逃避する。

「♪かくれ いで湯の

  湯の花は

  一夜あければ 紙の花

  想い残さぬ はずなのに

  女 一色染められて

  今朝は他人の

  別れがつらい」

はじめて自分で持った 小さな家には今は誰か若いカップルが住んでいるようだ、
家の前には綺麗な自転車と小さな仮面ライダーのついた自転車が並べてあった。

私は何十年前に なけなしの金をはたいてローンに苦しんだ若き日々をその小さな家
を通り過ぎながらしばし足を止めたくなる。

怪しい奴だと思われちゃたまらない、足早に立ち去るが一瞬の思い出にしばし胸が痛む。

「♪浮いて 流れる 恋もある

  切れば血がでる 恋もある

  今度いつとも 聞かないで

  傘を

  あなたに さしかける

  雨の湯の町

  女のしぐれ」

私は変わり者かも知れない、

我慢して耐えて幼少時代を過ごした 少年時代も我慢と耐えることを体で覚えた、
長じてからも 一人が辛くは無かった、

人に自分から心を開く事も少ない、殆んど無かった、
だがこの人と思った人には深く心を通わせた、相手からの報酬は期待しない生き方を
してきた。

人の噂話も下手だ、
大勢の輪の中に入ってはしゃぐ方法を知らない。

10年以上も名前も素性も知らずに挨拶を交わす人もいる、
それが普通だとずっと思っている。

裏切られたことは何度もある、我慢をした、

人はわからないものだとやっとこの年で知った、
相手からの連絡が途絶えたら 忘れるようにしている。

だが親切に真っ直ぐに心を開いてくれる人もいた、
そんな人には私は思い切りの笑顔を向ける、

「〇ちゃん、いい笑顔だな、よほどいい事でもあったのかい」
と聞かれる、「いいや、あなたに逢ったからだよ」と心の中で言葉を唾と一緒に飲み込む。

人の親切は身に沁みて嬉しい、

裏切られた人はその何倍も多い、表情に出さない癖がいつの頃からか私の性格になった、

「♪今度いつ とも聞かないで

  傘をあなたに さしかける

  雨の湯の町

  女のしぐれ」

演歌は私の心の支え、心の解放、人の輪から外れて思いをかけるのは
叶わぬ父や社長やケンさんとの再会、今度は方向音痴の千雪を助けて
迷わないように 叱りながら 向うの川を渡る仕事だけが残されている、

また演歌の世界でひと時を忘れる、


 

三四郎外伝「東京は何度も行きましたね」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 4月10日(月)20時44分29秒
返信・引用 編集済
  相談役を見舞いにF君と一緒に家を出た、

「ちょっと早いけど 飯食って行こうか」

「こんな所にレストランがあるのか」

「昔の名前の飯屋だよ」

「古いな、驚いたメニューだ、昼時には坐れないだろうこの狭さじゃ」

「それがいいんだよ」

「何にする、俺はオムライス」

「じゃ、俺はナポリタン」

ビールの大瓶一つ取って二人で若い頃の味にしばし無言だった、

「なあ〇君、相談役の事で俺が知らない事って何だよ」

「そうだな、いろいろあるが、奥さんとの馴れ初めはちょっと言えないが
 相談役、実はお金に困っているんじゃないかと思うんだ」

「どうして? あの会社で常務まで上った人だ、退職金だって大変な額だろう
 それに〇君の会社に来られても相当高給で待遇されていたのを知っているぞ」

「ところが、人に歴史ありだ、あの人は若い頃からギャンブルに凝って退職金はとっくに
 前借りで使い果たして、その後も、君はあの人の家に行った事は無いだろう、
 ちょっと首をかしげるような小さな建て売りだ、郊外の」

「・・・」

「言ってみれば、強風が吹けば揺れるんじゃないかと思われるような細い小さな家だった」

「そうだったのか」

「生命保険もあのお年じゃもう20万くらいしかもらえないだろうよ」

「お子さんは、奥さんは、困っておられるのか」

「詳しい事は知らない、だが三人いるお子さんのうち長男だけが大学を、国立だけど
 出て、後の一人は女の子で高校で終わっている、下の男の子も高校で終わって
 中小企業で働いている」

「そうか」

「家計簿を見たわけじゃないからわからないが、俺達で出来ることをしてあげないと
 入院費用でも相当かかっていると思うんだ」

「何とかしないといけないな、どのくらい出そうか」

「それは もうちょっと後で君と相談しよう」

「ああ、懐かしい味だな、これを食うと俺達若い頃を思い出すよ、
 新宿が西口に発展して浄水場の横に京王プラザが高層ビルの第一号で出来た頃、
 西口の地下はほら反戦の学生や活動家で有名になった、俺は興味が無かったけどな、

 思い出横丁、それからあっという間に西口は東京の高層ビルの林立になったよ、
 あの頃良く君と新宿で遊んだなあ」

「うん、懐かしい、思い出すよアメリカンポップスを、ブレンダリーとかコ二ーフランシス
 想い出のサンフランシスコとかボーイハントとか」

「俺はプラターズとかパットブーンが好きだったな、特にパットブーンのアナスタシア
 って知っているか、イングリッドバーグマンとユルブリンナーの映画の主題歌だった、
 懐かしい、本当に懐かしいよ」

二人で東海道線のグリーン車に坐った、たった30分だけど車内はガラガラにすいていた、
並んで坐って 椅子を深く倒して、

「なあ、F君、君と今度またいつ逢えるかなあ」

「どっちかの葬式の時さ」

「そうかもな、お互いに若作りしているけど 年取ったなあ」

「たしかに、青春時代の真ん中は 道に迷っているばかりだった、
 後からしみじみ思うものって本当だな」

「君は存外ロマンチックなところがあるな」

「そうさ、俺は君のように花から花へと蝶々のような青春は送っていないからな、
 国立のカチカチの男だったよ」

「人聞きの悪い事言うなよ、俺は君と違って片親だったし 蝶々なんかなれるわけも
 無かったよ、俺は金があるから私立に行ったのじゃないよ、大体のことは知っている
 だろうけど」

「♪最終列車で 君にさよなら

  いつまた逢えると 聞いた君の言葉が

  走馬灯のように めぐりながら

  僕の心に 灯をともす

  何も思わずに 電車に飛び乗り

  君の東京へ 東京へと 出かけました

  いつも いつでも 夢と希望を持って

  君は東京で 生きていました

♪ 東京へは もう何度も行きましたね

  君の住む 美し都

  東京へは もう何度も 行きましたね

  君が咲く 花の都」

F君も足で拍子をとりながら声を抑えて歌った、列車はもう川崎を過ぎて
次は横浜だ。

F君が果物籠を持ち、私は相談役の好きな黄色の混じった花束を抱えてドアをノックした。

奥様が慌てて髪を直しながら 「まあ、〇さん、Fさんも、ありがとうございます
いまお茶を入れてきます、今日は気分もいいようですよ、あなた、あなた 〇さんですよ」

奥さんは出て行った、

「相談役、宮崎からF君が出てきました、今日は一緒にお見舞いに参りました」
「相談役 Fでございます、ご病気と知らずにお見舞いにも上がりませんでした、
 お許しください、ご気分はいかがですか」

「おう、F君じゃないか、どうして〇君から離れたんだ、俺まで淋しくなったよ」
「申し訳ございません」

「謝ることは無い、達者か」

「はい、田舎暮らしで すっかり東京の垢も落ちてしまいました」

「いい事だよ、田舎はいいよ」

二人で並んでベッドの脇に腰掛けた、

「〇君、今日は寒いか外は、中にいるとさっぱり天候がわからないよ」
「いえ、今日は風も無く穏やかで春の日差しでした」

「〇君、俺はこの頃亡くなったお袋の夢を良く見るんだ、いつもそこの窓際に後ろ向きで
 立っていて何にも話をしてくれないんだ」

「それは・・」

「〇君、君はいづだったか、お父上が病室に入ってこられる夢を見たって言った事が
 あるな」

「いえ、あれは夢だったのか、本当に父が入ってきたのか、私も無茶な輸血で意識も
 朦朧としていましたので、夢じゃないと今でも信じています」

「そうか、亡くなった親の夢って いい事なのかなあ、どうなのか、気になっているんだ」

奥さんが入ってこられたのでその話はそれで終わった、

帰り道、F君が「〇君、何なんだ母親の夢とか父親の夢って」

「うーん、どうなのかなあ、俺の母がな、亡くなる前だけど 母の母の夢を見たって
 言った事があるんだ、俺は気にも留めなかったが、なんだか不思議なんだ」

「どう不思議なんだよ」

「実はな、俺の母が見た母の母の夢が 相談役の見た夢に似ているんだ」

「えっ??」

「俺の母親が亡くなる前に見た母の母の夢って、後ろ向きに立ったままで家の中に
 入らないんだって、それで母がオカアサン上がって家に入ってって何回も夢の中で
 頼んだんだって」

「俺の母親がな、〇ちゃん、お母さんの母さんがね、やっという事を聞いて家に
 上がってくれたのよ、嬉しくって」

「ふーん」

「そう言ってから しばらくして俺の母親は脳梗塞で死んだんだ」

「ふーん、それって不吉なのかな、だって君の場合はお父さんが実際にいきなり
 病室に入ってきたんだろう、浴衣を着て」

「そうなんだ、だけど俺の場合は夢か本当かはわからないんだ、
 それに俺の母や相談役のケースとは違って、俺の場合はいきなり親父が部屋に入ってきて
 俺のベッドの端に腰掛けて、笑って、また出て行ったんだ」

「何が違うんだ」

「わからん、だけど気になるんだ、相談役の病気が」

「うん、そうだな」

「忘れろ、歌おう、マイペースの東京を、
 東京へは もう何度も行きましたね、君の住む 美し都・・」

「〇君、俺、明日宮崎に帰るよ、羽田まで来てくれるか」

「もちろん 行くさ、明日何時だ、午後1時頃だ」

「朝、靖国にお参りしてから 一緒に羽田に行こう、あそこには親父がいると
 思っているんだ、軍人じゃないけどな、軍属だけど桜の根元の草くらいには
 入れてもらっているって俺が勝手に決めているんだ」

「お父さんはどこに行かれていたんだ」

「上海からビルマだよ、陸軍戦闘隊のエンジンの整備長だった、階級も貰っていた」

「そうだったな、是非お参りに行こう、きっと桜の花になっておられるよ」

「いいや、桜の花は部隊長や戦闘機隊長だよ、俺の親父は桜の根元の草の花だよ」

「どうして」

「親父が引き上げてきて幼い俺とか母にいつもそう言っていたから」

「そうか、相談役に何かあったら知らせてくれ、それと君の言ったお金のこと、
 君から奥さんに聞いてみてくれないか」

「聞いたってあの奥さんは何も言わないよ、そんな女性だよ、だから俺達で
 こっそり口座に入れるんだよ」

「わかった、もう一度上京する時にそれをやろう、東京へはもう何度も行きましたね、
 また来るよ」

「今夜はささやかながら 男の酒を酌み交わそう、
 君盃を上げたまえ」

「君盃を上げたまえ」
 

三四郎外伝「逢いたかったぜ」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 4月 2日(日)16時03分25秒
返信・引用
  突然の電話だった、

F君が上京して来た、靖国神社に詣でての帰りだという。

「F君はネ 藤井君と言うんだ 本当はネ・・・」

もう何年逢っていないだろうか、つまらぬ感情の行き違いで別れた友が
また私を訪ねて来た。

「よう、変わらないな 元気そうで良かった」私が言う、

「老けたよ、同じ年だから感じないだけだよ、逢いたかったよ〇君に」

「懐かしい、君に逢うと ずっと昔に心が飛んで行く、今は何をしているんだ?」

「何もしてない、南国の田舎で畑仕事だ、親父も逝ってしまってお袋は介護施設に
 女房はいつも君と別れた羽田の事を口にする、〇さんに悪かったって」

「どっちもどっちだよ、君が悪いわけでも奥さんが悪いわけでもないよ、
 そんな原因を作った俺の日頃が悪かったのかも知れないし、奥さんにもうそんな
 事を考えないでくれって伝えてくれないか、それはそうと今回は何の用事で・・」

