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(無題)

 投稿者:007  投稿日:2011年 8月23日(火)15時44分49秒
返信・引用
  シルバーバーチ霊訓集



 誠心誠意、魂の底からの祈り、大霊の心と一体となり、「大霊の道具として有意義な存在でありたい」と願う心は、その波動そのものが、その人をして大霊の僕として、よりふさわしく、よりたくましくします。祈るということ、真実の自分を顕現すること、心を開くこと、これが背後霊との一体化を促進するのです。

 他人のために祈ること、????真摯な祈りは決して無駄になりません。思念は生きものだからです。

 私にとって宗教とは生き方そのものであって、

 守護霊は一人ですが、それを補佐する指導霊が何人かいます。
 守護霊は当人のカルマの解消や使命の成就のために、大所高所から配慮するのが本来の使命であり、そのためには病気や困難も敢えて体験させることもあることを知らなければならない。

 霊界との繋がりはすべて磁気的なもので、一度できたら、二度と切れることはありません。

 おそれることなく、真実を語ることです。貴方は大霊の使いです。邪説を論破し、虚偽を暴きなさい。おそれることはありません。

 宗教とは、大霊に少しでも近づくような生き方をすることです。大霊の御心が貴方を通じて発現することです。宗教とはサービスです。

 良い行いをすれば、それだけ霊性が増します。利己的な行いをすれば、それだけ霊性が悪化します。それが自然の摂理であり、これだけはごまかすことができません。死の床にあっていくら懺悔の言葉を述べても、それで悪行がもたらす結果から逃れられるというものではありません。

 人のために役立つことをすれば、それだけ霊性が高まります。利己的なことをすれば、それだけ霊性が下がります。
 貴方の霊的宿命をよくするのも悪くするのも、あなた自身です。

 大霊の道具として常に最善を尽くしましょう。その努力の中で、私たちの働きの場が大霊のマントに包まれていること、そして私たち一人一人が温かき大霊の御胸に抱かれていることを実感いたしましょう。
 皆さまに大霊の祝福のあらんことを

 わたしたちはあくまでも“人のため”という宗教を説きます。
(スピリチュアルリズムによる霊性進化の道しるべ p94)

 わたしにとってはたった一つしかありません。大霊の子に奉仕することによって大霊に奉仕することです。
(スピリチュアルリズムによる霊性進化の道しるべ p95)

 生きるということはお互いがお互いのために役立つことです。
(スピリチュアルリズムによる霊性進化の道しるべ p247)

 宇宙を支配する全能なる神に何故身を委ねないのです。あらゆる恐怖心、あらゆる心配の念を捨て去って神の御胸に飛び込むのです。神の心を我が心とするのです。心の奥を平静に、そして穏やかに保ち、しかも自信を持って生きることです。そうすれば自然に神の心があなたを通して発揮されます。愛の心と英知を持って臨めば、何事も成就します。聞く耳を持つ者のみが神の御声を聞くことができるのです。愛がすべての根源です。愛??人間的愛??はそのほんのささやかな表現にすぎませんが、愛こそ神の摂理の遂行者です。(一巻、p60)

 霊的知識に恵まれた者は決して首をうなだれることなく、脇目も振らず前向きに進めるようでなくてはなりません。守護霊は決して見捨てないことをご存知のはずです。人間が神に背を向けることはあっても、神は決して人間に背を向けることはありません。無限の可能性を秘めたこの大宇宙の摂理と調和した生活を営んでさえいれば、必要な援助は必ず授かります。(一巻、p75)

 自分が決して一人ぼっちの見捨てられた存在ではなく、無限の愛の手に囲まれているという霊的事実に目覚めることができたら、
(一巻、p106)