「水臭い事を言うなよ、東京に来る目的が 外にあるのか、君に逢いたかっただけだよ」

「ありがとう、君の友情を活かしきれなかった俺の器の問題だ、許してくれ」

「許すなんて そんな間柄じゃなかっただろう、会社は順調か?」

「俺は引退を決心したよ、 相談役も入院されている もうお別れかも知れない
 と思うと悲しいよ」

「相談役が? どうして知らせてくれなかったんだ水臭い奴だ」

「すまん、君に過去の話を背負わせたく無かっただけだ」

「見舞いに行きたい、一緒に連れて行ってくれるか」

「ああもちろんだよ、 相談役もきっとお喜びになるだろう、明日でもいいよ」

「じゃ、連れて行ってくれ、会社を見せてもらってもいいか?」

「遠慮なんかいらないよ、君の部屋もそのまま無人のままだ、君の部屋と相談役の部屋も」

F君は会社に来た、しばらく珍しそうに社内を見渡していた、早紀子が駆け寄って
F君に挨拶をした、女はいいな直ぐに感情を涙で表現できる。

「ところでホテルはどこだ、君一人か、それとも奥さんもご一緒か」

「いや、俺一人だ、ホテルはxxだ」

「一人なら俺の家に来いよ、東京のホテルは高いし無駄はするな、今晩でも引っ越して来い」

「いいのか、奥さんの了解をとらなくても」

「馬鹿な質問をするな、その代わり早紀子の飯は不味いぞ」

「ハハハ」

「ところで〇君、君はさっき引退を決心したと言ったな、どうしてだ」

「どうしてって、賞味期限が切れたからさ」

「後は誰がやるんだ」

「S営業部長しか候補者はいないので、そう思っている」

「S営業部長? 良く覚えていないなあ」

「そんな事無いだろう、君が専務時代にしょっちゅう銀座にお供させていたはずだ」

「あの、係長だった、眼のくりっとした若い男か?」

「そうだよ、いつまでも眼はくりっとしてはいないがな、彼も年相応の顔になったよ」

「そうか、〇君、お世話になりっぱなしで何も恩返しが出来なかった俺を許してくれ」

「おいおい、今度は君の方から許してくれか、俺は人を許したり許さなかったりできる
 ほど立派な人間じゃないよ、ところで靖国の桜は咲いていたか」

「まだちらほらだった、今朝は風が冷たかったし」

「F君、俺は今でも夢を見るんだ、もしも日本がアメリカとの戦争を回避できていたら、
 今の中国は存在しないし、韓国も北朝鮮も存在しない、それで今の日米関係のような
 ものが出来ていれば将来の子供達も今のアメリカ人と同じように世界中自分の言葉で
 旅も出来るのにって、想像の世界に遊ぶだけだがな」

「俺も全く同じ事をいつも考えているよ、もう何十年も昔に君が東京駅で俺を
 見送ってくれた時、出征兵士を送る歌 を歌ってくれたな、あれが原点だよ俺達の」

「うん、懐かしいな、それより、君早めにホテルをチェックアウトしてタクシーで
 俺の家に来い、ホテルを出る時に携帯に連絡をくれ、俺が家に戻っているから、
 つもる話はそれからだ、いいか」

「社長の仰せの通りに・・」

「よせよ、冗談は、早くしろ、もうすぐ今日の料金も取られるぞ、いま直ぐホテルに帰れ、
 今晩は久し振りに飲もうぜ」

F君はあたふたと会社を出た、窓から見るとタクシーに乗り込む彼の姿が見えた。

「早紀子、君に相談しないで決めてしまったが、F君を何日か家に泊めるがいいか」

「うーん、散らかってるし、うーん、決めたのでしょうもう、いいわ」

「ありがとう」

F君の荷物は軽装だった、ちいさなバック一つだけ、

夜少し早めに、彼にシャワーを薦めて、早紀子と一緒に家を出た、
行く先は「熱燗屋」しか無い。

熱燗屋の親父は涙を流さんばかりにF君の肩を抱いて再会を喜んでくれた、
心を込めたいつもの自慢料理がずらりと並んだ。

「友あり、遠方より来たりだ、まず乾杯だ」

早紀子も少し渋っていたが、今はすっかり上機嫌になって来た、良かった。

大盛り上がりの時にT-興業の若い士と鉄さんが入ってきた、珍しくHさんも一緒だ、
少し、まずいなと感じたが しょうがない 眼があってしまった。

鉄さんとHさんが笑いながら席に来た、「ようよう、男前、全然鼻の頭を見せなかったな
どうしたい今日は、おや、あんたFさんじゃねえか、珍しいぜ、また後でな」

Hさんが頭を下げ、鉄さんが私のお腹にボンボンとパンチを入れる格好をして手を振りながら
見えない向うの角の席に入っていった。

「F君、ごめんな、君があんまり好きじゃないのは知っている、気にしないでくれるか」

「いいよ、事情は知っているから」

親父さんが席に来た、一緒に乾杯をしてすぐに私にあの想い出のギターを抱えて引き返して
来た、「調整していないけど、〇ちゃん、Fさんも来た事だし歌ってくれないか」

「外のお客さんの同意を取ってくれ」

親父さんが一つ一つの席を回って歌をマイクで流していいか聞いてまわってくれた、

弦が少し緩んでいたが、音は相変わらずいい、保管場所に湿気が多いのか、多少気になったが、
私如きが歌うのには問題ないいい音が出る。

「♪逢いたかったぜ 三年ぶりに

  逢えてうれしや 呑もうじゃないか

  昔なじみの 昔なじみの お前と俺さ

  男同志で 酒くみかわす

  街の場末の おお 縄のれん」

「♪生まれ故郷の 想いでばなし

  今宵しみじみ 語ろうじゃないか

  昔なじみの 昔なじみの お前と俺さ

  こんどあの娘に 出逢ったならば

  無事でいるよと おお 言ってくれ」

「♪誰が流すか ギターのうたに

  遠い想い出 偲ぼうじゃないか

  昔なじみの 昔なじみの お前と俺さ

  夢が欲しさに 小雨の路地で

  泣いたあの日が アアァ 懐かしい」

「いいなあ、〇君の弾き語りは 昔のまんまだ、泣けてくるよ」

F君が目頭を押えて ハンカチを取り出して 照れ笑いしながら目蓋を拭いた。

「俺の為に歌ったんだよ、 本当にそう思うから」

早紀子が「いいわねえ 男の人同士の友情って、女から見るとうらやましいわ」

「F君、明日は相談役の見舞いに行こう、道々相談役のいろんな事、君がしらないだろう
 事も話をしてやる、人に歴史ありだよ きっと君も感動すると思う」

「そうか、明日を楽しみにしている、ところで相談役の病名は何なんだ」

「知らないんだよ、だが難しい状態だという事は奥さんから聞いた」

「そうだったのか、俺は〇君にも 相談役にも 大変な無礼をしていたんだな」

「そんな事は無いよ みんな通る道だよ、そんな事はないから心配するな、
 相談役はきっと大喜びしてくれるよ」

「♪夢が欲しさに 小雨の路地で

  泣いたあの日が アアァ 懐かしい・・」

「〇君、川は流れたな、錆び付いた夢の数々だよ、人生って短いなあ」

「さあ、もっと呑め、早紀子も呑んでくれ俺達の再会の為に」

どうして胸がきつくこみ上がるんだろう、きっと戦友だったからだろう。
 

三四郎外伝「口笛が聞こえる港町」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 3月29日(水)21時50分39秒
返信・引用 編集済
  寒かったり暖かかったり季節は荒々しく過ぎて行く、
老人には苛酷な季節の変わり目なのだろうか、毎日救急車のサイレンの音が絶えない。

病室のドアを開けた、

「相談役、また来ましたよ、外は春まだ浅きという感じで風が冷たくて
 涙と水鼻が止まりませんよ」
私はマフラーとコートを脱ぎながら務めて明るい顔で相談役の側に腰掛けた。

「〇君、仕事の方はいいのかい、俺に構ってばかりいて」
「一番大事なところに私の持つ限られた時間と命を使うのは当たり前ですよ」
「ありがとうな」

「相談役、私は相談役が重病だというのは嘘のような気がしています、
 だって、顔色もいいし声もしっかりしていらっしゃるし、本当は単なる風邪じゃ
 無いんですか?」

「そうだといいだがな」
「でも、普段の相談役と何も変わっていませんよ、病気だとは思えません、
 気の持ちようでいきなり酒が飲みたいって思うようになるんじゃないですか」

「〇君、この前頼んだもの買ってきてくれたか」
「はい、裕次郎のCDですね、二枚組みの豪華版を買ってきました、どうして突然裕次郎
 なんですか、青春の思い絶ち難しですか」
「そうだな、この頃無性に高校時代の夢を見るんだ」

「あれ、同じですね、私も高校時代の夢を良く見ますよ、その頃日記をつけていたので
 古い日記を取り出しては読んでいます」
「そうか、高校時代だなどうしても」
「どうしても高校時代ですよ、どうしても」

「相談役の高校時代には裕次郎が全盛時代だったのでしょう」
「そうだ、俺達は裕次郎で青春に目覚め女に目覚め都会に憧れたもんだよ」
「あれっ?相談役は横浜の高校じゃなかったのですか、都会に憧れるってどういう意味ですか」

「〇君には言わなかったかな、俺は生まれは横浜で父の転勤で小学校4年生から
 中学と高校二年まで地方で育ったんだ」
「たしか広島にいた事があったって言われていましたね」

「実は広島というのは東京の人がわからないだろうと思って大きな都市の名前を
 言っていただけなんだ、本当はな、山口県のすっごい田舎で過ごしたんだ」
「山口の田舎ってどこですか」

「君に言っても知らないだろうな、岩国という町と徳山という町をつなぐ岩徳線という
 ローカルもローカルの単線の草深い田舎で育ったんだ、高校もその地方の高校に行った」

「岩徳線?知りませんけど、要するに根っからの浜っ子じゃなかったのですね」
「そうだ」
「じゃあ、私とどっこいどっこいじゃないですか、田舎なら負けませんよ」

「〇君は中学、高校時代には歌は良く歌ったか?」

「歌って、要するに男と女がテーマでしょう、だったら色気づかなきゃ歌は歌いませんよ、
 私は高校になってから一人で歌を良く歌いました」

「その通りだ、色気づかなきゃ男も女も歌は聞かないし歌わないものだ、俺は裕次郎が青春
 だったな、彼の歌で男に目覚め、女を意識し、人を好きになった」

「わかります、ここが病室じゃなかったらこのCDを大きな音でかけて差し上げたいですよ、
 一緒に歌いたい気持ちですよ、どんな高校生だったのか歌を聴けばわかりますから」

「ああ、そうそう、相談役、忘れていました、何か本を買ってきてくれと言われていました、
 どんな本がお好きなのかわかりませんので、新刊書をいくつか買ってきました」

「ありがとう、本当は太宰とか三島を読んでみたかったのだけど」
「そうでしか、相談役は村上春樹は詠まれますか」
「いや、興味が無くて読んだ事は無い」
「私もあの大作の分厚い書物を見るだけで圧倒されて実は全然読んだ事は無いのです」

「世界的ベストセラー作家だから読んでみるのも悪くはないだろうが、どうも私には
 合わないような気がしてな」
「どうして彼はノーベル賞を取れないのでしょうかね」

「君はどうしてだと思う?」
「読んでいないので批評は出来ませんが、ノーベル文学賞ってなんだか反体制派とか
 左翼系の作家しか取れないような気もしています」

「俺もそう思っているんだ、この頃村上春樹は立ち位置を左に急旋回しているとは
 思わんか、いや彼の書籍じゃなくて思想的に」
「聞きかじりですが、なぜか彼はここのところ左に急旋回しているような発言が多いですね、
 ノーベル賞と関係あるのでしょうか」

「それはわからんが、急旋回の左派より発言は読者をびっくりさせるだろうな」

「たしか、最近かれは南京虐殺は40万人だか、慰安婦問題は相手がいいというまで
 謝罪し続けるのが正しいとか私なんかとは真逆なコメントにびっくりしています」

「それどころか、俺も受け売りだけど、
 彼は日本人論で「日本人は共通して自己責任の回避がある」と発言している、
 それも福島第一原発事故と大東亜戦争を同列に並べて日本人は責任を回避し
 誰も責任を取らない国民だとも言っていますね」

「そう、終戦後は日本人は誰も悪くない、悪いのは軍閥で天皇もいいように利用されていた
 国民はみんな騙された酷い目にあったとか日本人は自らが被害者犠牲者になりすましたとか・・」

「そこだな、日本人には加害者であったという発想が基本的に希薄だと彼は言っている、
 そしてその傾向はますます強くなるとか、そんなコメントも見た事がある」

「私が思うに、福島第一原発の事故と先の大戦の結末を同列にならべるのは無理があると
 思うのです、原発事故は原因が地震と津波だから誰にも責任が無いといい、敗戦も
 日本人は被害者であって何の責任も無いという傾向が強くなっている、それでは中国や
 韓国の人は怒るだろうとこう言っていますね、私とは相容れません」

「俺は〇君よりも一回り以上年上だから戦争の事もその後の日本人の忍耐も、政府が
 なけなしの金を工面して賠償金を支払い、内閣が変わるたびに謝罪、謝罪をくりかえして
 来た歴史も実際に見ている、村上春樹氏のいう日本人は謝罪しないとか被害者面をしている
 という指摘は全く当たらないよ、日本人ほど敗戦責任を謝罪し続けた国民国家は世界に
 存在しないよ、隣国からの口汚い罵倒にもじっと耐えて焦土の中で生きてきたのが
 日本人だよ、俺は誇りに思う、日本人が責任を取らないという大上段の決め付けはやはり
 何か目的があっての左旋回じゃないかと思うんだ」

「そういえば、大江健三郎氏も左派でしたね」

「裕次郎か、感謝の限りだよ、俺達に夢と青春の息吹を与えてくれた最大のスターだよ」
「ところで、奥様も山口県のご出身だとか、お嬢さんに伺いましたが」

「〇君、銀座の場末で出会った俺達だが、家内は偶然にも山口県の田舎の高校の2年下の
 女性だよ、貧しい農家で当時の栄養不良で父君は早く亡くなり母親も後を追うように
 彼女は一人ぼっちで神戸、大阪、東京と一人で必死で生きてきたんだ」

「そうでしたか、奥様が田舎の出身にはとても見えませんけど横浜の貴婦人って感じですよ」
「最後まで苦労をかけ続けて俺は死ぬんだ、何という無責任な生き方だったかと
 悔やんでも悔やみきれんのだよ」

「相談役、私の人生も人に自慢できるものは何もありません、どうかご自分を責めないで
 下さい、お体にさわりますから」

「ところで相談役は裕次郎の歌では何が好きですか」
「そうだな、初期の頃の淋しさがある彼の歌が好きだったな、ちょうど井上揚水のような
 寂寥感が溢れる初期の裕次郎が俺のマスコットだったよ、
 初期の頃の歌は全部何でも好きだよ、俺は待ってるぜから紅いハンカチまで
 凄い勢いで想い出が溢れてくるよ、悔しいなあ年を取るって事は」

「♪君も覚えているだろう

  別れ口笛 わかれ船

  ふたりの幸福を 祈って旅に出た

  やさしい兄貴が 呼ぶような

  ああ 口笛が聞こえる 港町」

「♪二度と泣いたりしないね

  君がなくときゃ 俺も泣く

  ふたつの影法師を 一つに重ねたら

  月夜の潮路の 向うから

  ああ 口笛が聞こえる 港町」

「♪涙こらえて ふりむく

  君の笑窪の いじらしさ

  想い出桟橋の 夜霧に濡れながら

  兄貴の噂を するたびに

  ああ 口笛が聞こえる 港町」

相談役は声にならない声でこの歌を口ずさんでいたようだった、口笛が聞こえる港町、
何か想い出があるのだろうな。

「〇君はどうだ?」

「私はある想い出があって、一人ぼっちの青春、これ一本槍です」

「女性か?」

「いいえ、私と同年代のある男がいつもこれを歌っていました、
 いつしか私もこの歌を歌うようになりました、想い出は死んだ友人です」

港に陽が落ちてきた、鴎の影が黒く見える、

病院を後にしながら、「あの人が亡くなったらどうしよう」

そんな思い一杯で坂道を下って地下鉄の入り口に向う、
振り返ると中華街がけばけばしく雑踏の賑わいを見せている、

私はまだ中華街には入った事は無い、嫌いでもないけど、興味は全く無かった。

相談役と奥様が山口県の岩徳線という田舎で知り合っていたとは、
まるで推理小説に出会ったような気がした、

帰りの列車の背もたれを倒してビールを一気に飲んだ、窓に街の灯が飛んで行く、

すがる切ない瞳のような 星が飛ぶ飛ぶ 哀愁列車か・・淋しいないつも帰りは。
 

三四郎外伝「泣かせるぜ」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 3月18日(土)21時58分1秒
返信・引用 編集済
  人には誰でも華の時代がある、誰にでも滾る青春の日々がある、
呼んでも帰らぬ遠い日々を泣いても泣いても人生は山から谷に落ちて行く。

天寿を全うできる人はそれはそれで幸せだろうが、秀吉の例を見るまでも無く
人は遣り残した事を一杯抱えたままで寝たきりになり骨になる。

若き日々を思うことは自然な事だ、何も未練や後悔だけでは無い、
人が最も美しくしなやかであった一時期を思うのは自然な事だ。

暖かかった昨日、
相談役を見舞いにうららかな横浜の街を歩いた、見舞いの果物籠を手に下げて
いつもの道を病院へ坂道を登って行く、

高校三年生の時代から新入社員だった時代まで私は他のみんなと平等に青春の
空気を一杯に吸って誰でもが通る同じ道を歩いて来た、

いま見る横浜の港も神戸の港も同じ潮の匂いを持って私の心を洗ってくれる、
海の匂いがいつも私をしなやかな時代に誘ってくれる。

疎遠になった数々の友、
いまどうしているだろうか、成功して幸せな家庭と孫に囲まれている人もいるだろう、
反対に経済的に苦しんでいる人も、病気を抱えて苦しんでいる人も、

みんなスタートは同じだった、
人の幸不幸はちょっとした線路の切り違えだ、大きな差異は無い、

人の良かった友、脇の甘かった人、転んで人生を短く生きた人、
みんな間違いなく同じ条件の下でスタートを切った、ひとつひとつを私が確かに
目撃している。

病院の白い建物が見えてきた、
相談役の回復は難しいかも知れない、人は寝込んだらほぼそれきりになる
例が多い。

もし相談役に何かがあったら、私はどうしようか、
早紀子と離婚してふるさとに帰ろうか。

帰ってもなあ、
昔なじみの友はみんな老いて先に旅立ったものも多い、
私はもう故郷の町では異邦人に過ぎない、故郷の根っ子がもう無いのだ。

「♪はなさない もうはなさない

  すがりつく あの娘の

  長い睫毛が 濡れている

  それほどまでに 愛してくれる

  初心なあの娘の 純情が

  ああ 俺を泣かせるぜ」

「♪貴方だけ ただ貴方だけ

  なにもかも 貴方に

  云って恥らう 白い顔

  夜更けの星が 見つめていても

  抱いてやりたい いじらしさ

  ああ 俺を泣かせるぜ」

病院の坂道を上がりながらお見舞いの果物籠を重いと感じる私の体、
若いカップルにどんどん追い越されていく、

見上げる病院の白さが浜風を受けて悲しい、

白鳥は悲しくないか と問いかけた白鳥の先生の歌声が耳に残っている、
海の藍にも 空の青にも 染まず漂ふ・・

つまらぬ感傷を振り払って自動ドアの中に入って
見舞いの記帳をすませる。

数台のエレベーターが遇数階と奇数階に交互にずーっと並んでいる、
いろんな色のナース服を着た若い声が弾むように廊下を行きかう、

あんな娘と何回恋をして、何年季節を走りすぎたのか、

やっぱり「泣かせるぜ」と勢いよく歩を進める、ひと時のバックトウザパーストだ、

病室に入ったら嫁いだ娘さんと奥様が慌てて立ち上がって私に一礼された、
「突然お邪魔して申し訳ございません、どうしても相談役のお顔を拝見したくて
 思いつきで来てしまいました」

「いいえ、こちらこそ〇さんのお気持ちは痛いほどわかります、
 有り難い事だと主人ともいつも〇さんの事を話しております、本当にありがとうございます」

二人は遠慮して席を外そうとした、
「いいえ、奥様、お嬢様、どうぞこのままで、この果物を剥いてお父様に食べさせて
 上げてください、奥様どうぞお掛け下さい」

相談役が私に気がついて「おう、来てくれたのか」と振り向いて笑顔を向けられた、
奥様が気をきかせて窓のカーテンを広く開けてくださった。

「もう春ですよ、まもなく桜が咲きます、会社の前のお堀の桜ももうちらほら
 咲き始めています、靖国の桜もまもなくでしょう」

「うん、そうだな、桜はいいな、日本人を意識するよ、
 今年が桜も見納めかも知れんがな」

「気の弱い事を言わないで下さい、奥様を京都に同伴されると約束して
 くれましたよね、男は約束を守らなくちゃ、今年行けなくても来年の春の京都には
 どうぞお二人の旅を、信じてください」

「この病室から見える景色にも飽きたよ」

「そんな事言わないで下さい、この場所は高台でいい場所です、
 横浜のシンボルがほら真っ直ぐ見えるじゃないですか」

「ありがとうな、〇君」

「♪帰さない もう帰さない

  いつまでも このまま

  胸に抱かれて いたいのに

  無情の風が 別れの時刻を

  告げるせつない 夜の道

  ああ 俺を泣かせるぜ」


別れなんか、あってたまるか、私は相談役の顔をじっと見つめた、

この歌が流れていた頃は私も相談役も年は違っても
お互いの道で肩で風を切っていた。

そしてこの日に奥様から相談役の命はあと数ヶ月だろうと担当医師から告げられた事を
私の耳に涙ながらに打ち明けられた。

私は黙って奥様の震える肩を見ながら涙がみるみる溢れて自分の膝に落ちるのを
止められなかった、言葉は出なかった。

「ああ俺を 泣かせるぜ」
 

三四郎外伝「湖愁の思い出」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 3月16日(木)20時58分57秒
返信・引用 編集済
  私はその頃まだ小学生だった、
ラジオから「湖愁」という歌が流れていた。

当時は裕次郎の全盛時代で「湖愁」はそれほど記憶に残ってはいなかった、
10年たって私は柳行李一つを担いで四国から連絡線に乗り淡路島経由で
大阪行きと神戸行きとに分かれていた船をなぜか神戸行きに乗りかえた、

東京には鈍行で一昼夜かけて着いた、下宿も決まっていない、
学生課で紹介されて流れ着いたのが東京は市ヶ谷だった、新宿区という住所に
私は少しながら興奮気味だったのを覚えている。

大学にはアルバイトで生活と学費の捻出が忙しくて滅多に顔を出さなかった、
体育と英語は出欠をとられて卒業単位に響くので無理をして出席した、

その頃、社長の倉庫が改装の為にに仕事が出来なくなった、
学生課を通じて新宿のデパートの梱包と包装のアルバイトが見付かった。

授業の合間を縫って、
私は約一ヶ月の間新宿のかなり巨大なデパートの広い一室の中でベテランの
女店員に教わりながら荷物を担ぎ上げ仕向け先別にくたくたになるまで閉鎖された
一室で働いた、その時には20人くらいの学生アルバイトがいた、