 他人のために施した善意は決して消えません。何故なら善意を施す行為に携わることによって霊的成長が得られるからです。博愛と情愛と献身から生まれた行為はその人の性格を増強し魂に消えることのない印象を刻み込んでいきます。
 世間の賞賛はどうでも宜しい。人気というものは容易に手に入り容易に失われるものです。が、もしもあなたが他人のために自分なりにできるだけのことをしてあげたいという確信を心の奥に感じることができたら、あなたはまさに、あなたなりの能力の限りを開発したのであり、最善を尽くしたことになります。言い換えれば、普遍の霊的実相の証を提供するためにあなた方を使用する高級霊と協力する資格を身につけたことになるのです。これは実に偉大で重大な仕事です。手の及ぶ範囲の人に、この世に存在する目的つまり何のために地上に生まれて来たのかを悟り、地上を去るまでに何をなすべきかを知ってもらうために、真理と知識と叡智と理解を広める仕事に協力していることになります。
 肝心なことはそれを人生においてどう体現していくかです。心が豊かになるだけではいけません。個人的満足を得るだけで終わってはいけません。こんどはそれを他人と分かち合う義務が生じます。分かち合うことによって霊的に成長していくのです。それが神の摂理です。つまり霊的成長は他人から与えられるものではないということです。自分で成長していくのです。自分を改造するのはあくまで自分であって、他人によって改造されるものではなく、他人を改造することもできないのです。霊的成長にも摂理があり、魂に受け入れる備えが整って初めて受け入れられます。私どもは改宗を求める宣教師ではありません。真の複音、霊的実在についての良い知らせをおもちしているだけです。それを本当に良い知らせであると想って下さるのは、魂にそれを受け入れる備えのできた方だけです。良さの分からない人は霊的にまだ備えが出来ていないということです。
(一巻、p117-118)

 我欲を捨て他人のために自分を犠牲にすればするほど内部の神性がより大きく発揮され、あなたの存在の目的を成就し始めることになります。
(一巻、p145)

 愛は血縁に勝ります。愛は死を乗り越えます。愛は永遠不易のエネルギーです。それが宇宙を支配しているのです。神の意図によって結び合ったものは生涯離れることなく、死後も離れることはありません。墓には愛を切断する力はありません。愛はすべてのものに勝ります。なぜなら、それは宇宙の大霊すなわち神の一表現だからです。そして神の統一体としての一部を構成するものは永遠にして不滅です。
(一巻、p151)

 人のために自分を役立てなさい。(四巻、p5)

 人のために、ひたすら人のために、(四巻、p100)

 私たちは悲しみに暮れる人々、人生に疲れた人々、病める人々、困窮せる人々、肉親を失ったまま慰めを得られずにいる人々、いずこに導きと英知を求めるべきか知らずにいる人々に近づき、貴方がその人々を決してお見捨てでないことを教えてあげたいと願っているものでございます。私たちの使命は地上のすべての地域とその住民に一切の分け隔て無く行き渡っております。貴方の霊は人間界の隅々まで流れ、雄大なる宇宙のあらゆる現象に現れ、意識的存在のすべてに顕現されていると認識する故にございます。(四巻、p224)

「地上の悪弊(ガン)の一つである利己主義に対して、私たちは永遠の宣戦を布告しております。戦争、流血、混乱、破壊へと導くところの物質万能主義を打ち砕かんと努力しております。
 私たちの説く複音は相互扶助、協調、寛容、思いやりの複音です。お互いがお互いのために自分を役立てるようになっていただきたい。そうすることによって持てるものが持たざるものにいくらかでも譲り、豊かな才能に恵まれた者がそれを活用して暗闇の仲にいる者を啓発してあげることになるからです。」(四巻、p225)

 私たちの教えの根本はサービス(他人のために何かをしてあげること)の一語に尽きます。地上の悪癖の一つである利己主義に対して、私たちは永遠の宣戦を布告しております。戦争、流血、混乱、破壊へと導くところの物質万能主義を打ち砕かんと努力しております。
 私たちの説く福音は相互扶助、協調、寛容、思いやりの福音です。お互いがお互いのために自分を役立てるようになって頂きたい。(四巻、p225)