私はいつも一人だった、
食事も一人で隅に坐って食べた、他のみんなはそれぞれが仲良くわいわい
若者らしくはしゃいでいた、中には女店員と仲良くなったものもいた。

私はタバコは高校2年生から吸っていた、3年生の頃は教室の中で先生が来るまで
平気でタバコを吹かしていた、通学時にも学校の門を出る時からタバコをくわえて
がしゃがしゃとボロ自転車をこいでいた。

デパートのアルバイトは10日ばかり経った食事が済んで隅に坐って私はタバコを
吹かしていた、いつも一番安かった「いこい」という茶色のパッケージに入った両切りの
タバコしか吸ったことは無かった。

一人の年上に見える学生が私に近づいてきて「君、君はまだ未成年じゃないのか」
と言って笑った。私は「はあ」と言ってその男を見上げた、彼は「いいか」と聞いて
私の側に坐った、

みんなが東京弁を話すのに彼は強い関西、大阪に近い関西弁を使っていた、
大学は私の大学とはいつも野球で敵対していた有名校だった、彼は「4回生」だと
名乗った、私は自分も関西弁に近い田舎言葉だったので親近感を覚えて、

「今年入りました新入生です、名前は〇と言います」と頭を下げた、

「まあ、こんなところで先輩も後輩もあらへん、楽に付き合ってや」
そう言って、彼は私に取っては高級品だった「ハイライト」を薦めてくれた、

彼はジャズが好きで大学の軽音楽部に入っていると言った、
「あの、自分はずっとアルバイトで部活はしてません」と正直に言ったら、
「まあええがな、俺もな、二親がおらんよって、殆んどバイト暮らしや、
 一回下宿に遊びにこいや」3つ年上の彼とはバイト期間を通じて仲良くしてもらった。

一二度彼の下宿に遊びに行った、ウイスキーを出されて手っ取り早く酔っ払った、

その男は歌も上手かったしギターも上手かった、私が彼のギターを弾くと、
「うまいやんか、ええ筋しとうで、本格的に練習したらええんちゃうか」

そう褒められた、

彼は良く一人で口笛を吹く人だった、とても澄み切ったいい口笛だった、
ポールアンカの曲とか、それから10年以上前に流行った松島アキラの「湖愁」
という歌を何かする時には決まってその曲を口笛で吹いていた。

月日は早く流れて、彼は卒業してある小さな食品会社に就職が決まった、
私達はまだ時々あっては笑いあっていろいろな事や夢を教えて貰った。

私が大学の3回生の時に母の容態が悪くなった、
私は急遽田舎に帰ろうと仕度をして母と姉に宛てて電報を打った、

お金が無かったので夜行の準急の切符を買った、
やはり神戸から四国へ連絡船で帰ろうと社長の許可を貰った、

その頃にはもう2回生の時の叔父の家の事件やその前の三四郎兄さんに対する
無謀な輸血もあった、私は死線をくぐりぬけて東京で少しは大人への階段を上っていた、

帰る3-4日前にあの口笛の先輩から電話あった、
彼は会社を辞めて故郷の姫路に帰ることになったので今晩会わないかと電話口で言った。

私は「私も会いたいです、実は母が容態が悪くて」と4日後の準急で帰る旨伝えた、
「そうか、じゃ俺もおんなじ準急にしよう、一緒に帰ろうや」そう言った。

その夜、彼に誘われて屋台で飲んで、小さなスナックに連れて行ってくれた、
彼はその店で「湖愁」を歌った、歌手のように上手かった。

「どうしてこの歌が好きなんですか」
「何でやろうな、いろんな事があったさかいな」ぼつんと彼が言った。

準急に二人並んでトリスウイスキーを飲みながら弁当を買い、のんびりした速度の
列車で一路東京から関西へそして列車は九州へ向う、

「♪悲しい恋の なきがらは

  そっと流そう 泣かないで

  かわいあの娘よ さようなら

  たそがれ迫る 湖の

  水に浮かべる 木の葉舟」

「♪ひとりの旅の 淋しさは

  知っていたのさ 始めから

  はぐれ小鳩か 白樺の

  梢に一羽 ほろほろと

  泣いて涙で 誰を呼ぶ」

「♪夕星ひとつ またひとつ

  ぬれた瞳を しのばせる

  想いだすまい 嘆くまい

  東京は遠い あの峰を

  越えてはるかな 空のはて」

「先輩、なんで会社を辞めて帰るのですか」
「お父がな、いらんことに手ーだして、わしが土方でもやって
 稼がんと母親代わりに育ててくれた叔母の手にゃ負えんのじゃ、まあしゃーないが」

「そうでしたか」
「〇君、一回姫路に来たらええんや、東京ばっかりがええとこちゃうで」
「そうですね、私も学校も卒業できるかどうかもわからんですよ」

翌朝姫路に着いた、彼はナップザックを担いで「ほなな、上を向いて歩けよ、ええな、
一回姫路に来たらええんや、きっとやで」

彼は手帳を破って電話番号を書いて私にくれた、
「東京が遠くなりましたね」
「そや、俺の子供の頃から東京は遠いところやった、これからは
 大学で学んだことなんか、なーんも役にたたへん、気張れよ」

彼は列車の棚にあった彼の愛用のギターを取って、ケースごと背負って
一度背を向けて、また引き返してきた。

「このギター、もろうてくれや、大事にしてや」
「こんな大事なもの先輩が持っていってください」

「ええんや、ギターはまた買えるがな、〇君はここにおる一人だけやしな
 どっちが大事か、君や」

姫路は5分停車だった、
彼はずっとホームに立っていた、逞しくて男だなあと思うような魅力があった。

停車中に彼は弁当とお茶を買ってきてくれた、例の歌の口笛を吹きながら、

これが別れだった。

私が神戸に赴任して純子に聞きながら姫路を訪ねたことがあった、

お母さんのような人が出てきた、彼の言った母親代わりの叔母であろう。

「猛はな、いろいろあってな、もうここにはおらへんのよ、かわいそうな子や」
「どこに行ったのですか」
「うちらにもわからへんのや、そんな子やなかったのに、堅気やない仕事に入りよった」

「会いたいのですが、どこにおられるのか解りませんか」
「さあな、うちらにはもう手ーが届かんのや、悪いなあ、兄ちゃん、
 良かったら名前だけでも聞いてええやろうか」

私は姓名と電話番号と住所を書いて疲れたような女性に渡した、「もし連絡がついたら
電話を欲しいと言って下さい、昔お世話になったものです」

引き返しかけて、あの人の生活が苦しそうに見えたので、
私の持っていた有り金と純子にも持ちがね全部借りて、封筒を買ってそれに入れて
走った。

「猛さんのお母さんと呼ばしてもらいます、これ、猛さんに借りてたものです、申し訳ありませんが、
 連絡がついたらこれを、お母さんが何かの足しにしてもらってもいいです」

お母さんは小さな家の玄関外に出て、頭の手ぬぐいを外して私にずっと頭を
下げていた。

それからの私は何か作業をする時には
いつも「湖愁」の曲を口笛で吹く癖がついた。

人の人生って短すぎる、
今日は映画俳優の渡瀬恒彦さんが死去されたというニュースをTVで知った、

あの姫路の彼と面影や雰囲気が似ている渡瀬さんは好きだった俳優だ、
まだ72歳という、どうなっているんだ、この世の中は、

もうあの名作「仁義無き戦い」に出ていた人たちは櫛の歯がかけるように
みんな旅立っていかれた。

「仁義無き戦い」の第三作、代理戦争の中で偶然にも「猛」という役名で
渡瀬恒彦さんが出ていた事を思いだした。

極道になると決めた日に広能組長(菅原文太)に頭を殴られ、

「挨拶して送らんかい」と怒鳴られて、

慌てて道路に出て、立ち去り行く老いた母親と学校の教師に向って、

「母ちゃんよい」と呼びかけ、深々と頭を下げ、向うで母親が泣き崩れるシーンが
あった、被さるようにテーマ曲の乾いた曲が流れた、印象的なシーンだった。

地球の上で塵のような人間の一生、時間が無情にも早く過ぎる、
たった72歳で死亡するような一生ならどうやって上を向いて頑張ればいいのか。

想い出は遠く、夕星ひとつも遠い。







 

三四郎外伝「ごめんね」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 2月28日(火)21時02分27秒
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  人間は晩節になると心が柔かくなるようだ、
振り返っては若き日々を思い胸の中で手を合わせて
「ごめんね」という言葉がこみ上げてくる。

目蓋を過る女の涙と優しさにただ「ごめんね」を繰り返すだけの
私をまた空っ風が揺さぶる。

薄い茶色のセーターで片方に傾くような小走りで私の降りるタクシーに駆け寄って来た人、
困ったことがあると半泣きの顔を傾けて私を見上げた人。

「ごめんね」

競馬に連れて行ったら女子トイレに買ったばかりの財布を忘れたと
泣きじゃくった人、

動物園でグルグル速いスピードで水中を泳ぐかわうそに
餌と一緒にハンドバックも投げてしまって泣いた人。

「♪ごめんね ごめんね

  幸福あげずに

  ごめんね ごめんね

  君を泣かせて

  俺も 俺も 生命を賭けてはいるけど

  花は咲かない 花は咲かない

  ほんとうに ごめんね」

「♪馬鹿だな 馬鹿だな

  俺は生まれつき

  馬鹿だよ 馬鹿だよ

  夢をこわして

  嘘が 嘘が 云えずに遠まわりして

  苦労かけるね 苦労かけるね

  ほんとうに ごめんね」

お金が無くて、背中を丸めてネクタイの仕上げや箸を袋に入れる内職を
黙って黙って続けていた人。

田舎に帰る私に弁当をつめながら後ろ向きで肩を震わせて
泣いていた人。

年を取ると楽しかった事よりも反省と後悔が多くなる
って本当なのかな、何かの本で読んだ事がある。

今日もまた入院中の相談役を見舞った、

「お元気そうですね、今日は風が強いですがそろそろ春の
 感じですよ」

「そうか、君の方はどうなんだ、会社は」

「横ばいですね、もう10年私が若かったらドライブかけるのですが」

「人はみんなそう思いながら年を取って行くもんだよ、
 ああ、こないだね、君のところのS君とここでしばらく話したよ」

「どうですか、彼は」

「君のあの頃のような迫ってくる迫力は無いな、真面目そうだけど
 面白みは無い、会社さえ順調なら彼は守りは信用できるかも知れんが」

「社長になれそうですか」

「彼に運があるかどうかだが、そこまでは解らん」

「まあ、私の頃と比べるとハングリーじゃ無いし、世代が違うから
 そう感じられるのだと思いますよ」

「君は彼の事を気に入っているのか」

「嫌いじゃありませんが、正直言って後釜がいないのです」

「君は淋しくないか、現役を去るのは」

「淋しいですよ、会社も人生も現役を去るのは」

「俺もなあ」

「ん? 何ですか?」

「病気を抱えてこの年だよ、遣り残した事が一杯ある」

「どうしました?」

「いや、女房の事だよ、旅行一つつれて行った事が無い、
 毎晩帰宅が遅くて度々外泊した、仕事人間そのものだった」

「これから奥様孝行したら、いいじゃありませんか」

「女房を粗末にしたよ、俺は間違っていた。あの時代に
 一人ぼっちでさぞ淋しい思いをさせたろうと、今更ながら泣けてくる」

「奥様はどこかのお嬢様でしょう」

「いいや、その正反対だよ、高卒で俺が飲んだくれた行きつけのバーで
 出会った女だよ」

「・・・」

「女房は何一つ愚痴一つこぼさずに、小さな社宅でじっと毎晩俺の帰りを
 待っていた、日曜は決まってゴルフに出かけた、新婚旅行も行ってないんだよ」

「まさか、物産のエリートが、そんな事信じられませんよ」

「いや、本当の話だ、これまで君には黙っていたが、俺は女房に苦労ばかりしか
 プレゼントしていないんだよ」

「でも金銭的には何もご苦労は無かったのじゃないですか」

「それが、違うんだ、俺は仕事が好きだった、会社が好きだった、
 退職金も担保にしてギャンブルにつぎ込んだ男のなれの果てがこの俺だよ」

「ギャンブル?相談役が」

「海外でカジノだよ、君には言わなかったが、良く首にならなかったもんだよ」

「まさか、想像できませんね、私ならともかく、相談役が」

「本当の話だ、俺は決して褒められた男じゃないよ、女房も年取って
 こないだ、女房が帰った後で俺は泣いたよ、迷惑をかけた、子供とのふれあいも
 少なくて、俺は間違っていた」