 人間の一人一人が同じ全体の一部であり、人類のすべてに神の霊が流れているーーその意味に於いて万民が神のもとに於いて平等である(四巻、p226)

 教説はどうでも宜しい、人のためになることをすれば、それで立派な宗教です。(四巻、p229)

 イエスに対する最大の貢献はイエスを模範と仰ぐ人々がその教えの通りに生きることです。他人のために自分ができるだけ役に立つような生活を送ることです。内在する霊的能力を開発して、悲しむ人々を慰め、病の人を癒し、懐疑と当惑の念に苦しまれている人々に確信を与え、助けを必要としている人すべてに手を差しのべてあげることです。(九巻、p147)

 人のためになることをするーーこれが一番大切です。(九巻、p148)

 儀式よりも生活の方が大切です。宗教とは儀式ではありません。人のために役立つことをすることです。
 儀式という儀式を全部欠席なさっても構いません。それでもなお貴方には、気高い奉仕の生活を送れば立派に“宗教的”で有りうるのです。(九巻、p148)

 自分を忘れて奉仕の生活に徹し、転んだ人を起こしてあげ、不正を駆逐し、自らの生活ぶりによって神性を受け継ぐものとしてふさわしい人物であることを証明すべく努力する、ということです。(九巻、p152)

 過去はもう過ぎ去ったのです。これまでに犯した間違いはお忘れになることです。皆さんは間違いを犯し、それから学ぶために地上へやってきたようなものです。過ぎ去ったことは忘れることです。大切なのは今現在です。今、人のためになることをすることです。大切なのは今現在です。今、人のためになることをするのです。どんな形でも宜しい。自分の置かれた物的環境条件から考えて無理でない範囲のことを行えば宜しい。先のことを余り考えすぎてはいけません。皆さんが皆さんの役目を果たしていれば、私たちは私たちの役目を果たします。そうした協調関係の仲では絶対に挫折はないことをお約束します。(九巻、p193)

 宗教とは同胞に奉仕することによって互いの親である神に奉仕することです。本来の宗教は地上の世俗的概念とはほとんど何の関係もありません。人間の魂に内在する神性を地上生活において発揮させるものでなければなりません。自分と神との繋がり、そして自分と同胞との繋がりを大きくするものでなければなりません。自分一人の世界に閉じ籠もらずに広く同胞のために自分を役立てるように導くものでなければなりません。宗教とは人のために自分を役立てることであり、自分を役立てることがすなわち宗教です。
 そのほかのこととは何の関わりもありません。肉体が朽ちてしまえば、それまで長いあいだ後生大事にしていたもの、そのために争うことまでした教義のすべてが空虚で無価値で無意味で無目的なものであったことを知ります。魂の成長を微塵も助長していないからです。魂の成長は自分を役立てることによってのみ促進されるものです。他人のために自分を忘れているうちに魂がその大きさと力を増すものだからです。
……
……はては家族間にも無用の対立関係を生みました。論争の原因ともなっております。分裂と不和を助長することばかりを行ってきました。神の子等を一つに結びつけることに失敗しております。私が宗教的建造物や俗にいう宗教に価値を認めない理由はそこにあります。主義・主張はどうでもよいのです。大切なのは何を為すかです。
(九巻、p216~217)

 宗教についての真実を申せば、真理のすべてを説いている宗教などあり得ないということです。どの宗教も、真理の光のほんの一条しか見ておりません。しかも悲しいかな、その一条の光すら長い年月のうちに歪められ、狂信者によってねつ造されております。
 子供には宗教とは人のために自分を役立てることであること、ややこしい教義に囚われることなく、真面目で無欲の生活を送り、自分が生活している社会のために尽くすことであること、それが神に対して忠実に生きるという意味であることを教えてやらねばなりません。(九巻、p220)

 
 

掲示板が完成しましたキラキラ

 投稿者:teacup.運営  投稿日:2011年 8月23日(火)10時01分53秒
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