「相談役、男はみんな同じ台詞を吐くものですね、私もストーリーは違っても
 いつも心の中でごめんねと言っていますよ」

「男は大なり小なり女を悲しませるものかも知れんな、決まり文句の言い訳だがな」

「相談役、退院なさったら奥様とご一緒に少し豪華な旅行でもなさったらいかがですか、
 会社にも相談役の株式配当金を預かっておりますので」

「退院できるかなあ」

「何を仰るのですか、それこそ奥様を泣かせることになりますよ、退院できると
 信じて下さい、この間奥様にお会いした時なんだかとても淋しそうな様子でした、
 ご病気は本当のところはどうなのですか、私が先生に聞いてもよろしいですか」

「いや、頼むから医師には聞かないでくれ、俺も知りたくないのだ」

「冗談じゃないですよ、もしもの事があったら、私もどうすればいいのですか」

「いや、君が来てくれるので俺も力がつくよ、君の顔を見るだけで俺の若い頃を
 思い出す、女房も君を若い頃から知っているから懐かしいのだろうな、病状は聞かないと
 約束してくれ」

「・・・」

「♪ごめんね ごめんね

  君の寝顔に

  ごめんね ごめんね

  君の心に

  夜の 夜の 酒場でつらいだろうな

  酒にやつれて 酒にやつれて

  ほんとうに ごめんね」

そうか、人生に物語ありだなあ、知らなかった、一流会社のエリートの相談役が
酒場の女性と一緒になっていたのか、何だか自分の影を踏んだような気がした。

横浜から東京へ帰る列車の中で、小さな声で歌った、

「♪ごめんね ごめんね

  君の寝顔に

  ごめんね ごめんね

  君の心に・・・」








 

三四郎外伝「三味線マドロス」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 2月17日(金)18時10分44秒
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  先日松方弘樹さんの対談を某BS放送で偶然見かけた、
司会者のアナウンサーが一人と松方さんの二人で一時間くらいの
対談だった。

松方さんは対談中もひっきりなしに水割りのようなものを口にしていた、
収録が2015年の11月としてあったので、ちょうど亡くなる一年前の
収録だったが、信じられないくらいにお元気ではちきれるような精気がみなぎる
いつもの松方さんだった。

殺陣のやり方や刀の振りかたを身振り手振りで話ながら次第に時代劇東映が
任侠ものから実録路線に切り替わっていく時代の流れを淡々と話ていた。

松竹から菅原文太が移籍しくる、日活から小林旭が移籍してくる、
その間に古参の悪役連中、ビラニア軍団と呼ばれた面々との話や、
仁義なき戦いの撮影中は監督以下が毎晩のように京都の町に飲みに繰り出した話、

司会者が最後に「これからの抱負と目標は何でしょうか」と話を向けると、
松方氏はちょっと上を見るような目つきで、「そうですね」と間をおいて、

「健康です、健康が一番です、趣味の釣りも続けたいし、
 役柄としたら年齢的に忠臣蔵を例に取るともう大石力や大石内蔵助はできませんので
 吉良上野介の役をやってみたいですね、身体には気をつけています、
 今、人間ドックを終えたばかりですが、まだ結果は出ていませんが」

と快活に笑っていた。

その翌年の2月に例の病気が発見され即座に入院、梅宮辰夫さんの話によると
5月、7月、9月と見舞いに行った、5月には私と話をして早く良くなってくれと
分かれたが、9月にはもう私を認識できなくなっていたと話された。

収録のちょうと1年後だ、2016年の12月に松方弘樹さんは逝去された
74歳だったそうだ。

今日の朝のニュースで作曲家の船村徹氏が心不全の為に亡くなったと報じている、
84歳だと報道された。

人間の寿命ってやはり75歳くらいから84歳くらいで終わるのかとつくづく思った、
確かにそれ以上長生きをしても寝たきりでは人間的な活動は難しいだろう。

先週から今週にかけて知人の葬儀で九州に行っていた、
人は死ぬんだとまた思い知らされた、広々として太陽の燦燦と当たる九州の
南国の土地がなぜか私にはとても思い出深いものに感じられた、

男が先に逝くほうがいい、連れ合いの妻に先立たれると男はもう何歳でも
精神的に崩壊する、女性は一人で生きていくが男性は妻が旅立つとすぐに後を
追うように力が尽きる生き物だ。

船村徹氏は若くして頭角を現し、20代後半にはもう大御所として扱われる
ようなヒットメーカーだった、育てた歌手も数知れない、

良く引き合いに出される遠藤実氏と船村氏は持ち味が違う、2人とも人間味に厚い
ほのぼのとした人だけど、曲自体のムードがどこか違う、

誰かの言葉だが「良い歌は昭和時代にみんな出尽くした、才能のある歌手も
       みんな日本中のエキスが全部出尽くした感がある」と述べておられる。

船村氏の原点は親友の高野公男氏との友情と、高野氏の書いた歌詞に曲をつける
というところから出発している、

「別れの一本杉」「あの娘の泣いている波止場」「男の友情」など、
そして隠れた名曲にやはり高野公男作詞、船村徹作曲の「三味線マドロス」がある。

現代の曲からすると間違いなくオールデイズに分類されるが、何か懐かしい曲だ、

私がいつもyoutubeなどで拝聴する当時の歌謡曲と特に女性歌手が何と美しい声と
美しい顔をしているのかと感動的にすら思える。

園マリも歌も顔も愛くるしかった、キャンデーズもピンクレデイも綺麗だった、
松尾和子の色っぽさも、伊東ゆかりの抜群の音感も、小柳ルミ子の宝塚で鍛えた
全身から溢れるムードも、今の時代のみんな同じ顔をしたタレントさんよりも
ずっとみんな個性的だった。

真野尚子という歌手もいた、松尾和子の後を次いでマヒナスターズのボーカルに
入った人だが、この人はシャンソン出身らしいが、歌は上手くて色っぽい、

不思議に思うのは、現代の人気俳優の男性も女性も突出した爆発性が感じられない
事だ、それに比べてあの時代の映画俳優はそこら中を圧倒するオーラがあった、

石原裕次郎、吉永小百合、菅原文太、高倉健、鶴田浩二、女はどこまでも可憐で、
男はどこまでも男らしかった、日本が戦争を体験した国だったからはっきりと男女の役割が
分かれて、男と女の線引きが余韻で続いていたからだろうか。

アメリカの俳優を見ると、ちょうど日本の最盛期の映画スターと同じように男性は
どこまでも男らしく、女性はどこまでも妖艶で魅力的だ、

今の日本のスターは、道ですれ違ってもよほどのフアンで無い限り気がつかないだろう、
そんな平凡な男女がスターと呼ばれている、

これを考えると、やっぱり軍隊がある事が男女の線引きをしてくれているような気もする、
英国、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリアの男性俳優はオーラと男らしさの
エキスが溢れている、引き換え女はどこまでも圧倒的に女である、

日本も軍隊を持つべきだとここからも感じる、余談だが。

「♪波の小唄に 三味線ひけば

  しゃれた奴だと 仲間が笑う

  陸が恋しさに ついつい負けて

  呼べば未練が 呼べば未練が

  エーエー、 夜霧にとけたよ」

「♪青い月夜にゃ 涙で弾いた

  破れ三味線 あの娘の形見

  情けあったなら 男の胸を

  かえる鴎よ かえる鴎よ

  エーエー 伝えておくれよ」

旧社長の会社の合成樹脂部門を引き継いで私は奮闘していた、
次第に事業も大きくなり部屋が手狭になったので

三つ上の階の大分大きな部屋を借りて引っ越した、
社員も少しずつ増えて私も多忙になって来た、

その頃秘書を募集した、

5人ほど応募があった、その内の一人が知恵子、もう一人が早紀子だった。

私は早紀子が一番いい、仕事が出来ると直感した、
彼女の履歴書を見るとその年の新卒で東大卒であった、卒業証明書と
学業証明書が添えてあった。

面接はお堀の見える私の小さな部屋で行なった、
「あのー、こんな小さな会社ですけど、どうして貴女のような経歴の方が
 応募してくださったのですか」

「どうしてって、この会社が募集されていたからです」
「いや、それはそうでしょうけど、貴女なら銀行でも大商社でもどこでも
 学校の推薦だけで通るでしょう、どうしてですか」

「卒業してから働くつもりはなくて、母の手伝い、家事手伝いをしていました、
 今度、少し退屈になったので、新聞を見ていましたら、割と大きなスペースで
 この会社が募集されていました、若い会社です、若さだけが取り得の会社です
 という広告が正直そうだと思わず笑いました、それで・・」

「はあ、そうですか、実は私が社長なんですけど、よろしいでしょうか」
「あら、随分お若いのですね、まだ30歳前でしょう」

「ええ、27歳ですが、もうすぐおっさんになります」
「面白い方ね、それで秘書って何をすればいいのですか」

「第一に私の公私を含めた書類処理と、大きなお客さまには一緒に行って
 いただいて、フォローをして欲しいのです、相手の人にも秘書がいて
 こちらも秘書がいないと細かい事がわからないので、それで探しております」

「社長さん」
「えっ?」
「失礼ですけど、ご結婚はなさっていますか」

「いいえ、まだですけどそれが何か」
「危なくないかしら」
「随分失礼ですね貴女は」
「そうですか、そうは思いませんけど」

「とにかく、こんな会社です、社員はみんな私と同年代と一人だけ技術に
 40代の人がいます、あなたは経理や英語での手紙やテレックスは大丈夫ですか」
「テレックスは経験ありませんけど、基本はタイプでしょう、大丈夫だと思います」

「私としては貴女に来ていただきたいのですが、いかがでしょうか、給料のご相談も
 したいのですが、週休二日で社会保険は完備しております」

彼女はそれには何の反応も示さなかった、

「一応、家で母にも相談して見ます、社長さんのお名刺をいただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、これが名刺です、電話番号は代表と私への直通が書いてあります」

「それでは失礼致します」
「あのー、何か質問は無いのですか」
「別にありません」
「それでいつ頃お返事をいただけるでしょうか」
「あ、それはすぐにお返事申し上げます」

こうして別れたが、一週間経っても二週間になっても何の返事もなかった、
しびれを切らして、私が彼女の実家に電話してみた。

電話に出たのは母親のようだった、馬鹿丁寧な言葉遣いで、
「さようでこざいますか、それはご迷惑をおかけいたしました、生憎早紀子は
 お友達と出かけておりますので、帰りましたら伝えておきます、お名前をもう一度
 お願い申します」

「あ、私は〇と申します、先週お嬢さんに面接に来ていただいた会社のものです、
 電話番号はxxxです、ご連絡をお待ちしております」
「まあそうでございますか、大変なご迷惑をかけて、あの子は何を考えているのでしょうね」

「いえ、迷惑という事ではありませんが、ちょっと急ぎますのでよろしくお願いします」

ふー、驚いた、大変な上流家庭だ、もううちの面接なんか忘れているんじゃないだろうな、

そんな時に知恵子が面接に来た、この女性も東大卒だった、
この子は即決でOKした、私がしつこくいろいろ聞いたら、

「実は大手の電機メーカーに就職が内定しているののですが、大きなところは面倒くさいので
 このような小型会社の方が気楽かなと思いました、私は御社さえ良ければこちらで
 働かせていただきたいと思います、ただお給料は〇〇円以上をお願いします」

早紀子は依然として音信普通だ、私は経理という名目で知恵子を採用した、

そうして、F君が商社を辞めて私に合流してくれる事が決まった、

物産の課長代理が正課長に、そして事業部長に昇進していった、Dさんは部長から
取締役に、会社は香港とシンガポールに最初の海外拠点を設けた、

私の海外への出張が増えた、

そうして会社は波に乗って大きな利益を出し始めた、

私は紙袋に出来るだけのお金を入れて、デパートの前の通りで三四郎兄さんに会った、
車の窓が下がり、「〇、どうした、何の話じゃ」

「ちょっと車に乗ってもいいですか」

「入れ」

若い士がさっと降りてドアをあけてくれた、私は三四郎兄さんの横に坐って、
「兄さん、あの会社でやっと利益が出ました、これは少ないですが、前の社長と
 兄さんに後押ししていただいたお陰です、どうか気持ちとして受け取って下さい」

三四郎兄さんは紙袋の覆いを取ってチラッと中を見た、

「大層あるじゃないか、〇、よう気張ったな、気持ちだけは貰っておく、
 これは会社の何かに使え、持って帰れ」

「何でですか、何で受け取ってくれんのですか」

「〇よ、おめえ、わしとの関係まで金で買おうと思ってるのか、
 おめえ自分が今わしに向って何をやっているのか解っているのか」

「何の意味ですか」

「これをやったらおめえの会社はフロントになる、いずれ目をつけられる、
 フロントと認定されたらいろんな許可とか認定が全部取り消されるぞ、

 おめえには堅気で生きろとわしが言うたが、おめえには解ってねえようだな」

「でもこれは不正な金じゃありませんので」

「フロント認定は金の出所は関係ねえんだ、わしの言うた通りするかせんか、
 おめえ、そんな腰の弱い事でどうするんじゃ、馬鹿もんが」

「解りました」

「おう、解ったら今日は帰れ、ええか、何かトラブルがあったら言うて来い、
 鉄か昇にでも捌きをさせる、ええな、気張れよ、ケツ割るんじゃねえぞ
 金はおめえが貯めろ」

こうして私は将来への夢を膨らましていった、

早紀子がひょっこりやってきた、「考えて見ました、こちらでお願いします」

「♪なれぬ手つきで しみじみ聞かしゃ

  荒れたこころも ほろりと泣ける

  無事か達者でか 淋しいえくぼ

  つらい思いも つらい思いも

  エーエー しばしのことだよ」

 

三四郎外伝「蛍籠」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 2月 9日(木)01時18分39秒
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  皆さんは蛍籠というものをご存知でしょうか、

イ草で編んだ虫籠です、

私達の田舎ではこれと言った遊びも玩具も無かったので
幼い頃から虫篭、蛍籠を自分で編んで、

蛍を入れて夜通し蚊帳の中からじーっと淡い光を見つめていたものです、
きっと東京や大阪の都会の子供はご存じないと思いますが。

先の「お祭りの夜」でお話した私の初恋の女子生徒ですが、
卒業式の日に向うから私に「あ、あのー、私と付き合ってください」と
下駄箱の前で真っ赤になって打ち明けられた、この話も前に書きました。

あれっきりあの女子生徒は京都の大学へ、私は別の目的で東京へ、
ずっと逢わずずっと便りも聞かずに、いいおっさんになった時の同窓会で
出会いました、もうお子さんが二人もあると聞きました。

私達の学校は近くに海軍の基地があった影響でしょうか、
卒業式の日には帽子を投げ、胸の学生服のボタンをひとつちぎって好きな女子生徒に
手渡すという習慣がありました、

私の学生服はボタンが全部揃ったままでした、ちぎって渡す相手がいなかったのです、

それから神戸で純子に逢い、女とはこんな身体をしたこんな生き物だと教えられました、

高校時代には母の仕事の手伝いで女性と触れ合う事も無く、女とはどんなものなのか、
全く知りませんでした、中学生の頃までは教室で一緒にいるだけで子供が生まれるものだと
本気で信じていました、

その後、薄ぼんやりと男と女の行為がある事を知りました、だけど女の体があのように
なっていて、そこに自分のものを挿入する等は全く想像すらも出来ませんでした、

同じ高校でも、裕福で発達家の男子や女子は一人前に付き合って、
性の行為をしていると、教室で誰かに聞きました、

私は一端の悪で通っていましたので、友達はみんな私には女なんか山ほど経験が
あるのだろうと、そんな風に思われていました、私も皮肉な笑いで、「まあな・・」と
格好をつけていましたが、

純子に手取り足取り、ここがこうなっているんや、ここにこうして貴方のこれを入れるんやで・・、
そや、入れみ、そーっとやで、そこはお尻、その上のここや、

こんな風になビシャビシャに濡れている
のはな、女が興奮して男を受け入れる用意が出来たって事や、わかったな。、

汚い事なんかあらへんのよ、そうや、そこを舐めんのや、そうや、上手いで・・

うちもあんたのものを舐めたげる、眼ー瞑ってじっとしてや、ええか、ほら、
目を開けてうちの口を見てみー、ほらこないな事をするんや、

両方が濡れてきたらな、ほれこうして入れるんや、アカン、もうイってしもうたんか!
もう一回や、ええか、男はな、女がイクまでイッたらアカンのや、よう覚えとき。

そうや、今度はうちが上に乗るで、下から突いて、そやそや、ええ気持ちや、
あんたもええか、ええ気持ちか、男と女はな、こないして愛し合うんや、

よう見てみー、うちのここを、ここが、xxここがxx、そうや、ここを舐めるんや、
うちがあんたを一人前の男に仕込んだるさかい、

今日からは自分でしごいたらアカンで、わかったな、どんだけ出るか、
うちが毎回調べるさかい、浮気したらすぐわかるんや、浮気したらほんまに殺すで、ええな。

こうして私は女の体を知った、
当時はビニ本もまだ無くてビデオも無い、パソコンも無い、どこにも
そんな教材は売っていなかった。

神戸を離れて東京へ、そして社長に拾われて、社長が対立する誰かに殺られて、
いろんな事があって、私は千雪を知り、昇さんと物凄く親しくなった。

この前「シーマ」の話をしましたが、
ちょうど、昇さんがY組系で一家を構え、xx企画という看板の事務所を出した頃だった。、

ある日、私は昇さんの「シーマ」を運転して三四郎さんの本部へ向った、
外で待つように言われて、車の運転席で煙草をくわえてぼんやりしていた、
退屈だからラジオをかけた。

昇さんが出てきて、若い士を二人連れて後ろの座席に坐った、

「どこへ車を向けますか」
「鉄っちゃんのところへやってくれ」

後ろの席で若い士の一人が鼻歌を歌った、

それが「ほたる籠」といういい歌だった、

私は必死で新宿のレコード店を回ってこの曲を探した、
やがてその曲は志賀勝という東映のヤクザ映画の名脇役の人が歌って
レコードを出した、

私は何回も何回もこの歌を繰り返して聴いた、
その曲の中には高校時代の初恋の浴衣の女子生徒がいた、そして神戸の純子も
この歌の中に浮かんできた。

「♪あれは十八 縁日で

  お前が買った 蛍籠

  我が身こがして 夏を乞う

  哀れにそっと 解き放ち

  一つ放せば するすると

  二つ放せば お前の頬を

  かすめて光る 恋だった

  ああ 恋だった」

「♪おれが二十才か あの頃は

  かすかに光る 蛍籠

  浴衣のお前 抱き寄せて

  別れをそっと 打ちあけた

  一つ放せば するすると

  二つ放せば お前の頬を

  涙がつたう 恋だった

  ああ 恋だった」

失恋した高校時代の小柳ルミ子似の女子生徒の浴衣姿をこの歌に重ねて
思い切り歌った、

なんだか私がものにした女を捨てるような妙な気分だったが、この歌は好きだった、
そしてもう一人、神戸の純子がこの歌の中にいた。

新幹線で私が東京に発つ時に、純子は新大阪駅のホームで号泣した、
ホームに立ったままで純子は涙を拭きもせずに

声の聞こえない窓の外から
何か必死に私に向って口を動かしていた。

デッキに立って後ろを振り向いたがほんの一瞬純子が坐りこんだ姿が見えた、
それが永遠の別れだった。

二人とも蛍だったのだ、私に取っての蛍は女だった。

「♪お前どうして いるだろか

  遠くに見える 蛍籠

  時のたつまま 流されて

  故郷すらも 帰れない

  一つ放せば するすると

  二つ放せば お前の頬を

  かすめて光る 恋だった

  ああ 恋だった」

私は昇さんのシーマを運転しながら、この歌を良く歌った、

昇さんが「〇ちゃん、それ何の歌だ、何か寂しくねえか?」

そう言ってタバコに火をつけた。

「ほたる籠」っていう歌です、昇さんの田舎では蛍籠を作りませんでしたか」

「蛍籠か、俺は鑑別所をぐるぐる廻されたからな、蛍なんぞ見た事もねえよ
 つまんねえ、青春だったぜ、〇ちゃんは蛍籠を持ってどっかの女といい事でも
 したのか、それでその歌ばっかし歌うのか?」

「そういう訳でもありませんが、好きなのです、田舎を思い出して」

「そうかい、田舎を思って歌っているようには見えねえがよ、女を歌ってるような
 顔つきだぜ、図星だろうが」

「そう見えますか、女なんていませんよ」

「この野郎、陰でこそこそ付き合うなよ、俺がいい女かどうか見極めてやるからよ
 女が出来たら教えろよ」

「昇さんは女はどうなんですか」

「女か、俺らはな、女ってのはシノギの最初の道具よ」

「女がシノギですか」

「まあな」

「可哀想に」

「この野郎、ちゃんと前向いて運転しろ、何が可哀想なんだ、女ってのはそういう
 生き物なんだよ」

「そうですか」

「野郎、てめえ、俺の言ってる事に反対しているだろう、違うか」

「いいえ、私は田舎者ですから」

「ちぇ、めそめそすんなよ、その角を右に曲がれ」

「はい」

こうして私の心の中には「お祭りの夜」と「蛍籠」が交錯しながら二人の女を
思い出していた、

その習慣は千雪が出来て、それから高校時代の禁欲生活がどっと放たれるように
女遍歴が始まるまで続いた、

いま引退を考える年になって、相談役にも会った帰り道、

私はまた「蛍籠」と「お祭りの夜」の昔にするすると飛んでいた。
 

三四郎外伝「お祭りの夜」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 2月 7日(火)21時27分16秒
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  バブルの到来はまだちょっと先だった、
中森明菜、安全地帯、チェッカーズが断突で抜けていた、

井上揚水は自身も歌ったし、明菜の歌も沢山作った、
60年代、70年代から一気にJポップスというジャンルに突入していった、

車は「シーマ」という日参の車が飛ぶように売れた、
何という事もない車だったが、売れた原因は価格が国産車の中で突出して
高かったからだ、人々は価格の高いもの高いものへと雪崩を打って札束を
切った。

アジアの香港やシンガポール等でも日本の勢いはそこら中のビルを丸ごと
ホテルを丸ごと買い取り、香港では古くからあった大丸が家主との関係で
撤退の動きを見せる中、そごうが目抜きのコーズウエイベイに自社保有の
ビルにSOGOの看板を掲げた。

香港、シンガポールでは日本のデパートは三越、伊勢丹、松坂屋、そしてSOGO、老舗の大丸、
そこら中が日本の資本で溢れていた。

第一勧銀も富士銀行も現地銀行を傘下に治め勢いを増していた、
それに引き換え関西系の銀行の住友、大和、三和はそれほど奮わなかった、

財閥系の住友と第一勧銀、興銀、これらが後のバブルの主役になるのだが、そのさきがけは
東京で土地バブルを生み、不動産は値下がりしないものという神話に変わり、内需振興という
お題目の元に土地と地上げに大手銀行そのものが絡み、後にダミーの住専がたけのこのように
出没し日本勢はアメリカのロックフェラービルまで手を伸ばすほどの金が湧いてくるという
神話の神話を誰もが信じていた。

だが真っ先に大和が頓挫し銀行から消えた、財閥系では無いが芙蓉グループの主力銀行の富士も
お堅い第一勧銀、興銀もパンクした、土地は暴落し、第一勧銀、興銀が消えて富士も失墜し
2兆円とも言われる政府のお金が銀行再編に向けて投入された。

香港、シンガポールでもバタバタと日本資本の撤退が始まり、SOGOは一等地で相当の成績を
上げているにもかかわらず日本の不況で簡単に手を放した、現在でも現地資本が悠々とSOGOの
名前を残して隆盛を続けている、

日航ホテルも台湾系にわたりまたどこかに転売されて現在では日航という名前も削除され
コンチネンタルに名前も変わっている。

第一勧銀は香港市内の支店物件を借りるのでは無くて最初から自前の所有物件として香港中に
根を張っていたが、これも超優良な資産を日本の不祥事の為にあっさりと手放した。

日本国内でも関西の資本はどっと東京に本社を移したが、生き残ったのは住友銀行くらいで
関西系は殆んど姿を消した、
プラザ合意の時に360円であった円は中森明菜の歌が流れる最盛期には150円を切り
最終的には70円まで進む大円高に振れて行った、

ここにバブルははじけた。累々たる不良資産と行方不明者を出してたった10年ほどの狂乱は
嘘のように飛び去った、日本はこの後失われた10年、20年という長い不況に突入した、

だが私には相変わらず縁無き大騒ぎだった為にバブルの恩恵も知らないし、その代わりに
バブルの大波も受けなかった。

私が利巧だったからバブルに乗らなかったのでは無い、単にそのような行動が自分の性格と
履歴から遠かっただけだった、バブルの内容を正確に理解してそれを避けた人は相談役くらい
だ、旧社長が存命だったらどれほどの大事になったろうか、何が幸いするかわからないのが
この世の中と悟った。

古い演歌の世界の中だけにいた私は、人々とかけ離れた歌を口ずさみながら、
アジアを走りまわっていた、エアコンを入れるとエンストする中古の車で
40度のシンガポールの町を走った、

その頃、シンガポールではテレサテンの歌がラジオから流れ、
一方日本の歌手は香港でもシンガポールでも特に安全地帯の歌が現地の人気歌手のバイブルに
なって現地語で今でも歌われている。

明菜という名前は「美人」という代名詞に広くアジアで使われた、

そんな事を考えながら、相談役の病室をノックした、

「奥さん、こんにちは今日は相談役の様子はいかがですか」
「あら、〇さん、お見舞いありがとうございます、いつもお土産を下さって
 今度から何も持たずに来て下さいよ」
「はあ、ささやかな物ばかりですので、どうぞお気になさらないで下さい、
 今はお目覚めでしょうか」

私は相談役のベッドの側に坐った、
「おう〇君か、いつもお見舞いありがとうね、今日はなんだか気分が良くて
 君が来てくれるのじゃないかとそんな気がしていたよ」

「私はちょっとお買い物に行ってきます」奥様が気をきかせて病室を出て行った。

「相談役、実はあの人たちとも話をしました、私に任せると言われました、
 それで・・・やっぱり私は賞味期限切れという理由で一線を引こうと決心をしました」

「そうか、じゃ私が退院しても帰るオフイスはない訳だな」
「とんでもない、相談役は終生相談役です、私の去就とは無関係に是非
 あの部屋にお戻りくださることを願っています」
「君がいないオフイスにか?」

「私がお逢いしに参ります、どうか心配しないで下さい」
「じゃ、頑張ってもう一度オフイスの空気に触れたいものだ」

「おや、相談役、そのCDとラジカセは奥様の差し入れですか、どんな歌を聴かれている
 のですか、三橋美智也ですか、美空ひばりですか」

私が窓際に積み上げてあるCDを一枚一枚見てみた、

小柳ルミ子のCDが複数あった、「おやー?相談役小柳ルミ子さんがお好きなんですか」
「いや、そ、そういう訳じゃないけど、女房が買ってきたんだよ」

「相談役、実は私もこのタイプの女性が大好きなのです、明菜よりは松田聖子、
 他の狐顔よりは狸顔の女性が私の傾向なんです、小柳ルミ子は私の高校時代に似た
 女の子がいました、その関係で小柳ルミ子の歌は限られた曲に集中しますが、
 好きですよ」

「これです、私の好きな小柳ルミ子の歌は」一枚のCDを取り上げて、歌詞をじっと見た。

「君の好きな小柳ルミ子の歌をかけてくれ、聞いてみたい」

「お祭りの夜という曲なんですが」

「♪泣かない約束を

  したばかりなのに もう涙

  ひとりで お祭りの人ごみに逃れて

  紅い鼻緒がなぜか うらめしくて

  あの人 あの町に行っちゃうなんて

  今日 はじめて聞かされた

  遠い 笛太鼓」

「これか〇君のふるさとを揺さぶる歌は」「そうです」

「♪恋人同士なんて

  まだ言えない 二人だけど

  いつしか心に 決めてた人だった

  線香花火が なぜか 目に浮かぶの

  あの人 あの町で 働くなんて

  祭りの歌が 手拍子が

  胸につきささる」

「相談役、実は私の高校時代にこの小柳ルミ子に似た女子生徒がいたのです、
 実らぬ初恋でしたが、母の手伝いの為、貧乏がその時間を持てなかったのです
 本当に小柳ルミ子を見るとその頃を思い出します」

「♪泣かない約束を

  したばかりなのに もう涙

  やさしい母さんにも 見られたくないから

  家の垣根の そばを通りすぎて

  あの人 この町を出て行くなんて

  まだ 信じられない

  森の鎮守さま」

「思い出すとちょっとジーンと来ますね、年を取った事も思い知らされます、
 こんなお祭りが私の故郷では8月に行なわれていました、紅い鼻緒の塗り下駄、
 女子生徒もそんな下駄と浴衣ですぐ私の前を歩いていた、

 彼女は一人で時々立ち止まりながら後ろの私を振り返っては歩調を合わせるように
 ゆっくりと私の前を歩いていました、祭りの笛と太鼓が聞こえて花火の大きな音が聞こえて

 私はすぐ前を歩く彼女にこんばんはも言えずにじっと後ろから見つめていた、
 意気地なしでした、

 結局何の話も出来なかった苦い初恋の思い出です」

「いいなあ、〇君、俺は東京の生まれなので君のような森の鎮守さまでの
 胸ときめかした経験は無いんだよ、田舎のある君が羨ましいよ」

「相談役、それは時間が経って、物語のようにお聞きになるから美しいのですよ
 私は自分の身なりが貧しいのでそれもあって恥ずかしくて綺麗な浴衣の女の子に
 向かい合えませんでしたよ、東京の高校生とは違います」

「うん、そうかな、でも同じ、17歳、18歳だろう」

「同じじゃないんです、東京の17歳、18歳と田舎の高校生はずっと幼かったです、
 その頃は東京と田舎とは外国のように何もかも違っていました」

「君は正直者だな、ウン、それがいいんだよ」

「♪あの人 あの町に 行っちゃうなんて

  今日 はじめて聞かされたの

  遠い 笛 太鼓・・・」

帰りたいなあ、あの日に、

「相談役、来週でもS君に一人でこちらの病院に来てもらいます、
 良く言い聞かせていただけませんか」

「わかった、君の思いは受け止めた」

また波止場でドーナッツでも食べて神戸を思いながら雑踏の東京に帰るか、

「遠い 笛 太鼓 だなあ・・」

その女子生徒とは前回同窓会で始めて口を利いた、過ぎ去った苦い、苦い、青春だった。
波止場を見ながら私もやっと引退を決意した、

まるで仁義無き戦いのラストの広能昌三のような心境が蘇る、

引退、年齢に勝てない人の世の無常だ。
 

三四郎外伝「Mary Jane]

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 1月31日(火)19時53分5秒
返信・引用 編集済
  もう長い間親しまれて歌われている曲がある、
1970年初頭にリリースされた「Mary Jane]という珍しい英語名の曲がある。

作曲はつのだひろ氏、作詞はChiristopher Lynとなっている、
だがつのだ氏はもちろんCristpher Lyn氏も日本人である。

当時はこの曲が面白おかしく替え歌されてクラブなんかで
盛んに歌われていた、

曲自体が素晴らしいものだから80年代、90年代、バブル全盛時にも
大いに歌われた。

私は自分で歌った事は無いが、
耳にタコが出来るほどこの歌は聴かされたそれも時に卑猥なときにコミックな
替え歌が多かった。

作詞のCristopher Lyn さんは男性であるか、女性であるか、
もしもChiris と省略すれば男性でも女性でも両方考えられる、

女性の場合はChiristinaとなるが、この場合は男性であろう。

歌詞の意味を巡っても今でも多くの説が飛び交っている、

「Mary Janeという名前をスペイン語に直すと Mari Juanna つまり
発音はマリファナとなる事から恋人を思った歌では無く、薬が欲しいという
意味だという怪説まで飛び交っている。

他には女性用の先の丸い紐付きの靴が同じ名前だとかとにかくこの歌には
諸説がある、ただこの作詞には英語の文法的な明らかな誤り部分があるので
ネイテイブじゃないだろうという話は当時のクラブでも何回か聞いた。

そんな事はどうでも良い、

このつのだ氏の曲は素晴らしい曲だ、海外でもプラターズなどが歌っている、
誰でもが歌いたくなる日本版バラードの名作であると言われている。

「♪Mary Jane on my mind

  I cry my eyes out over you

  Long long and lonely night

  Ever since you're gone

   Mary Jane on my mind

   My one and only love

  Wondering if you were still mine

  Oh how I miss you my dea・・・」

バブル時代にかけてこの歌は全盛を迎えた、

私はまだ底辺を這っている小僧だったが
いろんな人々を実際に見た。

虎の皮を一頭分すっぽりと頭から被った人、実業家を称する人だったが、
ポンと100万の札をチップに放り投げたり、

イタリアのスポーツカーの最高級車をあっさりその夜出会ったばかりの
女性に、これもポンとプレゼントした人、

家中が金色で、実は本物の純金であると聞かされた人、
上から下まで数千万円の衣装と貴金属を身に纏った人、

その中で「Mary Jane」が歌われた、クラブの中でチップが飛び交った、

私は呆然とその狂乱を眺めていた、
どうしてその人たちにはそれほどのお金が集まるのだろうか、

私の会社は依然として苦しく小さな売り上げをアップダウンしていた、
社員の中にもバブルに毒されて私の会社の小さな給料では不満だと
飛び出した社員もいた、私は呆然と眺めるだけだった。

こんな狂乱に銀行も飛びつき、そして黒い勢力も頭を突っ込んで来た、
まさにこんなチャンスを見逃した奴は馬鹿だという風潮が日本中に蔓延していた、

私はそんな馬鹿の一人だった、
どうやったらそんな金が手に入るのか全くわからなかった、

そんな人たちに何回もご馳走になった、飲ましてもらった
仕事上の付き合いだったが、私が行こうという場所は彼らは首を横に振り、
大阪から京都へ、東京から横浜にタクシーを飛ばし、

帰りはそのままタクシーで温泉郷に、いくら金がかかるのか私が心配しても
彼らはまだ使い足りないというケロっとした顔で豪遊を繰り返した。

もう一人いた、その人は鰐一匹分を使ったロングブーツを履き、
雪豹の皮を帽子とコートに仕立てた人がいた。

寿司屋でも勘定書きが20万円以下だったら突然怒り出し、
50万円にしろと店主に迫り、チップを50万積んで合計100万円を
三人くらいの食事に支払いたがる不思議な光景を目撃した。

あれから何十年か、
みんな行方がわからない、金のシャチホコのお城の形の天守閣を持つ玄関に
ヒグマと白熊の剥製を置き、床の間に巨大な象の牙を飾り、
ダイヤモンドを散りばめたスリッパを来客用に置いてあった人も
今はどこへ消えたのかバブルの終焉と共に天守閣は落城した。

その頃、まだバブルの始まらない頃だったが、
山本リンダの「どうにも止まらない」という歌が流行った、

70年初頭の少し暗い世相に抵抗するように「どうにも止まらない」は
そろそろ始まるバブルの予告のような歌だった。

山本リンダは「困っちゃうな」という歌一本で経営不振のミノルホンレコードを
立ち直らせた、ミノルホンとはコロムビアから独立した遠藤実氏の会社であった。

「♪うわさを信じちゃ いけないよ

  私の心は うぶなのさ

  いつでも楽しい 夢を見て

  生きているのが 好きなのさ

  今夜は真っ赤なバラを抱き

  きりょうのよい子と 踊ろうか

  ああ 蝶になる 花になる

  ああ 今夜だけ ああ 今夜だけ

  もうどうにも止まらない」

私は世相に関係なく 地味な演歌の歌詞どおりの世界にいた
熱燗屋で下手な歌を歌って 嫌な事もみんな忘れて一日だけを
生きていた。

私自身は自分で持った事は無いが、取引先の大会社はみんなタクシーのチケットを
束にして持っていた、

私にも押し付けるようにタクシーチケットをくれた、
大会社の社員は交際費を使い放題、女の子を連れて二次会三次会、
一人ずつはるか遠くの住まいまで平気で送り届けてチケットに金額を記入する。

それがまかり通っていた時代が日本にあった、
だが現在でも私の周囲にいる人々はみんなバブルとは無縁の人たちだった、

世の中の二極化の中で結局生き残った人たちはバブルって何だと聞くような人
ばかりだった、そんな人たちが生き残った。

相談役も課長代理の時代に交際費を湯水のように使う世相に反して
あの人は高級クラブには行かずに銀座の裏町の小さなパブ専門だった、

陰のあるママと三人の学生バイト女性
のいる店でカラオケを歌うだけの人だった。

私は彼を心から尊敬していた、今でもずっと尊敬している、
変わらない人の生き方って素晴らしいものだと思う、

明日は午前中に相談役を見舞ってまた波止場の陽だまりで短かった青春でも
振り返ろうか、潮の匂いは日本の心の故郷、変わらぬ人は波止場の風景と同じだ、

しかし人生早すぎる、
これもしたい、あれもしたい、思いは沢山あるが、人生って短すぎる、

有名人が次々に逝去される、先日も松方弘樹さんの訃報がテレビで報道された、
74歳で突然他界する人生で何をやり遂げて満足できるというのだろうか。

不条理だと思う、

いい奴ばかりが先に逝く、どうでもいいのが残される。

 

三四郎外伝「青春の門」

 投稿者:彗星  投稿日:2017年 1月23日(月)14時50分58秒
返信・引用 編集済
  私は歌が好きだ、自分でもギターを弾くし下手な歌をうたって
自分を癒す習慣がある。

時々思うことがある、
日本の素晴らしい歌謡曲は演歌、ポップスを含めて昭和時代に全てのエキスが
出尽くした、そんな気がする。

演歌とは演説をする、つまり自分の思いを他人へ訴える事から演歌と名付けられたと
聞いている。

だから昭和時代の歌謡曲はまず歌詞が最初にあり、それに曲をつける
歌詞が曲に優先されているところに特徴がある。

泣ける歌、ハッピーになれる歌、心を揺さぶる歌、その根源は言葉、歌詞である、
それに相応しい曲をつける作曲も編曲も重要な歌のエッセンスだが、良い歌詞なくして
名曲は生まれない、歌う人もこの歌のどこに自分に重ねているのか、歌詞こそ歌謡曲の
中心的な存在だから。

昭和時代の歌が優れているのは、現在と違って社会が混沌とし打ち砕かれてまた立ち上がり、
多くの人が泣き、苦しみ、多くの人がもっともっと上を目指せると希望を持てた
時代だ。

泣ける歌の代表的なものは、
山崎ハコの歌った「織江の唄」だろう。

この唄は五木寛之氏の書いた大河小説「青春の門」の映画主題歌だ。
五木氏は終戦を朝鮮で迎えた、中学生だった。
福岡に帰国後、早稲田大学に進み、同じ早稲田の先輩であった尾崎士郎氏の
「人生劇場」に感銘を受け、人生劇場をなぞるように青春の門を書き上げた。

私もこの本を読んだが、最初の筑豊、立志、の章までは一気に読めたが
だんだんとダレテ来た、根気が続かなかった。

ここが尾崎士郎氏の「人生劇場」に比べると冗長に過ぎると感じた、難解な言い回しの
連続が作者自身の迷いを見たような気がした。

大戦中の飯塚、筑豊の炭鉱地帯のどろどろした暴力と任侠と
そしてその下の下に喘いでいた極貧の一般大衆の群れがあった、彼はそこの焦点を当てた。

主人公の伊吹信介と幼馴染の牧織江、そして信介の父の伊吹重蔵と後妻の美人でしっかり
ものの義母タエとの関係がベースになっている。

信介の成長に従って幼い性に目覚める過程がかなり詳細に描かれている
幼馴染の織江が小用を足す様子を覗き見して女を始めて意識し、
中学時代に信介は堪えきれずに織江に覆いかぶさるが興奮しすぎて果ててしまう、

義母のタエは炭鉱で働きながら重蔵の忘れ形見の信介をわが子同様に可愛がり心配し、
二人は本当の親子のように心を通い合う、信介は中学時代から行商をし家計を助けるが
隣町のヤクザ龍と父の助けた朝鮮人金子にも助けられながら信介は男になっていく、

「馬鹿も利巧も命は一つったい」重蔵の口癖をタエは信介にも繰り返す、

タエは生活の無理がたたって肺の病気に、過って重蔵の抗争相手だった龍と呼ばれるヤクザの助けで
田川から飯塚に引っ越す、同じ長屋にいた織江は泣きながら信介の乗るトラックを追いかけ
二人はここで離れ離れになる、侠客であった父の重蔵が炭鉱事故の朝鮮人の徴用工数十人を
身を捨てて助ける、信介親子を影から支える朝鮮人の金子との縁にもつながる。

全ては重蔵の強さと大きさとタエの優しさ、信介、織江の二人の周囲で時代は戦後になるが、
依然として炭鉱の町は前にも増して貧乏な吹き溜まりだった。

織江は身を売ることで家族を支えざるを得なくなり、その前に一目だけでも
幼馴染の信介に逢いたいと遠く峠を越えて徒歩で信介を訪ねてくる、

山崎ハコの唄はこのシーンを歌っている、

映画化は東宝と東映で筑豊編、立志編が映画化された、特に東映は深作欽二監督で
重蔵に菅原文太、信介と織江は幼少期、中学生、高校生、そして成人した信介と沢山の俳優が
成長期を追っている、「織江の唄」が泣かせるのは、

山崎ハコの歌唱力と九州弁の訴える力だ、織江の一途な女の情念が悲しく泣かせる。

「♪遠賀川 土手の向うに ボタ山の

  三つ並んで 見えとらす

  信ちゃん、信介しゃん

  うちはあんたに逢いとうて

  カラス峠ば 超えてきた

  そやけん

  逢うてくれんね 信介しゃん

  すぐに田川に 帰るけん・・」

情感の溢れる九州弁で歌い上げるこの唄は普通の、覚えのある男ならきっと泣く、
こんな一途な女を捨てた自分があったなら、その人はきっと泣く、流れる涙で
この歌をうたう事など、普通の男なら出来はしない。

多くの人が、自身の過去、自身が泣かせた女を思い出して書き込んでいる、

「俺に力が無かったばかりにお前を不幸にさせた、もう俺もこんな年になったよ
 子供も30歳を超えた、不幸にさせたお前を思い出す、許してくれ・・」

こんなコメントを「織江の唄」に重ねている。

極貧の炭鉱の街、男は暴力に、貧しい女が生きていくには身を売るしか生きる道が
無かった、夜の町に身を沈める前に、

「信介しゃん、うちを抱いてくれんね 汚れる前に・・」と語りかける、

「織江の唄」は昭和時代だからこそ出来た唄だ。

私もいつの間にかこの唄に自分を重ねてしまう時がある、信介に自分を重ねて
「こら、信介なんで織江を助けてやらんのだ」と怒っている自分がいる、
必死に生きる織江はひたすらに信介を慕っているのに、私はいつの間にか自分の事を
忘れて映画の中の信介に怒っている、織江が可哀想で、気がつけば自分の側にも織江がいたのに。

福岡県田川郡は日本中どこの田舎にもある、田川から女の足で峠を越えて、
信介に逢いに来る織江の姿は涙腺が緩んでまともに見てられない。

そんな事を考えながら車を運転していた、
三四郎兄さんはWさんを通じて「会社の事は〇の思い通りにさせろ、だがな、会社の株だけは
〇の財産として持っていろ、赤の他人に譲るなんて事は俺は不賛成だ、〇が引退するというなら
俺らがしゃしゃり出る事は無いだろう、〇に決めさせろ、だが〇が血の汗を流した会社を
株ごと赤の他人に譲るのは不賛成だ」

こんな伝言が来た、「有り難い事だ、三四郎兄さんはそこまで私の事を思ってくれている」
私は自分なりの激動の小さな人生劇場を思い出しながら、そうだな・・と三四郎兄さんの
言葉の意味を噛み締めた。

私が走った昭和50年代、
だが唄も物語りも私のちっぽけな人生とは関係なく
昭和30年代から脈々とあの時代を形勢していたのだ、

「ザ・ピーナッツ」という双子の歌手がいた、
アメリカにも招待されたほどの素晴らしいアーテイストだ。

皆さんも一度yootubeでザ・ピーナッツの「恋のバカンス」を実際に見て聞いてみて下さい、
圧倒的なハーモニーと指の一本一本まで揃った動きとリズム感、グレートアーテイストだと
思っている。

最初この歌を聴いた人はアメリカのポップスの日本版だと思ったそうだ、
それほど日本の伝統的な曲を破ったリズムはザ・ピーナッツなくしては成り立たなかった、

岩谷時子氏の作詞、宮川泰さんの曲、そして歌うのは「ザ・ピーナッツ」
こんな大スターはもうこれからは出てこないだろう。

「♪ため息のでるような

  あなたのくちづけに

  甘い恋を夢みる

  乙女ごころよ

  金色に輝く 熱い砂の上で

  裸で恋をしよう 人魚のように

  陽にやけた ほほよせて

  ささやいた約束は 二人だけの秘め事

  ああ、恋のよろこびに

  ・・・・

  はじめてあなたを見た 恋のバカンス」

会社はS君を社長にしよう、自分にはもう車の運転と同じようにそろそろ耐用年数が
切れかけてきた、S君に十分な待遇をし満足な人生を歩いて欲しい、
明日は、相談役を見舞い方々、この報告をして肩の荷を降ろそう。

昭和時代を驚かせたのは突然のJポップスの登場だ、
ロカビリーの熱狂から、平尾昌明氏が変名で作曲し、読売新聞の芸能記者が
変名で作詞したJポップスのさきがけとも言える思い出深い曲だ。

「♪星は何でも知っている

  ゆうべあの娘が泣いたのも

  かわいいあの娘の つぶらな

  その眼に光る 露のあと

  生まれて初めての 甘いキッスに

  胸がふるえて 泣いたのも」

「♪星は何でも 知っている

  今夜あの娘の 見る夢も

  やさしいナイトがあらわれて

  二人でかける 雲の上

  木彫りの人形 にぎって眠る

  若いあの娘の 見るゆめも」

思い出す、学生服の自分の姿を遠い昭和の日々に、

青春の門は誰でも一度は通る門だ、たった一度だけの門が青春の門だった。

同じ極貧の生活を母と送った私は青春の門に心を揺さぶられる。

だから寝る前にはザ・ピーナッツの恋のバカンスと平尾昌明の星は何でも知っているを
聞いて涙を拭って笑顔で寝る方がいい。


 

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